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【コミカライズ】偽聖女として追放されました~実は本物ですが、喜んで偽物になります~

作者: 葵 すみれ

「はあ……疲れたわ」


 すっかり夜も更けた頃、ようやくコゼットは自室へと戻ってきた。

 粗末な椅子にどっかりと腰を下ろして、大きくため息をつく。

 亜麻色の髪が揺れる。その隙間からのぞく茶色の瞳には疲労の色が浮かんでいた。


「ああ、今日は本当に疲れた……」


 今日は朝からずっと働きづめだった。

 筆頭聖女であるコゼットは、本来ならば雑務などしなくていい立場だ。

 しかし、貴族出身が多い聖女たちの中にあって、コゼットは平民の出だった。

 そのため他の聖女たちからは下に見られがちで、何かと雑用を押し付けられることが多かったのだ。


「……どこか遠くへ行ってしまえたらいいのに」


 思わずそんな弱音が口からこぼれてしまう。

 しかし、それは無理なことだとコゼット自身わかっていた。

 聖女として国を守らなければならない。それが自分の使命なのだから。


「でも、せめてお休みが欲しいわね……」


 そう呟いてみたところで、休暇が与えられるはずもない。

 むしろ休むことで、周囲から非難される可能性だってあるだろう。


「もう寝ましょうか」


 ベッドに向かおうとしたとき、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 こんな時間に一体誰だろうか。首を傾げながらコゼットがドアを開けると、そこには一人の青年の姿があった。


「こんばんは、コゼットさま」


「あら、リアムさま? どうしたんですか?」


 そこにいたのは、聖女を守る聖騎士の一人であるリアムだった。

 年齢は二十に届くかどうかといったところで、焦げ茶色の髪に青い瞳をした爽やかな風貌をしている。

 彼はコゼットより少しだけ年上だったが、その態度には年齢以上の落ち着きがあるように感じられた。


「いえ、少し様子を見に来たんですよ。ちゃんと休んでいるのかと思って。はい、これ差し入れです」


「まあ、ありがとうございます!」


 差し出された紙袋を受け取ると、中にはクッキーが入っていた。

 それを見ただけで、コゼットのお腹がぐぅっと鳴ってしまう。


「ふふっ、やっぱり空いているみたいですね」


「う……すみません」


 恥ずかしさのあまり顔を赤くしながら、コゼットは俯く。

 すると、リアムはその様子に小さく笑みを浮かべたあと、すぐに真面目な表情へと戻った。


「最近忙しいようですね。大丈夫ですか?」


「ええ、平気です。いつものことなので……。ご心配をおかけして申し訳ありません」


「気にしないでください。俺はただ、コゼットさまの力になりたいと思っているだけなんで」


 そう言って微笑むリアムを見て、コゼットは頬が熱くなってしまう。

 リアムはいつも優しくて、コゼットのことをよく見てくれている。そしてさりげなく支えてくれるのだ。

 そんな彼に対して、いつの間にかコゼットの中で特別な感情が生まれていた。

 しかし、それは決して許されない想いだ。


「その……最近、フレデリク殿下とはいかがですか?」


「いえ……相変わらずです。特に変わりはありません」


 コゼットはぎこちなく答える。

 優れた魔力を持つ筆頭聖女であるコゼットは、平民ながらフレデリク王子の婚約者に選ばれたのだ。

 だが、実際には一度顔を合わせただけで、手紙すらやり取りがなかった。

 理由は簡単で、フレデリクは平民であるコゼットのことが気に入らないからだそうだ。

 王侯貴族の特権意識は年々強くなっており、平民出身の聖女や聖騎士たちは肩身の狭い思いをしている。


「そろそろ結婚の話が出る頃合いですよね。準備は進んでるんですか?」


「ええ、まあ一応は……」


 コゼットは曖昧な笑みを浮かべた。

 確かに結婚の準備自体は進んでいるのだが、当の本人であるコゼットはまったく乗り気ではなかった。

 互いに望んでいない政略結婚なのだから当然といえば当然だろう。


「あの……もしよかったら、気晴らしに街に出ませんか? 護衛します」


「えっ!?」


 突然の誘いに驚いてしまう。まさか彼から誘ってもらえるなんて思っていなかったのだ。


「ほら、前に言っていたでしょう? 街を歩いてみたいと」


「それはそうですけれど……でも」


 コゼットは力なく首を横に振った。

 聖女であるコゼットは、よほどのことがなければ神殿から出ることはできない。

 貴族出身の聖女は外出を許されているが、平民出身でしかも雑務に追われるコゼットでは難しかった。


「……コゼットさまは立派な聖女として誰よりも頑張っています」


「リアムさま……」


「だからこそ、たまには息抜きくらい許されるはずです。まともに外にも出かけられないなんて……そんなことがあっていいはずがない」


 真剣な表情で語るリアムの言葉に、コゼットの心は大きく揺れ動く。

 しかし、同時に心の奥底でもう一人の自分が囁きかけるのだ。


 ──孤児だったお前がこうして生きていられるのは、聖女として選ばれたからではないか。お前を拾い、必要としてくれている国のために尽くせ。


 それは、幼い頃から何度も繰り返し言い聞かせられてきた言葉だ。

 今さら忘れることなどできるはずもない。


「……ありがとうございます。でも私は大丈夫です。それに今は本当に忙しくて、とても外へ出歩く余裕はないのです」


 だから、コゼットは首を縦に振ることができなかった。

 その答えを聞いたリアムは、残念そうな顔をしたあと小さくため息をつく。


「そうですか……」


 悲しそうに微笑むリアムを見つめながら、コゼットは胸が痛んだ。

 せっかく彼が気を利かせてくれたというのに、自分はそれを無下にしてしまった。


「すみません。せっかくお声をかけてくださったのに」


「いえ、こちらこそ無理を言ってすみませんでした。それじゃあお休みなさい」


「お休みなさいませ……」


 去っていく彼の背中を見ながら、コゼットは後悔していた。

 もしかしたら、頑張れば外出は可能だったかもしれない。

 だが、彼と一緒に出掛けてしまえば、よりいっそう想いが深くなってしまうのは明白だ。

 聖女として、王子の婚約者として、許されることではない。

 やはり、断って正解だったのだろう。


「リアムさま……私は……」


 コゼットの小さな呟きは、夜の闇へと消えていった。



*



 それからしばらく経ったある日のこと。

 コゼットはフレデリク王子から呼び出された。

 部屋に入ると、そこにはフレデリクともう一人、美しい女性が立っていた。

 艶やかな金色の髪と青い瞳をしたその女性には見覚えがある。聖女の一人であるジャクリーヌだ。

 彼女は魔力こそ大したことがないものの、高位貴族出身ということで神殿内では一目置かれている存在だった。


「お待たせいたしました。コゼットでございます」


「ふん……ようやく来たか」


 不機嫌さを隠そうともせず、フレデリクは鼻を鳴らす。


「お前を呼んだのは他でもない。これまでよくも我らをたばかってきたな、偽聖女め! お前など婚約破棄だ!」


「……は?」


 いきなりのことに頭がついていかない。

 何を言い出したのか理解できず、コゼットは呆然と立ち尽くしてしまう。


「何を呆けている。もうとっくに調べはついているのだぞ」


「そ、それはどういうことでしょう? 私には全く身に覚えがございませんが……」


 戸惑いながらも反論すると、フレデリクは眉根を寄せて睨んできた。


「しらを切るつもりか。お前が本来の筆頭聖女となるべきジャクリーヌの魔力を奪い、代わりに自分のものとしたことはわかっている!」


「はあ……?」


 思わず間抜けな声が漏れた。

 コゼットに魔力を奪う能力などない。いったい何を言っているのだろうか。


「とぼけるな!!」


「きゃあっ!」


 怒鳴りつけられ、コゼットは小さく悲鳴を上げた。


「この期に及んでまだ言い逃れようとするとは……愚かにもほどがある。だが、私は寛大だ。お前がおとなしく魔力をジャクリーヌに返すのであれば、王都から追放するだけで命は助けてやろう」


「……」


 コゼットは無言のまま、ちらりと横目で隣に立つジャクリーヌを見る。

 彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「あなたのような下賤な平民が筆頭聖女になるなんて間違っているのよ。私のように高貴な生まれの者がなるべきだわ。さっさと魔力を渡しなさい」


 そういうことかと、コゼットは納得する。

 コゼットは他者に魔力を譲渡する能力があるのだ。一部の者にしか知られていないはずだが、それをフレデリクはかぎつけたらしい。

 本当にコゼットがジャクリーヌの魔力を奪ったと思っているわけではなく、彼女に魔力を譲渡させることが目的なのだろう。

 そうして、美しく身分の高いジャクリーヌを筆頭聖女にして、彼女を婚約者にしようという魂胆に違いない。


 何とも浅ましい話だ。

 しかし、コゼットはしばし呆然とした後、胸にふつふつとわき起こってくる何かを感じた。

 それは、歓喜だ。


「ええと……つまり、ジャクリーヌさまに魔力を渡して、私は聖女を辞めろということでしょうか?」


 それでも、一応確認しておく。

 コゼットを必要ないと捨ててくれるのか。

 聖女として縛り付けられてきた鎖をそちらから断ち切ってくれるのか。

 もしそうなら――願ったり叶ったりだ。


「ああ、そうだ。従わねば、力づくで……」


「まあ! 知らぬこととはいえ、ジャクリーヌさまには申し訳ないことをいたしました! どうかお許しくださいませ!」


 フレデリクの言葉を遮るように、コゼットはわざとらしく謝罪の言葉を口にしながら、頭を下げてみせる。


「知らず知らずのうちにジャクリーヌさまの魔力を奪ってしまったようです。すぐにお返しいたしますわ。そして私は二度とお二人の前に姿を現さないよう、神殿を去ることにいたします」


「あ、ああ……」


 あまりに素直にコゼットが受け入れたので、フレデリクは戸惑ってしまったようだ。

 そんな彼に構わず、コゼットは笑顔で続ける。


「私が自分の意思でジャクリーヌさまに魔力をお渡しすれば、全ての力をお譲りすることができます。ですから、今ここで魔力の受け渡しを行いたいのですが、よろしいですか?」


「あ、ああ……もちろんだ」


「ありがとうございます。それと、私が聖女を辞めて立ち去るための準備金が必要なのですが、少しだけ頂戴してもよろしいでしょうか」


「そ、それは構わないが……お前はそれでいいのか? 私の婚約者の地位をあっさり捨てることになるのだぞ」


「ええ、私には過ぎた地位ですもの」


 コゼットはにっこりと微笑む。

 そんなものに魅力など感じたことは、一度たりともない。


「では、まずは準備金をいただけますか? そうしたら、すぐに魔力の譲渡を行わせていただきますね」


「わかった。おい、持ってこい」


 フレデリクが指示を出すと、従者の一人が金貨の入った袋を持ってくる。

 コゼットはそれを受け取り、中身を確認した。色々と問題のあるフレデリクだが、ケチではなかったらしい。思ったよりも多くの金額が入っている。


「はい、確かに受け取りました」


「う、うむ……」


 まさかこんなに簡単にいくとは思っていなかったのだろう。

 フレデリクは困惑した様子だった。


「それでは早速始めさせていただきますね」


 コゼットは右手を伸ばし、ジャクリーヌの手を取った。


「では、いきますよ」


「は、はい……」


 緊張した面持ちのジャクリーヌだったが、やがて彼女の体から淡い光が放たれ始める。

 その光は徐々に大きくなり、部屋全体を包み込んだ。


「なっ!?」


 突然の出来事にフレデリクが驚愕の声を上げる。

 コゼットは気にせず、目を閉じて意識を集中させた。

 すると、体内にあった何かがゆっくりと抜け出していく感覚を覚える。


「……さあ、どうですか?」


 コゼットは目を開き、ジャクリーヌを見つめた。


「え、ええ……すごい……力が溢れてくるみたい……!」


 ジャクリーヌは自分の両手を見ながら、興奮したように呟く。

 その顔は喜びで輝いていた。


「これで私が筆頭聖女よ!」


「おお、やはりジャクリーヌが本物の聖女だ!」


 歓喜する二人をよそに、コゼットは一人静かに息をつく。


「これで全て終わりました。私は聖女を辞めてただの平民になり、あなた方の前から姿を消します。それでは、どうぞお元気で」


 コゼットは深々と一礼すると、足早にその場を去った。



*



 翌日、コゼットは神殿を後にした。

 元々荷物は少なかったので、身一つで街へと降りる。

 広場までたどり着くと、コゼットは噴水の縁に腰かけた。


「さて、これからどうしようかしら?」


 行くあてなどなかった。

 コゼットには帰る場所がない。家族も友人もいないからだ。


 偽聖女の汚名は着せられたが、自ら罪を認めて償おうとしたからと、神殿側はコゼットを咎めることはなかった。

 王都から追放にはなったが、自分の足で出ていくことを許されている。

 フレデリクから受け取った金貨もあるので、しばらくは生活できるだろう。

 聖女としての務めからは解放された。ならば、次は自由気ままに生きるのも悪くない。

 コゼットは立ち上がり、歩き出す。


「でも……心残りがあるとすれば……」


 ふっと脳裏に浮かんだのは、リアムの顔だった。


「もう会えないのよね……」


 彼は聖騎士だ。聖女ではなくなったコゼットに会う資格はない。

 もう彼の隣に立つことはないだろう。

 そう思うと、寂しさが込み上げてくる。


「最後に一度だけでも会いたかったなぁ……」


 思わず涙が零れそうになったその時、背後から声が聞こえた。


「コゼットさま!」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには予想どおりの人物がいた。


「リ、リアムさま……?」


「よかった、間に合って……!」


 息を切らせて駆け寄ってきたのは、紛れもなくリアムだ。

 どうして彼がここにいるのだろうか。

 驚きに目を見開いているコゼットの前で、リアムは膝をつく。


「コゼットさま、お願いです。俺と結婚してください!」


「……へ?」


 突然のプロポーズに、コゼットは間の抜けた声を上げた。

 ここは街の大通りに面した広場の一角である。

 当然ながら周囲には人が大勢おり、何事かと足を止めてこちらを見ていた。


「ど、どういうことですか……?」


 困惑するコゼットに、リアムは真剣な眼差しを向ける。


「俺はコゼットさまのことがずっと好きでした。けれど、あなたは筆頭聖女で、王子殿下の婚約者でもあり……自分の気持ちを押し殺していました」


「そ、それは……」


「だけど、昨日のことを聞いて……あなたが婚約破棄されて、筆頭聖女の座からも追われることになったと知って、居ても立っても居られなくなってしまいました」


「え……?」


 コゼットは戸惑いながら瞬きを繰り返す。


「……私はもう聖女ではありません。今は身分もないただの平民です。あなたのような聖騎士さまと釣り合うはずがありません……」


「問題ありません! たった今、聖騎士は辞めてきました!」


「ええっ!?」


 コゼットはさらに驚く羽目になった。

 聖騎士とは名誉ある職であり、狭き門だ。そう簡単に投げ捨てる者がいるなど、信じられない。


「俺は聖女であろうとなかろうと、コゼットさまが好きです。だから、どうか結婚してください」


「で、ですが……」


「もし他に好きな人がいるなら諦めます。けど、そうでないのであれば、どうか俺を選んでくれませんか? 俺をあなただけの騎士にしてください」


 真っ直ぐに見つめられて、コゼットは胸が高鳴るのを感じた。


「わ、私は……」


 頬が熱くなり、心臓がドキドキとうずく。

 リアムのことを思い浮かべてはいたが、まさか求婚されるとは思ってもいなかった。


「……私でいいんですか? 本当に……」


「もちろんです! コゼットさまでなければ駄目です!」


「あ……」


 力強く肯定され、コゼットは嬉しくなる。


「嬉しい……。私もあなたのことが好き……」


 気がつけば、コゼットは涙を流していた。


「私もずっと前から、あなたを愛しています」


「コゼットさま……!」


 感極まった様子で、リアムはコゼットを抱きしめる。

 そんな彼を、コゼットはそっと抱き返した。


「一生、あなただけの騎士として、あなたをお守りします……!」


「ありがとうございます……とても幸せです」


 往来の人々から歓声が上がる。中には拍手を送る者もいた。

 だが、二人はそんなことは気にならなかった。

 ただお互いの存在を感じ合い、幸せな気分に浸っていたのだ。



*



「まあ、あの大きな池は何かしら!」


「あれは海だよ。ほら、波が立っているだろう?」


「本当ね。初めて見たわ……」


 コゼットは初めて見る景色に夢中になっていた。

 ずっと神殿から出ることがなかったコゼットにとっては、全てが新鮮だったのだ。


「綺麗ね……」


 コゼットはうっとりと呟く。


「ああ、そうだね」


 そんなコゼットを愛しげに眺めているのは、彼女の夫となったリアムである。

 彼はとても優しい笑みを浮かべている。


「ねえ、リアム。さっきの魔物との戦いで怪我していない? 大丈夫?」


「心配してくれてありがとう。でも、君の加護があるのに怪我などするはずがないよ。何せ君は本物の聖女なんだから」


「ふふ、それもそうね」


 コゼットはくすりと笑う。

 二人で旅をしながら、色々な場所を見て回った。

 時には危険な目に遭うこともあったけれど、その度にリアムが守ってくれた。

 彼は誓いのとおり、どんな時でもコゼットを守ってくれたのだ。

 コゼットもまた聖女の力を使って人々を助け、旅の聖女と呼ばれている。


「あの国を出て、もう二年になるのね……」


 コゼットは懐かしむように目を細める。


「そうだね……早いものだ。そういえば、とある国で革命が起こったらしい。王族や貴族が次々と処刑されているとか……」


「そうなの?」


 首を傾げ、コゼットはリアムを見つめる。

 彼の言っているのは、おそらく二人が去った国のことだろう。


「ああ。なんでも筆頭聖女にその力がない貴族令嬢を選び、結界が崩壊しかけたのがきっかけだったとか」


「え……それって、結界はどうなったの? 民たちは無事なのかしら?」


「幸いにして、どうにか結界は守られたらしいよ。ただ、それも平民出身の聖女たちの活躍によるものが大きかったそうだ。それで、これまでの貴族たちの圧政による不満が噴出して、とうとう民衆の我慢の限界を超えたんだろう」


「まあ……」


 実はコゼットの魔力譲渡は、永続的なものではなかった。

 本来の器の上限を超えて魔力を注ぐことがきるが、一度消費してしまえば、本来の器までしか回復しない。

 つまり、ジャクリーヌは一時的に筆頭聖女にふさわしい魔力を得たものの、すぐに枯渇してしまったのである。

 一方、コゼットは一度大量に魔力を消耗したものの、やがて回復していった。

 通常の魔力回復より時間はかかったが、今ではすっかり元どおりになっている。


「……私が国を出なければ、こんなことにはならなかったのかしら?」


「いや、遅かれ早かれこうなっていただろう。王族や貴族の驕りが原因だ。君は何も悪くない。そもそも、君は蔑まれながらも聖女としての務めを立派に果たしていた。なのに、君を捨てて追放したのはあの国だ。気に病む必要はないんだよ」


 リアムは優しく諭す。


「……そうよね。もう過ぎたことだもの。今さらだわ」


 軽く首を左右に振ると、コゼットはゆっくりと息を吐いた。


「それにね……実は、王子から婚約破棄されたとき、嬉しかったの。これでリアムと結ばれることができるんじゃないかって期待したから。喜んで偽聖女になったわ」


「コゼット……」


「でも、すぐに聖女じゃなくなった私なんて、相手にされないと思ったの。だって、聖女でなかったら、私はただの平民だもの。だから、リアムが追いかけてきてくれたとき、すごく驚いたわ」


 そのときのことを思い出しながら、コゼットは微笑む。


「あなたはいつも私の予想を超えていくのよね。まさか聖騎士を辞めてまで追いかけてきてくれるとは思わなかったわ」


「それは俺も同じさ。まさか聖騎士の座を捨ててまで君を追いかけることになるとは、想像もしていなかったよ」


 そう言って、リアムは顔をほころばせる。


「でも、あのとき即座に追いかけた自分を褒めてやりたいよ。そのおかげで、ずっと見ていることしかできなかった君と結婚できた。俺は幸せ者だよ」


「私も……あなたに出会えてよかった」


 コゼットはそっと手を伸ばし、リアムの手に触れる。


「……ねえ、リアム。これからもずっと一緒にいてね?」


「もちろんだとも」


 リアムは優しく笑って、コゼットの手を握り返した。


「愛しているよ、コゼット」


「私も……あなたを愛してるわ、リアム」


 二人の唇がゆっくりと近づいていく。

 やがて重なる二つの影を、柔らかな風が撫でていった。

2024/5/22よりコミカライズ単話版が配信予定です。

コミカライズ版タイトルは『追放された本物の筆頭聖女ですが、喜んで偽物になります。』となります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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