3 ドラゴン、建築家になる
「こちらでいいか」
「父上に聞いてもよろしいでしょうか」
「おお、そうしてくれ」と言うので、家人を見ると固まっている。
「すみません、威圧を解いてもらえないでしょうか」
「威圧?」
「皆さん、固まっていますが」
「ああ、なら、これでどうだ」と、ファーヴニルがドワーフの姿になる。
と同時に、アリエルが動き出す。固まっていた人々も、遅れて動き出すが、その場にうずくまる人も多い。
「父上、いかがいたしましょうか」
しかし、返事はない。よく見ると、まだ、再始動していないようだが、しばらく待つと、かすかに頷いた。
「それでお願いします」と言うと、ファーヴニルがもう一度ドラゴンの姿になり、崖から突き出ている山塊に細くブレスを放った。
そして、崖と同じ高さで切り取られた二十メートルほどの高さの山塊を、山肌に出来た空き地に静かに戻すと、ブレスで長方形に成形した。それからのファーヴニルの動きは芸術といってもよいものだった。大胆に大まかな形を作り上げると、繊細な動きで各部屋を作っていくのだった。
結局、二階建ての総石造りの屋敷が完成するまでに一時間ほどしかかからなかった。比較的柔らかな石灰岩と思われる山塊であったが、それにしても驚異的な速度である。おそらく、あちらの世界の重機を持ってきても、これほどの速度と精密さは実現不可能であろう。
最後に、ファーヴニルは不要になった石材を浮かべると、断崖から捨てた。その結果、断崖と切り取られた山塊は完全につながり、台地は南側に百メートルほど突き出すことになった。そして、ファーヴニルはその新たな岬の上に降り立つと、どうだと言わんばかりにこちらを見やった。
「ブラヴォー、ブラヴォー、ブラヴォー。いや、三唱でも足りないですね。素晴らしい。あなたは建築家であり、精緻な技術者であり、何よりも芸術家なのですね」
「いや、それほどでも」と言いながら、ファーヴニルは満更でもない様子である。
「これほどの素晴らしいお仕事に到底応えられるようなものではないのですが、少し早いですが、せめて皆と一緒に食事会でもいかがでしょうか」
「皆と一緒に?」と、ドラゴンが嬉しそうな声を出してから、「うむ、では、そうさせてもらおうか」と言い直す。
「よろしいでしょうね」と、父上のほうを見やると、固まっていた。
「申し訳ありませんが、今一度、ドラゴンのお姿を解いていただけますか」
「おお、そうであったな」と言うと、ファーヴニルがドワーフの姿になる。
「自分としては、ドラゴンの姿のほうが見ておりたいのですが、いかんせん、皆さんが固まってしまうので」
「と言うより、ファーヴニル、威圧しないでよ」と、ようやく威圧から解かれたアリエルが言う。
「しかし、俺は威圧などしていないが」
「いや、ファーヴニル、あなた、魔力を垂れ流しているわよ」
「えっ、そうなのか」
「今でも垂れ流しているけど、気づいていないの」
「気づいていない」
「だったら、そこからね。このままじゃ、あなたがドラゴンになるたびに、みんな、魔力酔いを起こすわ」
「どうすればいいのだ」
「自分の魔力は感知できるでしょ」と、溜息交じりにアリエルが言う。
「自分のと言うより、魔力の泉から流れてくるのだが」
「じゃ、その流れを止めるか、細く絞ったら」
「それぐらいなら簡単だ」
「しかし、あれは威圧ではなく、魔力酔いなのですか」
「そうよ、レオン。多分、あなたは魔力がないから、魔力酔いもないでしょうけど」
「そうなんですか」
てっきり、自分が勇者だからかと思っていたが、ドラゴン・スレイヤーだということをファーヴニルの前で言い出すわけにもいかずに黙っていたのだった。
「魔力がないだと」と、ドワーフが目を光らせる。
「だから、レオンは腕輪に入れた精霊王陛下とヨアヒムの魔力を使っているの」
「ヨアヒム…」と、ファーヴニルがドラゴンになりそうな気配を見せる。
「それよりも食事ですよ」と、慌てて口を挟む。
「皆さんと一緒に食事をしましょうよ」
「食事、皆と食事」
ファーヴニルの気持ちが少し揺らいだようである。
「そうですよ、皆と楽しく食事しましょうよ」
「それに、ファーヴニルはヨアヒムに勝てないわ」
「何だと」
怒声が響き、ドラゴンの威圧がアリエルを襲う。
固まる前に、アリエルが「だって、ヨアヒムは勇者だもの」と、かろうじて叫ぶ。
「勇者、ヨアヒムが勇者、勇者だ…」
だんだんとファーヴニルの声が小さくなり、終わりのほうは聞き取れなかった。
その声が小さくなるにしたがって、威圧が小さくなったのか、「そう、レオンと一緒」と、アリエルが言った。
「何だと」と、小さくなったドラゴンが言ったが、その情報は伏せておいて欲しかった。
ファーヴニルがこちらを見る。こちらが赤ん坊のうちに殺してしまおうと考えているのではないかと思えて、家への入口に意識を集中する。
「そうよ、ヨアヒムとレオンは二人とも勇者として転生したのよ」
ドラゴンの返事はない。




