26 宴会
「次は何をする」
「脂を温めてもらえますか」
牛脂がすぐに溶けて、液体になる。空中に液状の油が浮いているのは、なかなか見られない風景であると思う。
「肉は塩をまぶして下さい」
「胡椒はどうする」
出来上がってから、好みでかけてもらうことにしよう。でないと、とんでもなく高価なものになりそうだ。
「胡椒は複製できるし、さっきのニセ胡椒もあるぞ」と言ってくれたが、とりあえず庶民の料理でとお願いする。
「さっきの肉に小麦粉を薄くまぶして、いくつか入れてもらえますか」
小麦粉で白く化粧した肉が溶けた脂の中に滑り込み、大きな音を立てる。そして、音が高くなり、肉が浮いてくる。
「出来上がりです。上げて下さい」
「分かった」と、魔王が言うとともに肉片が脂から浮上していく。
「あら、おいしい」と、早速かぶりついたアリエルが叫ぶ。
猫舌ではないらしい。
「これは何という料理か」と、空間魔法で切り取って食べたらしい魔王が聞いてくる。
「空揚げと申します」
唐揚げと書く人のほうが多いが、衣をつけずに揚げるので空揚げというと聞いているので、そこに気をつけて魔王に伝える。多分、Karaageと認識されるだけなのだろうが。
「後は温度を一定にして揚げていただければ」
「分かった」と言うと、アリエルに精霊王等を呼んで来いと告げた。
精霊王夫妻が大量の眷属を連れて到着した。
「招いてもらって感謝する」と、精霊王が重々しく礼を言う。
アリエルは跪いたまま微動だにしないので、それに倣う。
「どうした、主人はお前だろうが」と魔王が言うので、驚く。
「自分ですか」と、思いがけない発言に驚いて、放心状態になる。
「余はお前にこき使われただけだ」
考えてみると、自分は確かに王を働かせている。こき使ったといっても間違いはない。それだけに、ホストは魔王だと信じて疑わなかったのである。仕方なく、精霊王夫妻の前へ出る。
「お呼び立てをして申し訳ありません。アリエルさんをお借りする御礼として、空揚げと呼ぶ自分の世界の料理を用意しました。下賤な料理ですが、どうか召し上がって下さい」と、ようやくの思いで言う。
「アリエル程度は大したことではない」と、精霊王が答える。
「では、いただきましょう」と、タイタニアが精霊王の挨拶を遮るかのように簡単に宣言する。
後ろで歓声が上がり、精霊王が何ともいえぬ顔になる。自分は、慣れぬ儀礼から解放されて安堵する。早速、ビールを入れた木のカップが皆の前に並ぶ。
「こちらは、自分の世界風にアレンジしたビールです」と言い、魔王に乾杯の合図をお願いする。
魔王は頷くと、カップを高く掲げると、簡素に「乾杯」と言い、すぐに飲み干した。余計な挨拶はしない主義らしい。皆もそれに続くと、感嘆とも、溜息ともつかぬものが立ち上がった。
「この苦さは、不思議なおいしさがあるな」と、精霊王が魔王に問いかける。
「ホップだ」
「ホップって、あの薬草の」と、タイタニアが聞く。
「そうだ、材料は大麦とホップと水だけだ」
「それだけで」と、精霊王は感嘆する。
このビールも、魔王に頼んで仕込んでもらったものである。というのは、並べられた薬草の中に指先ほどの房状のものがあり、何かと聞くと、ホップだと言うので、もしかしてと思って、ビールを作ってもらったのである。言うまでもなく、魔王の魔法があるからできることである。
中世ならエールではないかとか、ホップを使わないビールがあるのかと言われる向きもあるかもしれないが、ドイツでは八世紀にはビールの製造が始まっている。
そして、ホップは十二世紀になってから使用された記録がある。つまり、この時代を十世紀ぐらいだと考えると、ビールは普通に飲まれているが、ホップはビールの味付けには使用されていなかったのである。
というのは、ホップが東方からの外来植物であり、一部で薬草として知られていただけだったからである。したがって、タイタニアが知っていたのは、さすがというしかない。
ただ、ビールといっても常温である。したがって、清涼感はないが、味わいや香りは深い。個々の違いも大きいので、ワインのように飲み比べをするものかもしれない。
そういえば、イギリスでは、ビール、かの国ではエールだが、常温で飲むものである。ラガー系のビールは冷やして飲むものであるが、冷涼なドイツでは、外気か、地下室で冷やす程度で、日本のビールは冷やしすぎらしい。もっとも、アメリカ人の場合、日本人以上に冷やすらしいので、その模倣であろう。そして、ドイツの場合、お湯で温めて飲む場合すらあるそうだが、これは極端な例であろう。
「それよりも、食べよう」と言うと、魔王はパンの上に載せた空揚げを、親指と人差し指、それに中指の三本で優雅につまんで口にした。
それを合図に、皆が空揚げを食べ始める。再び、感嘆とも、溜息ともつかぬものが立ち上がる。
辺りには香ばしい匂いが立ち込める。空揚げは、欲しいと思うだけ、パンの皿に供給される便利なシステムである。パンが油を吸うので、空揚げが上品な味になる。もっとも、油を吸ったパンをおいしそうに食べている者もいるので、好みはさまざまである。
しかし、魔王でも手掴みなのだと驚く。五本指の者もいるが、どうやら、魔王や精霊王夫妻を見ていると、三本指で挟むものらしい。パンの皿にも驚いたが、ナイフもフォークもない。実際、アリエルはフォークと聞いて熊手か何かを思ったようだし、魔王は最初から切り分けてあるのに、ナイフはいらないということであった。
そういえば、ルイ十三世の宰相で、「三銃士」で有名なリシュリューが、ナイフを爪楊枝代わりに使う人が多かったので刃先を丸めたという話を読んだことがある。ナイフより、フォークのほうが爪楊枝に向くような気がするので、あの時代でもフォークは使われなかったのであろう。
頃合いを見計らって、違う酒を出してもらうことにする。
ブランデーである。




