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ep.14ボス②

巨大な石の扉はその重厚感のある見た目とは裏腹に、一ノ瀬が少し扉を押しただけで勝手に動き出した。まるで挑戦者を歓迎しているかのようだ。


一ノ瀬は刀を抜いて部屋の中に入る。部屋に入ると扉は自動的に動きだし、大きな音を立てながら閉まった。


部屋の中にはこれまで洞窟の中にあった発光する鉱石や苔といった光属性資源が全くないが、蒼白い火が灯った燭台が等間隔で壁に設置されているので意外と明るい。


部屋の中は正八角形構造になっており、一つ一つの壁は高さ十メートル、一辺二十メートルほどの大きさがある。


部屋の中はびっしりと石畳が敷かれており、所々にヒビが入っている。とても手入れされている様には見えないのにも関わらずペンペン草の一つも生えていない。


一ノ瀬が入ってきた扉の反対側の壁にはやはり大きな扉がありあそこがこの部屋の出口となっているようだ。


部屋の中央には巨大な兎が鎮座、というには可愛らしすぎる姿でうずくまっていた。見た目から判断するにあれがイシスの言う"ピョンピョン兎"なのだろう。


巨大、というわかりやすく特徴以外は学校の飼育小屋で見る兎と何ら変わらない見た目、強いて言うなら毛の色が一ノ瀬が知る限りどの兎よりも白いくらいの特徴しかない。


これまでに戦ってきたモンスターと比べるとピョンピョン兎は圧倒的に普通の見た目をしていた。


「なんか、思ったより普通の見た目だな……意外と簡単に勝てそうじゃないか?」


一ノ瀬はピョンピョン兎を見た率直な感想を口にした。ゴーレムのような硬い体も無ければ半人半蟲モンスターにあった鋭い爪もない。そもそも草食の兎の見た目をしている時点であまり強そうに見えない。


一ノ瀬の気が緩んだのを感じたのだろうか、イシスは……


『イチノセは魔力が感じられないからそんな呑気なことを言っていられるのよ!油断してたらゴーレムの時より酷い死に方しちゃうわよ!』


と忠告した。


イシスがピョンピョン兎に対して全く警戒心を緩めていないことから、一ノ瀬も相手に対する評価を改めて気を引き締める。イシスは世間知らずだしネーミングセンスもないがダンジョン内のことに関しては間違いなく一ノ瀬より詳しい。そのイシスが油断するなというのだ、一ノ瀬には理解出来ない脅威があると考えピョンピョン兎の挙動に細心の注意を払うべきだろう。


「よし、いくぞ!」


一ノ瀬は気合を入れてピョンピョン兎に向かって走り出した。


一ノ瀬が走り出した瞬間、ピョンピョン兎の長い耳がピクリと動き、二本足で立ち上がった。


うずくまっている時点で港にあるコンテナ位のサイズだったのに立ち上がると高さが増して余計に大きく見えた。


全力でジャンプして切りかかっても顔まで刀が届かないかもしれないな、と一ノ瀬は思ったがそれならそれで、先に手足にダメージを与え立てなくしてから首を取ればいい。


未だ一ノ瀬は死なないだけの弱者だ、もとより一太刀で倒そうだなんて考えはない。一ノ瀬は刀を振りかぶってピョンピョン兎の脚に狙いを付けて切りかかる。


兎の様な見た目から素早い動きで攻撃を避けられるかもしれない、と言う一ノ瀬の予想とは裏腹にピョンピョン兎は一歩も動くことなく一ノ瀬の刀をその身に受けた。


結果的に一ノ瀬の攻撃はこれ以上ない形でピョンピョン兎の脚に命中した、しかし……


「刃が通らない!?」


一ノ瀬の斬撃はピョンピョン兎の真っ白な毛皮によって完全に受け止められた。


一見ふかふかに見えた毛は一ノ瀬の想像以上に硬く、また毛皮の下にある肉の弾力によって衝撃も吸収されてしまったため一ノ瀬はピョンピョン兎に傷一つつけることが出来なかった。


一ノ瀬はもう一太刀、ピョンピョン兎に浴びせてみようと刀を振り上げたがその隙を見逃してくれる程甘い相手ではなかった。


刀を振り上げたせいでがら空きになった胴体にピョンピョン兎の後ろ蹴りが飛んでくる。その蹴りを受けた一ノ瀬は……


「ガハッ!?」


何度か地面をバウンドしながら後方へ蹴り飛ばされその勢いは部屋の壁にぶつかったところでやっと停止した。


一ノ瀬がバウンドした所には大量の血が付いており、一ノ瀬の体は無傷な部位を探す方が難しいくらいボロボロになった。


『大丈夫!? 直ぐ治してあげるから待ってて!』


一ノ瀬が重傷を負った直後、イシスが不老不死の力で一ノ瀬の体を修復する。


ピョンピョン兎は追撃を加えるつもりもないようで相変わらず部屋の真ん中で立ったままだ。一ノ瀬などいつでも殺せるという圧倒的な余裕と自信を感じる。


「ありがとう、イシス。」


一ノ瀬は完全に回復し立ち上がるが表情は暗い。


たった一度の攻防で一ノ瀬は思い知らされてしまった、ピョンピョン兎は自分が何度死んでも勝てない相手かもしれないと。


先程一ノ瀬が繰り出した攻撃は間違いなく今の一ノ瀬が出せるベストな攻撃だった。なのにも関わらずピョンピョン兎は避けも守りもしなかった。ただただ突っ立っているだけで一ノ瀬の攻撃を無効化してしまった。


基礎的な肉体のスペックで完全に防がれてしまった以上、不老不死の力を考慮してもピョンピョン兎との戦力差は非常に厳しいものがある。


それに問題なのは硬い毛皮だけではない、あの素早く重い蹴りも相当厄介だ。


蹴り自体は回避に集中すれば避けることはできるかもしれない、だが回避に集中するということは裏返せば攻撃に割く意識を減らすということだ。


ただでさえ攻撃が通らない相手にそんなことをしてしまっては常に防戦一方となりジリ貧になるのは目に見えている。


一ノ瀬とピョンピョン兎の間には試行錯誤では埋められないだけの肉体的な差がある。最低限、かすり傷くらいは与えられる攻撃力がなければ何度挑んでも勝ち目はない。


「なぁ、イシス。念のため聞くけどこいつと戦わずに第4層まで行けるルートはないんだよな?」


一ノ瀬はダメもとで尋ねる。


『残念ながらないわ……ていうかあなた!こいつには勝てないかも……なんて思ってないでしょうね! 確かに今までで一番強い敵だけど、それでも低層のモンスターなのよ?こいつに負けてるようじゃ第100層なんて夢のまた夢よ!ほら、早くもう一回立ち向かいなさい!』


一ノ瀬が劣勢に陥るとイシスはいつも騒ぎ出す。鼓舞のつもりなのかもしれないが無責任な応援は時として人を怒らせる。


「現実問題として身体能力が違い過ぎるだろ!全力で斬っても傷一つつけられない相手にどうやって勝てって言うんだ!」


と一ノ瀬は言い返した。するとイシスも負けじと……


『簡単よ!あいつの肉体強化魔法を吸収してこっちも使えばいいじゃない!イチノセのばーか、ばーか!』


と言った。そのセリフを聞いて一ノ瀬は唖然とした。


「ちょっと待て、あの兎は魔法を使っているのか?」


『そうよ!じゃないとあんなに強いわけないでしょ!? 大体魔法を使ってるかどうかなんて見ればわか……そっか、イチノセ魔法の才能ないんだった。』


そういう大事なことはもっと早く言え、と一ノ瀬は思った。


「今度から相手が魔法を使ってたら直ぐに教えるんだぞ。俺には魔法がこれっぽっちもわからないんだから。」


『うう、ごめんなさい。』


「いいよ。それであの兎が使ってる魔法ってどんな魔法なんだ?」


『ええと、あれは単純に肉体を強化する魔法よ。あの魔法を使ってる間は筋力も頑丈さも反射神経も強化されるの!』


「なるほどな、じゃあこっちもその魔法を使えるようになれば条件は五分ってことか。」


こっちにはイヴから貰った相手の魔法を吸収して模倣する刀がある。


一時はどうあがいても勝てない、と思わされた強敵だが勝ち目が見えてきた気がした。しかし……


「たしか魔法を吸収するには相手の血を刀に吸わせるんだったよな……どうやって傷一つつけられない相手の血を吸うんだ?」


結局、同じ問題に突き当たるのであった。



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