21 天音さん
天音というのは、随分と現代風の名前だからである。もっとも、「あまね」という名前を初めて聞いたのは、日本史の授業で、西洋哲学者の西周の名を聞いた時である。その時、この明治の学者の名前が実にモダンでいいなと思ったのである。実際、朋香さんに「あまね」という名はいいねと言ったことがある。若い頃のことを喧伝するのは恥ずかしいのだが、世の中にあまねく愛をとか言っていたような気もする。そう、あの頃は浮かれていたのである。
小井朋香という名前は左右対称でいいねと言ったこともある。跳ねとか考えると、どれも正確には左右対称ではないけどねと、朋香さんが言ったのを覚えている。そして、この小井天音さんも左右対称である。しかも、この町は、朋香さんの生まれ育った町でもある。朋香さんが、子供を連れて戻ってきていたとしても、そう不思議なことではない。
逆に、朋香さんが生まれ育った場所なら、小井さんが多いのではないかとも思うが、他にこの苗字の人を自分は知らない。そして、朋香さんのお母さんも、夫と別れて、生活のために県外から移ってきたと聞いたことがある。そういえば、朋香さんの従兄も県外の人で、東京の大学で自分の従姉と知り合い、偶然、双方の親戚が同じ場所に住んでいるのが分かって、盛り上がったのが始まりだったと、結婚式のスピーチで聞いた。つまり、この町で小井という苗字は少ない。多分、他にはないだろう。実際、小井姓の分布を見ても、この辺りにはいないことになっている。
それにしても、高校一年生で家政婦の派遣会社に登録して働くというのは、ハードルの高い設定である。したがって、そのようなことはあり得ないのだと思っても、つい、自分の子供ではないかと思ってしまうと、焦燥感に駆られるのも仕方のないことだとは思う。
汲み取りの業者については、当然ながら、派遣される人の名前など書いてない。家政婦さんの場合は、裏口のキーの番号を教えてあり、家の中に入ってもらう前提だから、会社も名前を通告してきているのである。それでも、清掃会社のホーム・ページを調べてみると、割と近くに事務所があり、従業員数七十名と書いてあった。
ふと、派遣会社にメールして、小井天音さんの消息を聞くのはどうかと思った。しかし、行方不明ですと言われ、なぜ、そのようなことを聞くのですかと問い質されたらということを考えると、それはできなかった。
廊下に出ると、入口のところにペリエの瓶が落ちていた。この間、ここから出ていく時に持っていけなかった瓶である。
持ってみると完全に温まっていた。開けて、躊躇したが、少し口にしてみる。完全に炭酸が抜けて、温まっている。おかしい。廊下に光が満ちていて暖かいのは事実だが、家を出て、魔王と少し話しただけである。せいぜい数十分しか経っていないはずだが、蓋をしてあった瓶が、そんな短時間で温まるわけがない。だいたい、冷たい瓶が温まるのなら、表面が結露するはずである。そう思って、瓶があった場所を見ると、瓶の痕が染みになって残っていた。
急いで下に降りる。台所に入り、冷蔵庫を開ける。昨日、補充したペリエの瓶を持ってみる。冷たい。この冷蔵庫は、それなりの値段はするが、数十分で冷たくなるほど無茶な性能ではないし、設定もそうはなっていない。
祖父の部屋に入り、シューターを開ける。新しい新聞が入っている。日付を確かめる。間違いない。この家の時間と、今の世界とは時間の流れ方が違う。
浦島効果という言葉が頭に浮かぶ。浦島が、龍宮城にいる間に七百年の歳月が流れていたという。龍宮城にいたのが二年間とするのなら、一年で龍宮の一日が過ぎていく計算になる。この家の場合、数十分で一日が過ぎる感じなので、浦島よりはかなりゆっくりである。一年が龍宮の一日だとすると、一日が四分ほどで経ってしまうからである。
しかし、今日、数十分で戻って来てよかった。もし、三十分間で一日が経つとするのなら、一日が四十八日という計算になる。もし、一日来なければ、四十八日分の新聞が届いてしまう。これでは、シューターが壊れてしまう。
もっと大きな問題がある。株である。この調子なら七日間で一年間が過ぎてしまう。一年で五十年以上である。したがって、久しぶりにコンピューターを覗いたら、破産していたという可能性だって充分にある。仕方がないので、取引はしばらく中断することにした。新聞は、もちろん、配達を中止してもらった。税金等は、多少の延滞金は覚悟するしかないだろう。




