25 料理人、魔王
「お前も食べるか」と、魔王が骨付き肉を出す。
礼を言うと、空中に肉が浮く。しかし、この肉ばかり出てくるが、他に食べ物はないのかな。
「これって、ロースト以外の料理法はないのですか」
さすがに、野菜はないのですかとは聞けない。
「蜂蜜や果物で煮込んでもおいしいですよ」と、アリエル。
あまりおいしいとは思えない。
「揚げたりはしないのですか」
「それは何」
「熱した油で茹でることですよ」
「そんなことしたら燃えてしまいますわ」
どうやら、この地に揚げ物は存在しないようだ。
「面白そうだな」と、魔王がのたまうと、空中に巨大な白い塊が出現する。どうやら、動物の脂らしい。植物油しか考えていなかったので、いささか躊躇う。しかし、いったい何人前だ。
「豚の脂ですか」
「牛だ」と、憮然として魔王が言う。
昔の記憶でいくと、お店はラードで揚げ物をする所が多いようだが、ヘットは記憶にない。関東のすき焼きと違って、家では鍋に牛脂を引いてすき焼きを作るが、普通に焼けるから、揚げ物に使っても問題ないかもしれない。
「駄目だったら、作り直せばよい」と、魔王がのたまう。
それでいいのなら、やってみようという気持ちになる。
「調味料は何がありますか」
「出してみよう」と、魔王が言うと同時に空中に大量の薬草が並ぶ。
ハーブである。岩塩もある。砂糖はなさそうだ。もちろん、醤油もだ。そして、よく分からないものが多い。
「胡椒はありますか」と聞いてみる。
「これだな」と魔王が指さす。
「金と同じ重さで売られているとか」
「そこまで高くはないの。これもあるし」と、指さされたのは丸い実である。
「何でしょうか」
「西洋ニンジンボクだ」
魔王は、違う言葉を発しているのだろうが、自動的に日本語になるのは便利である。その代わり、魔王の話す言葉自体を聞き取れない。
「青い花のですか」
それなら、知っている。コンクリートで覆うまで庭に生えていた灌木だ。
「こちらでは、ニセ胡椒と呼んでいる」
寡聞にして、食べられるとは聞いてないが、魔王が言うぐらいだから胡椒代わりになるのだろう。もっとも、魔王の味覚が人間のそれと同じとは限らない。
「いや、おいしいのはうれしいぞ」
「それは私も同じですわ」と、アリエルが歌うように言う。
「ニンニクや生姜はないのですか」と聞くと、魔王も、アリエルも嫌そうな顔になる。
何でも、空に近いところにいるものが高貴とされるので、動物なら鳥、植物なら果物が最上、逆に豚などは泥の中を這い回るので最低となる。道理で、豚の脂かと聞いて不評を買ったわけだ。
当然、地下にできるものは論外であり、根菜や球根は口にしたくもないとなるそうである。そりゃ、ジャガイモの普及に苦心したルイ十六世が、ボタン孔に花を麗々しく飾り立てたり、畑を厳重に守らせながら、わざと盗ませたというのも分かる。マンドラゴラのイメージも、そこから来たのだろうか。
「マンドラゴラが欲しいのか」と魔王が言う。
アリエルが、嫌だわという顔をしたので、精力剤として有名なのだろう。
「すいません、物思いに耽っていました」
「いや、お前の物思いはおもしろい」と、魔王が笑う。
きっと、ルイ十六世って誰だと思っているだろう。彼の場合は、中世ではなく近世だし、カペー朝でもルイ六世ぐらいだったはずである。
「えーっと、小麦粉とワインはありますか」と、また、物思いに浸りそうなのを振り切って聞く。
「もちろん」と、何十キロあるのだろうという量の小麦粉と、ワインが中空に浮かぶ。粉のままの小麦粉と、液体のままのワイン、それに牛の脂が浮かぶ姿は、実にシュールだ。
「肉は一口大に切って、ワインに漬け込んで下さい」と頼むと、空中で大量の骨付き肉が分解し、小さく切られた肉の部分だけが、ワインの中に飛び込んでいく。
「ニンニクや生姜はどうする」
えっ、さっき、そんな下賤のものをと仰いませんでしたか。
「おいしいのなら試してみるしかないだろう」
「なら、摺り下ろしてワインの中に」
ニンニクと生姜の摺り下ろしがワインの中に雪崩れ込む。辺りに、ニンニクとワインの匂いが漂う。
アリエルが鼻を覆う。
「本当は二、三日漬けておくといいのですが」と言った途端にワインが消え去る。
「どこへ行ったのですか」と聞くと、ワインが現れる。なぜか、樽に入っている。
「三日前に行って、戻した」
「なら、ワインの熟成もできるわけですか」と、驚いて聞いてみる。
「この世界が切り取られる前なら、何百年でも戻れたがの」と、魔王が寂しく笑う。
そうか、それを忘れていた。魔王が営々として築き上げてきたものが全て無になったのだった。それからほんの少ししか経っていない。ここは昼夜がないので、どれくらい経ったのかも分からないが、三日戻したというのも、人間界ではもっと早く日にちが経っているから可能なことなのだろう。




