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9 オベロン

 立派な椅子が虚空から静かに降りてくる。しかし、そこに座っているのは三歳児ほどの体躯の金髪碧眼の成人男性である。もっとも、容姿端麗とはこのことかと思うほど美しい顔を持ち、身にまとう白いトーガらしきものから覗く筋肉は、隆々として見とれるほどである。

 ただ、なぜか、骨付きの腿肉(ももにく)を手に持っている。サイズ的に七面鳥かと思うが、あれは南アメリカ原産だし、この時代には到来していないであろう。したがって、鵞鳥(がちょう)辺りではないかと思うが、自信はない。ただ、その体躯の小ささに比して、あまりにも巨大なので、本当に食べられるのかと気になってしまう。

 「食事中に悪いな」と魔王が挨拶する。

 オベロンって、精霊王の名前のはずである。雑魚ならともかく、そんなものを召喚するのか。アリエルが何ということをという顔になるのも当然だと思う。

 しかし、オベロンって、アリエルと同じくシェークスピアに出てくるはずだが、シェークスピアって十七世紀はじめの人だよね。ということは近世だ。本当に時代考証が滅茶苦茶だ。

 精霊王は、「よくはないが」と言ってから、肉を置こうとして、置く場所がどこにもないのに気づいた。

 そこで、素早く跪いていたアリエルに目を留めると、呼び寄せて、手渡した。アリエルは、恭しく両手で受け取る。

 もっとも、中世初期のヨーロッパでは、ハンカチーフだとか、テーブル・ナプキンだとかを使う習慣はない。ところが、同じシェークスピアの書いた「オセロ」では、ハンカチーフが重要な役割を果たす。したがって、アリエルがハンカチーフを取り出してという図も想像したが、素手で受け取った。

 精霊王のほうも、簡単に指をこすりあわせただけである。シェークスピアの時代、手を拭うのにフィンガー・ボールを使う場合もあったが、大抵はテーブル・クロスで済ませていたので、これは想定内である。当時のテーブル・クロスは装飾品ではなく、実用品であったのである。

 シェークスピアは近世の人なので、中世と思われるこの世界でどのような動きを示すか興味があったのだが、中世のままの動きであった。もっとも、オセロがデズデモーナにわざわざ贈ったように、シェークスピアの時代でもハンカチーフは一般的な品ではなかったから、この二人の動きで時代を探るのは難しい。

 「それで、何の用だ」と、魔王に向き直った精霊王が尋ねる。

 「こいつを貰い受けたい」と、魔王がアリエルに顎をしゃくる。

 アリエルは、ひたすら存在を隠しているかのように小さくなっている。先ほどまでの元気溌剌とした姿はどこへ行ったのだと思う。

 「何故(なにゆえ)

 「この白いのと一緒に地上に降ろす」

 精霊王が、自分の顔に視線をやる。

 「この者は、死んだのが嬉しいのか」

 やはり、分かるらしい。

 「勇者になるからな」と、魔王が答える。

 少し違いますがと思う。もっとも、勇者になるのが嬉しくないとは言わない。

 「ところが、魔力がない」

 また、個人のプライヴァシーをさらけ出すと思う。もっとも、魔王や精霊王と、一介の庶民との間にプライヴァシーも何もあったものではないだろうが。

 「何故」

 「異なる世界、本人はニフォンと言っているが、そこから来たからだ」

 ニホンですが。ニッポンという言い方もあるが、「日葡辞書」にはジッポンと出てくる。ただ、本来は日の本だろう。太陽の出るところ、つまり、東という意味なので、西の中国を呉と書いて「くれ」と読ます。暮れの意である。

 「魔法のない別世界から生まれ変わったとでもいうのか」と、精霊王が聞く。

 何か話が速い。

 「神の子の巻き添えを食らった」

 「あれか」と、精霊王は思い出すようにつぶやいた。

 神の子の巻き添えって、自分が死んだ時の衝撃か。

 「であるのなら、そちの配下を…」と言いかけて、精霊王は「そうか、もう一人もいないか」と気の毒そうに続けた。

 「それに、こいつはアリエルに惚れている」

 アリエルが俯いたまま赤くなっているので、何も言わずにおく。

 精霊王は、しばらく、こちらを眺めていたが、「代価は」と、一言、言った。

 話が速い。速すぎるほどである。さすがは精霊王である。

 「こいつが何かを供えるだろう」と、魔王は素っ気なく答える。

 たしかに、魔王のためではなく、自分のためだ。しかし、供えるものって何かあるかな。

 「異世界の酒とかか」と、精霊王がこちらに顔を向ける。

 いや、ビールとか、ウイスキーとかつくれませんって。日本酒も無理だし、他に何かあったけ。焼酎も糖化が必要だし…。

 「料理でもいいぞ」

 自炊歴は長いが、王に食べてもらえるようなものが出せるとは思えない。向こうの世界の料理で簡単なものなら、いや、調味料があるかな。鳥肉があるのは分かったが、他に使える材料があるのだろうか。

 しかし、この王も、自分の考えを読み取れるのだろうか。

 「もちろんだ」と、精霊王がこちらを向いて言う。

 そりゃ、すいません。

 「それに、こいつの知識は興味深い」と、魔王が補足を入れる。

 ですから、人の頭脳を覗き見るのは…。えっ、この王も宇宙論に興味があるのだろうか。

 「学がある。それも、ヨアヒムが言うほどなのか。タイタニアにも聞いてみないとな」と、精霊王が振り向く。

 「あら、おもしろいではないですか」と、青いドレスを着た妙齢の女性が答える。


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