17 アリエルの疑問
斜めに切り取られた廊下の先から、魔王の元に戻る。
その途端、霊魂に戻る。リングが体の上に戻ってくる。
魔王が心配そうな顔になる。思念を読んだのであろう。
「その者達は、こちらの世界で生まれ変わることになるであろう」
「元の世界へは」
「戻れない」
「そうですか」
自分と同じで、同じ世界に同じ者は存在できないのであろう。
「アリエルに聞くのがよいであろう」
すぐに、アリエルが、今度は頭からせりあがってくる。
「こんにちは」と、アリエルが自分に微笑む。
「こんにちは」と、自分も挨拶を返す。
アリエルは、自分を見つめたかと思うと、魔王を振り返って「ヨアヒム、この子をいじめちゃダメ」と言い放った。
「余のせいではないぞ」
いきなりの挨拶にも、魔王はうろたえもしなかった。アリエルの思考も読み取っているのであろう。
「では、なぜなの」と、指を突き付ける。指を突きつけるのは癖のようだ。
「前の世界から巻き込まれた者が他にもいるようだ」
「ふうん、それで…」と、アリエルが首をかしげる。あまり、他の魂に興味はなさそうである。
「最近のゼーレで記憶持ちはいなかったか」
なるほどその手があったか。しかし、魔王がここまで心配してくれるとは、正直、意外である。
「うーん、分からない」
えっ、仕事してよと思わないでもない。
「では、魔力を持っていないゼーレはいませんでしたか」と、自分も聞いてみる。
「それも分からないけれど、三歳になったら分かるわよ」
アリエルを見つめる。
「三歳になると、精霊教会でどういう魔力が授かったか調べるの」と、小学生に言うようにアリエルが教えてくれる。
「精霊教会でというと、人間だけですか」
「ゼーレを持っているのは、魔物以外の人族だけよ」
そういえば、キリスト教の教義では魂を持つのは人間だけだった。だから、日本で生まれた海外の子が、仏教の山川草木悉皆成仏的な日本の考えで作られた漫画で育ったりすると、キリスト教の教義を知って、うちのペットに魂がないなんてとショックを受けることになる。
「ということは、ニュクスは」と、山川草木悉皆成仏という言葉に反応したらしい魔王を無視して聞いてみる。
「夜?夜がどうしたの」
「ああ、誤訳です。夜という意味のニュクスという名を持つ猫です」
「猫?別世界の猫はよく分かりませんが、獣人という可能性があるのかな」
「獣人、いるんですか」
「そりゃ、いるわよ。あなたの世界にはいないの」
「精霊もいません」
アリエルが、驚愕の表情になる。漫画なら、ガビーンと効果音がつくところである。
「魔王もいませんし、ドラゴンもいません」
「魔王がいないって、どれだけ平和な世界なの」と、魔王を振り返る。
「ドラゴンがいないの間違いだろう」と、魔王は平然と答える。
「神も、存在を認めていない人もおります」と、自分の無神論は棚に上げて、続ける。
「じゃ、あなたの世界は誰が作ったの」と、アリエルが不思議そうに聞いてくる。
「超高温の火の玉になった宇宙が爆発してできたと言われています」と、ビッグ・バン説を開陳する。
「誰が火をつけたの」
「自然とです」
それであっているよね。地学はとったが、その辺りは忘却の彼方だ。
「じゃ、その宇宙は誰が作ったの」
「存在していなかったと思います」
だんだん、あやふやになる。
「最初の宇宙を作ったのは」
「神ではないですね」
「じゃ、誰が作るというの」
「神を作ったのは、人間の想像力だと思います」
「面白いのう、お前の考えは」と、魔王が会話に介入してくる。
「つまり、我々は人間の想像の産物なのだと、こいつの世界では考えられている」と、魔王が続ける。
「想像の産物って」
「人間の頭の中にしかいないということだ」
「ここにいるじゃない、精霊王も、私も、ヨアヒムも」
「人間が頭の中でこしらえた物語をもとに、神の子が作った」
「じゃ、この子の世界も神が作ったのじゃないの」
「神も想像の産物、人間の頭の中にしか存在しないというわけだ」
「じゃ、誰が世界を作ったの」
「誰も作っていない」
「誰もですって。でしたら、神が作ったということね」と、アリエルが断言する。
「それより、三歳になったら魔力判定が行われるのですね」
頃合いを見計らって話題を変える。
「そうよ、三歳と、五歳と、七歳の時ね」
七五三ですかと言いかけて、やめる。魔王が、それは何だというような目つきで見つめてくるが、それを無視して、「三回もするのですか」と聞いてみる。どうせ、勝手に自分の頭の中から回答を引き出すに違いない。
「そうよ、三歳から七歳の間で魔力が表に出てきますからね。でも、三歳で、魔力ゼロというのはありえないわ」
「自分も受けなくてはいけないのでしょうか」
「魂がありますからね」
その、あり得ない魔力ゼロが衆目にさらされるのかと思うと、憂鬱にならざるを得ない。




