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29 豚は駄目ですよね

 「豚は駄目ですよね」と、魔王に聞いてみる。

 「その名前を出す場合は、先に失礼ですがというものよ」と、アリエルが教えてくれる。

 「ま、いい。それに、聖職者の連中も神の恩寵だとか、奇蹟だとか言いながら食べているからの」

 「そんなことないです」と、アリエルが魔王を睨むが、多分、魔王のほうが正しい。

 「ということは、飼っているのですね」

 「飼っているというより放し飼いだの」

 「夜は豚小屋ですか」

 「そんなものはないの」

 何でも、豚は地面を掘り起こして食べ物を探す習慣があるので、休閑地を耕すのに使うのだそうだ。

 そういえば、農村だけでなく、中世ヨーロッパは、街中でも放し飼いであったが、これはゴミの回収も兼ねていた。というのは、排泄物や廃棄物を、窓から市街に捨てるという習慣があったからである。このため、市街地にはゴミが山積みになって発酵しており、見栄えだけでなく、悪臭もとんでもないことになっていた。そこへ雨でも降ると、石畳の道は濡れた汚泥で歩行困難なほどになり、上から降ってくる汚物も避ける必要から、途轍もなく危険な場所になっていた。

 このため、男性は、女性を建物側に置いて、落下物があった場合は、自分だけは逃げられるようにしていた。女性も、ドレスを汚さずに横断するためにハイヒールが発達した。また、そういう人達を背負って移動させる人力タクシーもいたし、竹馬を使って横断していた者もいたのである。香水もその臭い消しのために発達したものである。

 そして、その危険で悪臭の発生元である汚泥を食べてくれる豚は、市街地の救世主であったのである。そして、秋になると、森に放して団栗(どんぐり)を食べさせる。

 そういえば、イベリコ豚は団栗を食べさせるのだと思い出したが、こちらの冬は過酷で、大量の豚を養うだけの飼料が確保できない。このため、冬前に殺して、干し肉か、塩漬けにするのだそうだ。

 これに対し、牛や羊は反芻胃を持っているので、干し草があればよい。馬は反芻胃がないが、体内の微生物で消化できるので、これも干し草でよい。むしろ、発酵する分、干し草のほうが栄養価が高いようである。

 しかし、当然、豚も排泄するし、食べ物が少なくなれば、人間の家に押し入って食べ物を探すということもする。したがって、街の美観維持のために導入したのに、逆に破壊しているという側面もあったのである。しかも、豚は、体についた虫を落とすために、泥遊びを好む。ただ、その泥が、市街地の場合、排泄物を含む汚泥で…。

 「それはそうとして、おいしい食べ方があるのか」と、魔王が言われたので、脳内暴走から目が覚める。

 とんでもない所に暴走していったので、ストップをかけてくれたのだろう。しかし、他人の考えていることが分かるというのは、時に気の毒なことである。

 「はい、豚カツとか、焼豚とか、スペアリブとか、生姜焼きとか…」

 気を取り直して、答える。

 「そうか、全部、作ろう」

 「はい?」と、疑問形になるが、魔王なら不可能ではない。

 いや、簡単に可能にする。それに、作った端から冷凍保存できるのなら、大量に作っても問題はない。

 問題は、醤油や砂糖、味噌がないことである。ただ、日本料理にこだわらないのなら、そういうものがなくても困らない。そして、肉料理は、西洋料理、中華料理には多いが、日本料理には少ない。もっとも、豆板醤(トウバンジャン)が必要だと言われても困るが。

 「また、宴会ですか」と、アリエルが聞く。

 ちょっと嬉しそうだ。

 もちろん、精霊王様御夫妻を招いてなので、眷属も、大量の精霊もやってくるはずである。

 「精霊王様御夫妻は、ぶ…、失礼ですが、豚など召し上がられるのでしょうか」

 「黙っとれば分からない」

 アリエルが魔王を睨むが、黙っている。絶対、食欲に負けている。

 「ならば」と、魔王が豚を出現させるが、これ、猪ですよね。

 何でも、豚は下賤な生き物だが、狩りは王侯貴族の特権なので、猪はいいのだそうだ。ジビエである。

 もっとも、猪を家畜化したのが豚であり、中世ヨーロッパのそれは、牙を持つ黒毛の生き物であり、脚が長く、瘦せ型で、猪と見分けがつかない。現在、我々が想起する白い豚は、イギリスのヨークシャー種というものが元で十九世紀の品種改良によるものである。

 実際問題、その豚というより、猪は、市街地で飼うような代物ではなかったのである。たとえば、ルイ六世の長子フィリップ・ド・フランスは乗っていた馬が豚に追突されて落ち、それが原因で死亡したが、これは、パリ市内で起きた事故である。他にも、赤ん坊を齧ったとか、墓場から死体を掘り出したというような事件もあった。

 もっとも、東アジア各地には、今でもこの手の野生に近い豚が多く、馴染みも深い。このため、豚は中国では家豬、つまり、家の猪といい、豚は仔豚を指す。家という字もウ冠に猪で、豚小屋というのが本義である。もっとも、豚を家の中で飼っていたという意味ではなく、豚を犠牲に供えた神聖な場所という意味かもしれない。

 また、亥も、本来は豚で、亥年を猪とするのは日本人が誤訳したからであり、中国でも、韓国でも、ベトナムでも豚年である。このため、発掘された化石が猪か豚かを見極めるのに、歯槽膿漏の有無が判定のポイントになる。人間に飼われている豚は、柔らかい餌を食べているため、歯槽膿漏になりやすいのだそうだ。

 ただ、この猪は五メートル以上ある。何でも、魔王が捕まえてきた魔物化した猪で、特大サイズだそうだ。魔物だけでなく、こんな巨大な動物がうろついているのだとしたら、森に入りたくないと思う。


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