19 赤ちゃん転生どころか
そりゃ、中世ヨーロッパでパラレル・ワールドなどと言って、まともに相手してもらえたとしたら、そちらのほうが驚きである。
「しかし、そのパラレル・ワールドという言葉を使うと、この世界をうまく説明できるのだ」
「ということは、陛下は外からこの世界を御覧になられたということでしょうか」
「見たわけではない。感じただけだ。だから、この世界はどうなっているのだと調べて旅をしている間に、ドラゴンに国をやられた」
「ご家族もでしょうか」
「余に家族はいない。しかし、全ての部下を失った」
留守中に部下を失ったのだったら、ドラゴンに殺意を感じても仕方がない。魔王とはいえ、結構、繊細な心遣いができるということは、根がまじめなのだろう。
「しかし、お前という存在を見つけて、大いに気が晴れた」
それは結構。でしたら、一緒に勇者をしませんか。
「赤子から始めるのは退屈だ」
えっ、赤ちゃん転生なのですか。いや、そういう話もありますけど、十代で記憶が戻ってとかいうのが定番なのでは。
「そういう決まりがあるとは聞いたことはないが、ゼーレから、いきなり大人になるというのは考えにくいな」
どうやら、定番を決まりと訳されたようで、気の毒そうに魔王が言う。
しかし、なぜ、骨付き肉を持っているのだ。しかも、さっきのと同じもののように見える。
「そうだとしても、赤ちゃんから始めるのは嫌ですね」
「いや、その前段階からだ」
「というと、母体の中からですか」
「そうだ」
「そこで十月十日」
「少し長くないか」
「えっ、そういえば四週間で一ヶ月という計算ですから、四七、二十八に十で二百九十日間ですか」
「それでも少し長いが、人間の場合はそれぐらいだな」
「それだけの期間を経て、ようやく出生…」
やはり、長すぎる。家政婦さんや、汲み取りの作業員さんを探すにしても、しばらくは外にも出られない。三歳になって、魔力を量ってもらう時が最初の機会ぐらいだろうか。それはあまりに長すぎる。
「お前の場合、いろいろと覚える必要があるだろう」
「魔法で覚えるとか」
「産まれた途端に話し出すのか」
「そのあたりは適当に塩梅して」
「できるのか」と、魔王が疑うように言う。
「何とか」と、やりたくない一心で答える。
「余もおらんぞ」
「魔国の再興でありましたか」
「そうだ」
「どうやって再興をされるのでしょうか」
「生き残りがいないか探す」
「残っていればいいですね」
「ドラゴンがあり得ないほど暴れたからな」
「それほど暴れたのですか」
「空間が歪んだぐらいだからな」
魔王が、骨付き肉を一振りする。いつの間にか、肉はほとんどなくなっている。食べているのは見なかったし、ずっと話し続けていたのに、肉を齧る音など聞こえなかった。これも空間魔法か。噛みもせずに胃袋に直行させるって、体によくないような気がするし、味も感じられないと思う。
「もしかすると、そのせいで家が切り取られたとか」
「ま、そうかもしれないな」
珍しく、曖昧な表現をとったことから、それが真実だと分かる。もし、ドラゴンのせいで空間が歪んだのが原因なら、不可抗力ではないか。
「それなのに、なぜ、ここまでして下さるのですか」
「他意はない。お前が気に入ったからだ」
目が点になる。目などというものが、この体、この魂にあったとすればだが。
「家は気に入ったか」
「はい、それはもう」
強引な話題転換だが、おとなしくそれに従う。
「しかし、なぜ明かりがついているのでしょうか」
「お前の言葉だと電気というらしいが、それは前の世界からきている」
「その前の世界とは繋がっていないのでは」
「いや、繋がっている。ただ、お前や我々は、行くことはできない」
何でも、神の子が排除したのは、彼が作った世界だけだそうである。それに対し、あの家は違う。魔王が既存の世界から切り取ってきたものだからである。したがって、この切り取られた家と同じものが、前の世界に複数存在している。前の世界の無限大の過去と未来、そして、現在である。したがって、切り取られた家の残りと、切り取られなかった家とが、それぞれ無数に存在する。電気は、そういう無数の可能性の中から供給されているらしい。
新聞も荷物も、無数の可能性から供給されるらしい。
もっとも、持って出たはずのペリエは持ってこられなかった。つまり、あの中のものを持ち出すことはできないということである。したがって、通信販売を使ってという考えは無理だということになる。
また、家の中に入った途端、霊魂から元の体に戻ったということは、この世界の物を持ち込むこともできないということであろう。実際、例のリングにしても、入った途端に消えうせた。入口が消えうせなかったからよかったようなものの、でなければ、戻ってこられなかったはずである。そして、リングは戻った途端に体の上に顕現した。つまり、あの部屋の内部では、魔王の力といえども及ばないのであろう。




