12 制球ミスでは
しかし、自分の知らない家が出現したということは、他の神の管理する世界から持ってきてしまったということである。絶対にしてはならない他の神への干渉をしてしまったということである。焦った神の子は、その切り取られた家ごと自分の作った世界を切り放ち、虚空に放り投げたのである。証拠隠滅である。
それを感知した瞬間、魔王は神の子に逆らうことにした。自分が長い年月をかけて築き上げてきたものが、何の断りもなく、無に帰されたと感じたからである。このため、彼に向かってきたファーヴニルのブレスを、空間魔法で切り取るとともに、神の子の面前に出現させた。しかし、それを瞬時に察知した神の子は結界を展開して、ブレスを反射させた。それが、自分が最後に見たブレスの消失と爆発のようである。つまり、神の子の巻き添えである。
「その途中にお前の家があった」
つまり、家が爆発し、自分やニュクスが死んだのは事故だと主張したいのだろうか。
「しかし、陛下が空間魔法で切り取られなければ、そんなことにはならないはずです」と、できる限り冷静な口調で抗議する。
魔王は珍しく逡巡した。
神の子が世界を放り出したからとか、ファーヴニルがブレスを吐いたからとか、反射した先に家があったとか、いろんな理由が去来したのだろうが、家を切り取ったのは魔王である。そして、それさえなかったら、自分が死に、神の子と戦うなどということにはならなかったはずである。
その一点だけは、魔王の間違いであるはずである。魔法の制球ミスである。バッターに向かって投げようとしたボールが滑って、観客席に飛び込むぐらいの、考えられないミスである。
「分かった、善処する」
魔王がため息をついたかどうかは分からなかった。
「神の子がこの世界を切り取った結果、我々は過去を失った」と、交渉の終了を感じたのか、魔王が淡々と語りだす。
神の子の所業に激怒し、ファーヴニルのブレスを送り込んだ者と同じ者であるとは、とても思えない口調である。
「であるから、お前を元の世界へ戻すすべはない」
「なぜ、元の世界に戻れないのですか」
「おまえが家とともに転移してきた瞬間から、この世界が切り取られているからだ」
意味が分からない。
「この世界に残っているのは、お前の転移後のものだけだ。したがって、転移前の状態に戻すことはできない」
魔王が説明を続ける。
ということは、転移前の状態があれば、自分は元の世界に戻れたという意味だよね。もしかすると、魔王は過去に戻れるだけでなく、過去を改変することもできるのか。
凄すぎると思うと同時に、神の子が焦ってこの世界を切り捨てなければとも思う。段々と、会ったこともない神の子への怒りがこみあげてくる。これって、不敬なのかな。
「この世界もパラレルではないのですか」
ふと、疑問が生じたので、聞いてみる。選択肢が無限にあるのならば、自分が元の世界に戻れるという選択肢があってもいいはずである。
「もちろん、パラレルだが、今のところ、お前が元の世界に戻るという選択肢は誕生していない」
魔王の返事は淀みがない。
「なぜですか」と、無限の選択肢があるはずなのにと思って聞いてみる。
「切り取られた瞬間からしかなく、元の世界というものが存在しないからだ」
空集合というわけかと思う。
「もし、元の世界と繋がっていたら、やりようもあっただろうがとは思う」と、魔王は慰めるような口調で続けた。
少し考える。一階に降りてきた時、白い光が魔王と思われる人物に向かってきた。あれが、ドラゴンのブレスだろう。それが、途中で消滅した。
魔王が、ファーヴニルのブレスを、切り取って神の子の面前に出現させたというのは、この時のことだろう。しかし、神の子の障壁に当たって跳ね返り、家や自分達を爆発させるまで、少し間があった。もしかすると、この時、魔王も死んだのかもしれないが、神の子がこの世界を切り取って、虚空に放り出したのはその前でないとおかしい。
「しかし、神の子が切り捨てた瞬間、自分も、猫も生きていたと思いますし、家も、切り取られたとはいえ、存在していたはずなのでは」
自分達や家が転移してきて、神の子が驚いて、この世界を虚空に放り投げた。そのことに激怒してブレスを切り取ったというのなら、タイミングがおかしい。
「にも関わらず、お前が元の世界に戻るという選択肢が一つも出来ていないのだ」
「おかしな話ですね」
「家が出現する瞬間まで遡って切り捨てられたからだ」
「しかし、自分が切り捨てられたと感じたのは、そのタイミングではなかったのでは」
ニュクスが玄関の扉に向かって唸っていた時、あの時に感じた無重力状態にも似た浮遊感がそうではないかと思って聞いてみる。




