6 年齢鑑定
そうだった、あのヴァキューム・カーのことを、すっかり忘れていた。
「何人来られたのですか」
「お二人でした」と、急に自分の口調が切羽詰まったようになったことに驚いたように、天音さんが答える。
「それで…」と、口調を優しくして言ってから、子供に聞く話でもないかと後悔する。
「ピンポンが鳴ったので、出たら、汲み取りに来ましたって若い子の声で言うので、外へ出ました」
ピンポンじゃなくて、インターフォンですね。自分の部屋は防音処置がしてあるので、外部の音は聞こえない。
門扉を開けると、その若い子と、ヴァキューム・カーが見えたので、若い子に「こちらです」と案内すると、その子がバックで入ってくる車を誘導した。門扉を閉めて、そちらへ戻ると、その子が「高校生なの」って聞いてきたので、二言、三言、話をしていたら、運転席に座っていた人が「早くしろ」と言った。
「そんなに急がさなくてもいいのにと思って、運転手さんを見たら、いきなり、何だと言うので、視線のほうを向いたんです」
そこで、天音さんが何と説明しようかと思ったらしく、言い淀む。
「さっきまであった景色が切り取られて、真っ黒になっていた」
「そうです。あれは何だと、運転手さんと若い子が話し始めて、何が起こっているんだろうと思っていたら、地面が浮いたんです」
ああ、神の子が発動した、あれだ。
「地震かって、運転手さんが焦るように言ったら、若い子が平気そうにさあとだけ言ってました。すると、その黒い景色?が白く光って、急に消えたんです」
どうやら、魔王の姿は死角になっていて、三人には見えなかったようである。
「その直後かな、反対方向が白く光ったかと思うと、もう暗闇の中に浮いていました」
ということは、家を切断された直後にブレスにやられて、三人とも焼失したということか。
「熱くなかったですか」
「何も感じなかったですね」
「怖かったでしょ」
「というより、呆気にとられて固まっていたかな」
どうやら、ほとんど何も感じないうちに人魂になってしまったのだろう。この若さで命を失うというのも気の毒だが、苦しむ暇もなかったのなら、少しだけましかなと思う。
「ところで、その二人って、どんな人だったの」
「うーん、年配の人のほうはちょっと怖そうだった」
「幾つぐらいの人」
「五十ぐらいかな。お父さんより、ちょっと上ぐらい」
あのう、自分は三十四歳なのですが。
「もう一人の人は、私と同じぐらいか、もう少し上かな」
高校生の年代で、屎尿回収をするのだろうかと思う。もっとも、自分を五十歳前だと思うぐらいだから、天音さんの年齢鑑定はかなり緩いと思う。
「高校生なのって聞いてきたから、辞めたと言ったら、自分もと言っていたから」
「辞めた?」
思わず聞いてしまった。娘と話すって、こんなにスリリングなことだったのか。
「ああ、ごめん。引き籠りの人間が聞くことではなかったね」
「ううん、いいの。正確に言うと、まだ、辞めていないし」
「と言うと」と、やはり、聞いてしまう。
「中学校から保健室登校で、高校は合格したけどやっぱ行けなくて」
「行かなくてはと思うけど、気ばかり焦って」
「あっ、それ。さすがは、お父さん」
いえ、いえ、それだけは分かります。
「他の人はちゃんとやっているのに、自分は何もできなくて」
天音さんが目を見開いて、自分の顔を見つめる。
「こんな悪い人がいてはいけないと思って、周囲の視線が怖くて」
天音さんが頷く。
いけない、このままでは泣かれると思って、お茶に視線を移す。
「そのあと、あの姿になって空を漂っていたわ」
ちょっと、感慨にふけっている間に、天音さんの回想が続く。天音さんも、この話には触れたくはないのだろう。
「他には誰もいなかった」
「多分」
しばらく考えてから、天音さんが答える。おかしい。自分も含めてこちらに転生した魂は七体のはず。自分だろう、天音さんだろう、汲み取りの作業員さんが二人、それにニュクスで五体。計算が合わない。
「そうなんだ」
とりあえず、先を聞いてみる。
「宙に浮いていたら、青い玉が浮いていて、綺麗と思ったら、その中に吸い込まれて、どうしようかなと思っていたら、ずいぶん経ってから、あの小さいの…精霊さん?が来たの」
「パル?」
「さっきアリエルさんがそう呼んでいたわね。そんで、アリエルさんが話しかけてくれて、ヨアヒムさんが来て、オベロンさんと、タイタニアさんが来て」
「宴会になった」
「一緒にカップを傾けたら、酒だったので驚きました」
あいつら、高校生に酒を飲ませたのかと思う。もっとも、前にも書いたように、この世界では子供でもビールを飲む。
「酔っぱらいませんでしたか」
「大丈夫でした。祖父がよく飲まして…あっ」
「いいですよ、もう」
「すみません、口どおりがよくて、あまりにおいしかったので」
「もしかして、ブランデー?」
「うーん、分かりませんが、琥珀色のお酒でした」
みんな、うちの娘に何ということを。
「あのう、とても高いお酒なのでしょうか」
「魔王が作られた酒ですから」
「魔王ってなんですか」
もしかしたら、どこに転生したか知らないのか。
高校生が酒を飲むシーンが出てきましたので、まずいかと思ってR15指定にしました。けっして、Hなシーンが出てくるからではありませんし、そのような期待をされても、対応に困りますので、期待しないでください。
なお、Hというのは明治時代の女学生が変態の隠語として頭文字のHをとったことに始まっており、本間のHではありません。




