15 シェルターになるのでは
祖父の部屋である。窓際の文机に何枚も飾られた家族の写真がほほ笑んでいる。いつものように、軽く頭を下げ、仏壇の位牌に手を合わせる。祖父は、両親が死んだ後、自分に残された唯一の肉親だったが、三年前にこの部屋で眠るようにして死んだ。葬儀は自分と僧侶だけで行なったし、遺骨も取りにいかなかった。僧侶が生前の祖父から意向を聞いていたからである。それに、関東では遺骨のすべてを回収するらしいが、こちらでは一部だけだし、取りに行かないというのもあり得る。もっとも、僧侶が自分の寺に納骨してくれたはずなので、墓参りをしようと思えば可能である。
祖父は、事故で下半身を切断されたが、車椅子で自由に移動できたし、必要があれば、携帯電話で二階にいる自分に連絡を取ってきた。ただ、一応、障碍があるので、市の在宅看護の対象となっており、祖父の死を見つけたのも、通ってきた看護師であった。もっとも、食事や洗濯は自分がやっていたし、必要な時は介助もしていた。したがって、やってもらっていたのは入浴介助だけであった。
事故で両親が死亡、祖父も同じ事故で脚を失くした。その後、長期の入院を経て、祖母の位牌とともに、祖父がこの家に引っ越して来たのは、五年前のことである。その際、一階は祖父が生活しやすいように徹底的に改造した。このため、素人の自分でも入浴を手伝えたと思うが、祖父が嫌がったのでしていない。切り取られた両脚を孫の目にさらしたくないというようなぐらいの理由かなとも思うが、それぐらいしてもらわないと、在宅看護の意味がないだろうと笑っていた。
家を改造した際、庭をコンクリートで覆わせたのは祖父である。引き籠りの自分のことを考えて、植物の繁らないようにしてくれたのだろうが、庭木を見られないのもつまらないだろうと言うと、こちらのほうが、車椅子を動かしやすいと言っていた。実際、庭先で運動していたようだ。団地とはいえ、端っこにある一軒家に近い環境だったから、人目を気にする必要はあまりなかった。それに、周囲の自然環境は比較的豊かだったから、庭木はなくても、それなりに楽しめたかもしれない。もっとも、部屋に盆栽を持ち込んでいたから、強がりだったのだろうとは思う。
しかし、目的は盆栽ではなく、シューターである。雨の日等に、祖父が新聞や郵便物を取りに行く手間を省くために、庭の郵便受けとこの部屋は、シューターで繋がっている。郵便受けの開口部はかなり広く、配達員が困らないように、スタンプ印も置いてある。逆に、無理をすれば子供が入れるほど大きくて用心が悪いので、部屋側には扉がついており、差し込み式の簡単な鍵がついている。
シューターの中には、若干の通信物と、新聞が入っていた。まだ、メールにあった本は届いていないなと思ったその瞬間、小包が勢いよく滑り落ちてきた。どこかに引っかかっていたらしい。開けてみると、まさしくメールにあった本である。部屋だけでなく、この家も外界と繋がっている。
魔王は「その中は、この世界ではないから、余は入れない」と言った。魔王が入れないのなら、あの世界のものは誰も入れないはずだ。それって、完璧なシェルターではないかと思う。
しかも、コンピューターとシューターが使えるのであれば、通信販売のし放題である。もともと、自分が注文したものの送付先には、<郵便受けに入れて下さい>と住所の後に記してある。玄関先と書いてあるだけだと、持って帰る配達員もいるかもしれないが、郵便受けに入れられるのに持って帰る者はいない。スタンプとはいえ、認め印も置いてあるので、本人手渡しの特別送達でもない限り、書留でも大丈夫である。
電話もインターフォンも出ないし、門扉は内側から開けない限り開かない。このため、勝手口以外は、塀を乗り越えないと庭にも来られない。したがって、大型の電化製品が壊れない限り、それで充分なのだが、五年前に一階を大改造した際に、その手のものはすべて新型に買い換えてある。
祖父は、事故の補償金で大丈夫だと頑張ったが、改造費だけ出してもらって、電化製品の代金はこちらで出した。金に糸目はつけなかったので、五年で駄目になるようなものはないであろう。
幸い、金はある。引き籠りの人間がなぜと思われるだろうが、投資で儲けたのだ。もちろん、そのために多くの資料を読み込み、この程度ならいいだろうと、ほとんど使わなかった給料と退職金の一部だけを投資したのだ。遺産と事故の補償金には手をつけなかったので、失敗してもよかった。要するに、他にすることがなかったのだ。
投資のほとんどが海外の株であった。日中は寝ていることが多かったので、時差の関係でどうしてもそうなるのだ。もちろん、原資を割ったら止めようと思っていたが、幸い、祖父が転居してくる直前に株の乱上下があり、うまく切り抜けられたのが大きかった。そして、それを元手に売り買いをしていていると、円安で大きな利益が出た。買ってあったポンド建て、ドル建ての株が高騰したのである。




