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16 青い車

 ただ、外へは一歩も出られなかったので、ゴミ出し等のために午前中だけ通いで来てもらっている家政婦さんの給金と、その人に買ってきてもらうもの、通信販売で買うもの、そのほとんどが本だが、それ以外は光熱費と税金が出ていくぐらいだった。本ぐらいしか欲しいものはないし、食べられたらそれでいいので、使わなかったから金が貯まったとも言えるかもしれない。現在は海外の投資会社を通じて堅実な投資をしてもらっているので、そう簡単に破産することもないだろう。

 というのは、小口の利用者は投資会社にとってカモでしかないが、一定の金額を超えると、途端に大切されるからである。昔、とある芸能人が一億円稼ぐまでは大変だったが、そこから先の蓄財は簡単だったと言っていた。まさしく、その通りである。

 したがって、通信販売を活用できるのなら、今まで通りの生活をこの家で過ごすことは可能である。また、買ったものをここから持ち出せたなら、これから転移する世界で無双することも可能であろう。

 中世ヨーロッパをベースにしたこの世界で、現在のドイツ付近が想定されているのなら、ウイスキーは知られないだろうし、もちろん、日本酒はない。このあたりを精霊王に送り付けたら、かなりのバック・アップを期待できると思うからである。

 祖父の部屋を出てニュクスを捜す。風呂も、トイレも捜したがいない。もっとも、トイレは右手の壁の一部がなくなり、かわりに闇が広がって非日常な風景になっている。もし、この闇がマジック・ミラーのように向こう側からは見えているというような仕様であるのなら、困ったことになるはずである。

 台所に戻り、冷やしてないペリエを箱から出し、冷蔵庫に補充する。そして、台所を廊下に出ようとした瞬間、庭先に見慣れないものがあるのに気がついた。玄関が出っ張っているのでよく分からないが、何だか青いペンキを塗ったものがある。何だろうと思って、封を切ったペリエの瓶を持ったまま玄関へ行く。

 玄関の三和土は、祖父が移動しやすいように廊下との段差はない。祖父は車椅子、自分は外に出ないので、三和土に置いてある履物はない。それでも、靴箱の中には昔の自分の靴が残っていた。外へ出るのは何年振りかである。それで、緊張しながらドア・ノブに手をやって驚いた。鍵が開いていたからである。朝、寝る前に施錠してあることは確認したから、家政婦が閉め忘れたのだろうが、今までにそんなことはなかった。

 扉を開けた途端、エントランスのスロープの向こうに、青いトラックが停まっているのが見えた。二階からは出っ張りが邪魔して、台所からは角度的に見えにくかったものである。一応、祖父の部屋からは見えるはずだが、あの部屋は障子がはまっている。トラックは、屎尿汲み取り用のヴァキューム・カーである。もちろん、家のものではない。

 そういえば、汲み取りをしますという連絡が来ていた。そのため、家政婦さんに時間延長をメールで頼んだのだった。以前なら、完全に昼夜逆転していたが、最近は午後から起きていることが多いので、そういう日は、下に降りて行かないことにしている。このため、日付や時刻はきちんと覚えているが、あまりにもいろいろなことがあったので、さすがに忘れていた。

 あれは今日だったのだと思って、家の横手を見ると、家の勝手口のところに見慣れない自転車が停まっていた。自分が青ざめていくのが分かる。きっと、来てくださった家政婦さんのものだ。気づいたら、呆然と突っ立っている自分がいた。

 しかし、家政婦さんも、屎尿の汲み取りの人も、ニュクスもいない。みんな、死んでしまったのかと思う。取り返しのつかないことが起きていると思った。もっとも、あの時見た黒い塊がニュクスだとしたら、自分と同じように霊魂になって転生した可能性はある。だから、この切り取られた空間の中に残っている可能性は低いのではないかと思うが、他の人達はどうなったのだろう。

 汲み取りの人の数は不明だが、一人か二人であろう。切り取られた瞬間、この人、あるいは人達は車のそばにいたはずである。汲み取り口が、車のすぐそばにあるからだ。ただ、その蓋は閉ざされていた。ホースも巻き取られており、特に匂いもしないようなので、作業を始める前だったのだろう。

 だとすれば、入ってきたばかりだったのだろうか。家政婦さんには、門扉の開閉をお願いしてあった。ただし、門扉そのものは闇の向こうである。したがって、今も開いているかどうかはわからないが、玄関のドアが施錠されていないところを見ると、家政婦さんは迎えに外へ出たのであろう。

 ふと、門扉のそばにいた可能性もあると思った。だとしたら、体の一部が切り取られた可能性もあると思って、そちらに目をやる。しかし、コンクリートの地面には血が流れた跡もなく、肉片らしいものもない。そして、道側に出たのでない限り、体を切り取られずにすむ余地はないように思う。

 見上げると、空には、雲も、太陽もなく。明るさだけが張り付いていた。そして、家の上空を通過している送電線が途中で切り取られたまま、かすかに揺れていた。


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