10 賭け
タイタニアって、これも、シェークスピアに登場する精霊王の妻だが、頬のこけた、気の強そうな顔立ちが、世界史で習ったエリザベス女王の肖像画と似ている。もちろん、大航海時代のエリザベス女王のほうだ。青いドレスを着て、精霊王の座る椅子の後にたたずんでいる。しかし、この人、いつの間に来たのだろうか。
「ヨアヒムとファーヴニルの戦いも面白かったですが、勇者を一から育てるというのも楽しそうですわ」と、タイタニア王妃が嬉しそうに言う。
自分は、育成ゲームのコマですか。
しかし、ファーヴニルと、今、王妃が言ったが、それって、「ニーベルゲンの指輪」に登場するドラゴンのファフナーのことだよな。つまり、今度はヴァーグナーか、十九世紀ではないか。
「神の子だけが楽しみを独占するというのも、変な話だからな」と、精霊王が応じる。
しかし、この神の子って、キリストでないとしたら、誰の子だ。
「そうですわ。しかも、いいところで強制終了で、世界をなかったことにするんですからね。あれはないですわ」
それが、神の子の巻き添えか。しかし、強制終了って、いったい、何をしたのだろう。よくは分からないが、神の子というのは、世界をなかったことにすることのできる者らしい。
「ファーヴニルも頑張ったが、ヨアヒムはさすがだな」という精霊王の言葉に、ヨアヒムが軽く頷く。
「もうブレスが当たると何度も思いましたわ」
家を破壊した白い炎を思い出す。あれは、ドラゴンのブレスだったのか。つまり、ドラゴンは数千度もの温度のブレスを吐くというわけだ。
「しかし、ヨアヒムの空間魔法は、相変わらず、見事なものであるな」と、精霊王が言う。
空間魔法という言葉で、部屋を切り取っていった亀裂を思い出す。魔王が空間魔法を使いすぎて、別の世界まで切り取ったのではないだろうなと思う。アリエルや、オベロン王を連れてきたのも、召喚魔法ではなく、それの援用かもしれないが、物凄い魔法だ。
そう思って、魔王の顔を見つめると、突然、「で、オッズはどうだったのだ」と、魔王が話題を変えた。
絶対、ワザとだ。これが漫画なら、横を向いて口笛を吹いているシーンだ。自分の家を切り取った犯人は魔王だったのか。
「私はヨアヒムに賭けたわよ」と、タイタニアが平然と答える。
「もちろん、儂もだ」
精霊王は重々しく、しかし、少し慌てた調子で続ける。
「では、その賭け金をそのまま、こいつに賭けよう」と、魔王が恐ろしいことを言う。
育成ゲームのコマだけでなく、賭けの対象にまでなるのか。
「何を賭けるのだ」
精霊王が立派な椅子から転げ落ちそうな勢いで聞いてくる。もしかして、娯楽が少ないのか。
「こいつが、神の子を倒せるかどうかに」
「今、何と!」
王同士の会話に一般庶民が口をはさむのはどうかと思うが、さすがにそれはない。国どころか、世界をなかったことにすることのできる者に、どう太刀打ちせよというのだ。
「骨ぐらい拾ってやる」と魔王が言う。
「その骨に魔力を帯びさせて、その神の子をやっつけようと思っていませんか」と、中世ヨーロッパに「骨を拾ってやる」などという言い回しがあるかと思いながら、反論する。
「賢いわね」と、我が意を得たかのようにタイタニアが呟く。
「知識量だけでなく、頭が回る」と精霊王。
アリエルは、ずっと沈黙を守っている。
「その力を使えば勝てるかもしれない」
魔王様!そこは、勝てると言いきってほしい。
「では、勝ってくれ」
あのう、自分は戦うとは申しておりませんが。だいたい、神の子ということは、神の眷属というか、神そのものだと思う。そんなものと、どうやって戦うのかと言うのだ。
「戦わなくてもよい。あやつに負けたと言わせられれば、勝ちだ」
一緒じゃないか。
「知能戦なのね」と、嬉しそうにタイタニアが言う。
「総力戦かもしれないね」と精霊王。
ええ、観客席は長閑でいいですね。
「で、陛下は一緒にやってくださるのでしょうか」
せめて、それぐらいはと思う。
「トイフェルシアを復興させたら、手伝おう。あやつには恨みがある」
神の子を、あやつと連呼するというのはどうなのかなとは思ったが、それよりも重要なことがある。
「では、自分は、自分が勝つほうに賭けます」
「何を賭けますか」と、タイタニアが聞いてくる。やはり、この人、テンポがよい。
「自分自身を!」
魔王が、こちらを向いて首を振ったような気がした。まずかったか。
精霊王夫妻を、アリエルとともに送り出す。
「これで負けることが出来なくなったの」
「自分自身を賭けたのはまずかったのでしょうか」
「勝てばいいが、負ければ、死んでも奴隷だの」
「魂を支配されるということですか」
「そうだ」
「しかし、たとえ奴隷になっても、自分はたいしたことは出来ませんよ」
「そうでもないが、どうせ、時間はある」
「どういう意味でしょうか」
「あやつは、今回の出来事で謹慎になった」
謹慎…、神の子が、ですか。




