13 Open sesame
「あれは発動の振動だ。余はどこで切り取られたか確かめに行ったから確かだ」
「ということは、陛下は時間旅行ができるということでしょうか」
「隣り合っている世界ならな」
パラレルにある世界の隣り同士なら過去へ戻れるというわけか。
凄すぎる。魔王というより、神の領域ではないか。魔神という言葉が頭に浮かぶ。
「未来もでしょうか」
「そっちは無理だな。もっとも、タイタニアは数秒程度なら先が分かるようだが」
あの反応のよさと落ち着きは、未来視のせいだったのかと思う。
「しかし、自分はこの世界の住人ではありません」
「そうだ。しかも、元の世界から切り離されているから、接点がない。その上、お前は元の世界で生きている」
脳が捻挫したような気がした。元の世界で自分が生きているって、どういうことだ。自分は、今、この切り捨てられた世界に生きている、というか、転生しようとしているのではないのか。
「元の世界もパラレルだ」
そうか、元の世界で自分の家が切り取られた時、切り取られないという選択肢も発生したはずなのだ。ということは、命を奪われなかった自分もいるということである。
「そこへ戻ったら、お前が二人になる」
タイム・パラドックスというわけか。一つの世界に同じ者は一つしか存在できないというわけだ。
「それなら、自分が消えた瞬間の元の世界になら」
「それは、こちらに来ている」
「つまり…」
「お前の家が切り取られたことは、元の世界ではなかったことになっているようだ」
「それでは、辻褄が合わないのでは」
「神の子が、どう辻褄を合わせたかは、あちらの世界に行けないから分からないが、でなければ、こんなものがある理由が分からない」
そう言って、魔王は綺麗に肉のなくなった骨で、自分の右後方を指さした。
目の前の空間が長方形に区切られている。その中は闇である。
「何ですかこれは」と、あまりの禍々しさに慄きながら聞いてみる。
「入ってみるがよい」と魔王が言う。
「入ったら最後、出てこられないとか」
この禍々しい入口に何も考えずに突っ込めるのは、勇者でなければ狂人である。そういえば、自分は勇者になるはずだが、入る気がまったく起こらない。
「そうか、魔力がないということは、その可能性があるのか」と魔王が言うので、いささか驚く。
本当に自分を亜空間に放り込んで、出られないようにするつもりだったのか。
呆然としていると、魔王は肉のなくなった骨を曲げて輪っかを作った。あんな硬いものを折らずに曲げるとは、何て器用なのだろうと思っていると、それは白い腕輪のようなものになった。それに、魔力を封じ込めたのか、赤黒く変色していく。
「これを使えば、出入口ができる」と言いながら、魔王が自分の上に輪を載せる。
何となく、腕にでもはめるつもりで作ったのに、できてから相手に腕がないのに気づいたわけではないだろうなと思っていると、先ほどの水魔法の時と同じように何かが流れ込んでくる。
「Open sesame」
なるほど、目の前に出入口ができる。よく見ると、縁が赤黒い。
「何だ、その呪文は」
「開けゴマでもいいのですが、自分達の世界の標準的な…開錠呪文です」
何と説明すべきか分からなくて、つい開錠呪文などという言葉を作ってしまうが、すでにあるのかもしれない。
「魔法がないのではなかったのか」
「物語の中には普通に登場します」
神の子が、人間の想像力をもとにこの世界を作ったというのを思い出したのか、魔王はなるほどという顔になる。
「開けゴマ」という呪文の登場する「アリババと四十人の盗賊」という話は、「アラビアン・ナイト」に登場する。そして、この物語集は八世紀ごろのものだが、ヨーロッパに紹介されたのはルイ十四世の時代、十八世紀である。もし、この世界の基礎になったのが中世ヨーロッパだとしたら、知られていないのも不思議ではない。その上、「アリババと四十人の盗賊」は、「アラジンと魔法のランプ」と同じく、アラビア語の原典にはなかったらしいから、余計である。
「いちいち、呪文を唱えなければいけないのは面倒だな」
「それは、様式美というものです」
魔王が、一瞬、理解に苦しむというような表情になったが、すぐに愉快そうになって言った。
「お前の頭の中は興味深いな」
ああ、すいません。頼むから、頭をたたき割って調べようとしないでください。
「お前の頭の中の話を聞くだけで、随分な日数がかかりそうだ」
それって、面白くなくなったら首をちょん切られるという未来しか浮かばないのですが。
「それはともかくとして、そのリングに魔力を込めておいた。これで、その開錠呪文を唱えたら、入れるようになる」
「イフタフ・ヤー・シムシム」と唱えたが、入口が開かない。そこで、おとなしく、「Open sesame」と唱えると、目の前に入口ができた。
恐る恐る、体を入れると、そこには自宅の二階廊下があった。




