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27 ブランデー

 実は、精霊王から元の世界の酒をねだられた時、自分の頭の中に浮かんだのは、このブランデーであった。

 ウィスキーの場合、穀物を糖化する必要がある。というより、ほとんどの酒はこれが必要である。

 例外はワインである。アルコールは、糖分を発酵させて作るので、砂糖がなかった時代、人々が使用したのは果実や蜂蜜の糖分である。ただし、蜂蜜の採集量は少なかったので、果実、特に葡萄が中心となった。その名もブドウ糖と呼ばれる糖類を含んでいたからである。

 したがって、それを材料とするワインは、作るだけなら、比較的楽に作れる。もっとも、単純なものほど奥は深いので、馬鹿にはできない。

 サトウキビから作るラム酒もそうであるが、サトウキビは、まだ、伝わってきていないのは、魔王が出してくれた薬草類の中になかったことでも分かる。

 インドでは、サトウキビや砂糖の生産は紀元前から行われており、アクサンダー大王がインドに遠征した際に食べたという記録がある。しかし、ヨーロッパへは、十字軍が持ち帰ったものが最初とされるので、今が十世紀相当だとすると、もう少し後のことになる。

 しかし、澱粉(デンプン)を主成分とするもの、つまり、穀類は、そのままでは甘くない。この中から、糖分を取り出す作業が必要である。すなわち、糖化である。

 方法はいくつかある。

 一番簡単なのは、発芽を利用する方法である。芽を出す際に、エネルギーが必要なので、植物は澱粉を分解して糖化するからである。うち、麦を利用したのが、麦芽糖である。水飴の材料だが、ビールの材料にもなる。このため、古代エジプトの時代から、人々はビールを飲んできたのである。

 次は、御飯は噛むことによって甘くなるように、人間の唾液にはアミラーゼという澱粉を分解して糖化する酵素がある。したがって、御飯を嚙んで吐きだし、これを発酵させても酒はできる。汚いじゃないかという発言もあろうかと思うが、昔の日本の酒は、この方法で作っていた。

 では、日本酒は、その子孫かというと、どうも違うらしい。黴を使うからである。(こうじ)である。技術としては、中国伝来だが、使われている麹が、ニホンコウジカビという黒麴菌のアルビノ変異種という特殊なものである。ただし、焼酎もこれを使うし、味噌や醤油に使うショウユコウジカビは、その近縁種であるので、これらの麹がないと、日本文化の模倣は難しい。

 しかも、この麴は、最近では東アジア全体で使われているが、日本以外では注目されていなかったものである。したがって、中世のヨーロッパでの入手は不可能である。そして、ないものは、魔王の魔力でも作れないので、日本料理の大半は作れない。

 何の話だったか。そう、ブランデーである。どうも、作者には物語を作るより、蘊蓄を語りたがるという悪癖があり、これがなかったら、もう少しスピーディーに話が展開すると思うのだが…、えっ、そういう言い訳はいいから、話に戻れって。

 はい、閣下、ただちに。

 大抵の酒は糖化しないと作れない。そして、糖化には、手間がかかる。実際、手間がかかってもいいのなら、ウィスキーだって作れると思う。麦芽は英語でmaltで、ウィスキーの場合モルトと表記し、ビールは複数形でモルツというが、ビールがあるのなら、麦芽もあるはずだからである。

 しかし、もっと簡単なものがある。ブランデーである。

 ようやく、ブランデーに戻ってきたので、作者は一息ついたのだが、話はここからである。

 ブランデーなら、ワインの蒸留だけで済むし、中世のヨーロッパでもワインはあるはずである。

 もっとも、蒸留酒自体は紀元前からエジプトやメソポタミヤでつくられていたのだから、珍しくもないかもしれないし、蒸留したばかりのブランデーがおいしいかどうかは分からない。あれは、やはり熟成期間が必要であろう。

 それでも、とりあえずワインの蒸留をお願いしたのだが、魔王はやり方を聞くと、いきなり、ワインから水分だけ取り出すという力技を展開した。そして、熟成方法を聞くと、残ったアルコールを、樽に入れた。その樽が、消えたかと思うと姿を現す。それが高速で繰り返されるので、樽が点滅しているように見える。どうやら、過去に送り込んですぐに戻すということを繰り返しているらしい。あまりに高速なので、零れてしまわないかと気になるが、魔王がそんなへまをするわけがない。

 「オベロンらが来るまでに、どれだけの年数、熟成できるかわからぬがの」と、魔王が言っていたが、それなりの時間が経ったので、数年分ぐらいは熟成できたであろう。

 「今、どれくらい熟成できていますか」と聞いてみる。

 「十二年だな」と、すぐに返事が返ってくる。

 十二年なら、立派なものである。

 「では、出すか」と、魔王が言うと、樽が並ぶ。いつの間にか増えている。数えてみると十樽ある。どれも、大ぶりな樽である。

 「複写でございますか」

 魔王は頷くと、「全部、一遍に飲ますこともないであろう」と言い、一樽を残して残りを点滅させた。

 どうやら、自動で過去と現在を移動するようだが、この調子だと、百年物、千年物のブランデーだって作ってしまうのではないかと思う。しかし、そんな長い間、樽がもつものだろうか。

 「大丈夫だ。樽なら取り替える」と、魔王が言い、「それより試飲だ」と続けた。


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