9.看破
ペルテ共和国軍司令官のモーリスはガルズとルイを呼び出し、今後の方策について話し合った。
「まさか破城槌を燃やされるとはな……。フックをかけてひっくり返すなんて、聞いたことのない戦術だ。人狼族の兵士たちも驚いただろう」
「驚いて何もできなかったようだ。敵には頭の切れる指揮官がいるのかもしれぬな」
ガルズの指摘に、モーリスは苦い顔でうなずく。
「レイシールズ城の騎士はすべて殺したはずだったのだが」
「騎士ではないな。騎士ではこんな戦術は思いつかぬ」
「では、誰が指揮を執っていると?」
「10年ほど前、サーペンス王国も士官学校を創設したのは知っているだろう? 貴殿と同じように士官学校で学んだ将校が、レイシールズ城にいるのかもしれぬ」
「そんな奴がいるとは、内通者からの情報にはなかったが」
「その将校が配属されたばかりだとすれば、内通者も知らなかったのだろう」
「なるほど、あり得るな。その将校が切れ者なら、すでに内通者も始末されているかもしれん」
モーリスとガルズが深刻な顔で話し合っていると、
「ふん、おまえら口ほどにもねえな。女の兵士しかいない城にてこずってんのか?」
こんな無礼な口を利く人間は、魔法使いのルイしかいない。彼は軍に所属しているわけではないので、将軍たちと上下関係はないのである。
「だまれ! だったらおまえが、自慢の火の魔法で城壁を焼き尽くしてみろ!」
ガルズが大きな牙をむき出して怒鳴りつけた。
「ふん、壁なんか燃やしてもおもしろくねえ。生きてる人間なら喜んで焼くがな」
「じゃあ城壁の上にいる敵兵を焼いてこい! 遠距離攻撃の魔法も使えたはずだろう!」
「『火投槍』のことか? その魔法の射程よりも、敵のクロスボウの射程のほうが長いから無理だ。有効射程まで近づけば、オレ様に矢が当たっちまう」
「自分の身は危険にさらしたくないか」
ガルズは侮蔑の表情を浮かべた。「ふん、腰抜けが」
「腰抜けだと! オレ様を腰抜けと言うのか狼野郎! だったらその身でオレ様の魔法を味わってみるか?」
「やる気か? 俺の爪で引き裂かれる前に詠唱を終えられると思うなら、やってみろ!」
ルイとガルズは一触即発の状態でにらみ合った。
「やめんか! くだらんことで味方同士が争っている場合か!」
モーリスが叱りつけると、2人は渋々といった様子で矛を収めた。
(まったく……ルイは実力はあっても性格が最悪だ。しかも攻城戦では役に立たん)
魔法使いに文句を言いたい気持ちを抑え、モーリスは宣言した。
「私はもう敵をあなどることはしない。じっくりと腰を据えてレイシールズ城を落とすつもりだ」
「城を落とす算段があるのか?」
「まあな」
モーリスはニヤリと笑みを浮かべた。
「向こうは我々がドワーフを連れて来ていることは知らんはずだ。どんな堅城もドワーフ族の技術力の前では、砂の城も同然だということを奴らに教えてやろう」
―――
スネイカーは自室にソニアとジェイドを呼び出した。
彼女たちはテーブルを前に並んで座り、スネイカーはその向かいに座った。従者のアダーはスネイカーの斜め後方で控えている。
「敵の破城槌を燃やした戦術は見事でしたね」
まずソニアがスネイカーを称えた。「兵士たちが喜んでました。自分たちの指揮官は王国で一番の戦術家だって」
(どうも過大な期待をされてるな。そこまで大層な戦術じゃないんだけど……)
「あれは実行した君の手柄だ。失敗が許されない状況で、よくやってくれた」
「光栄です」
ソニアは得意そうに答えた。「それでスネイカー殿、お話というのはなんでしょうか?」
スネイカーはアダーの入れてくれた紅茶を一口飲んでから、テーブルの上に置いてある書類の山を示した。
「それはレイシールズ城についての資料だ。家令に頼んで持ってきてもらった」
「何かおもしろいことが書いてありましたか?」
「ああ、俺はこの資料を読みながら、自分ならどうやってこの城を攻めるかと考えた。そうすれば共和国軍のねらいがわかるかと思ってな」
「なるほど、共和国軍もそれと同じ資料を持っているかもしれませんからね」
「さすがジェイド、鋭いな。その通りだ。家令によれば、この資料の写しがなくなっているらしい」
「ニーナが資料の写しを持ち出し、共和国軍に渡したってことですか」
ソニアもすぐに察した。ニーナというのは、先日スネイカーが処刑した内通者である。
「おそらくな。だから敵の司令官も同じ資料を読み、この城を落とす方法を考えているはずだ。破城槌は失敗したが、すぐに次の手を打ってくるだろう」
「それで敵の司令官の考えていることが、わかったのですか?」
「推測はできる。ペルテ共和国軍の司令官になれるのは、基本的には士官学校を卒業した者だけだ。士官学校で学んだ者というのは、教科書通りの戦い方をすることが多い。
これまでの共和国軍の戦い方が、まさにそうだった。まず城内の戦力を外に誘い出して壊滅させる。そして残った城兵に降伏の勧告をする。降伏を拒否された後は、粗朶を投げ入れて空堀を埋め、破城槌で城門を破壊する。
実に真っ当な戦い方だ。敵の司令官が教科書通りのやり方を好む人間であることが読み取れる」
「戦い方から、敵の司令官の性格まで読み取れるんですか」
「あくまでも推測だがな。この国の騎士たちのように力押しが好きな人間ならば、城壁にハシゴをかけて強引に登ってきただろう。だが士官学校では、ハシゴ登りは最悪の攻め方だと教わる。味方に膨大な数の死傷者を出すからだ」
「ハシゴを登っている間に、矢や石や熱湯で一方的に攻撃されますからね」
「ただし俺としては、その最悪の攻め方をもっとも怖れている。1万対300では、どうしても数で押し切られるからな。犠牲を覚悟で強引に攻めてこられたら、防ぐのは難しい。だがおそらく、敵はそんな攻め方はしてこない」
「敵の司令官が、教科書通りのやり方を好むからですか?」
「それもある。だがそれ以上に大きな理由は、共和国軍にとって重要な戦いは、さらに先まで攻め入ってからの野戦だからだ。レイシールズ城はその通過点に過ぎない。だから他に攻め手がなくなるまでは、強引な力攻めをして兵力を失うことは絶対に避けたいはずだ」
これは以前にもスネイカーが指摘したことである。
「さすがスネイカー殿、敵の考えを完全に読み切っているんですね」
ソニアとジェイドは感嘆の表情で説明を聞いている。
(いや、推測だと言ってるじゃないか)
ここまで信頼されると、かえって不安になる。
「それじゃあスネイカーさんは、この後敵がどんなやり方で攻めてくると考えているんですか?」
アダーが口をはさんできた。彼だけは今もスネイカーの情けない姿を見せられているので、完全には信用していないようだ。
そのことに、むしろホッとする。
「坑道掘りだ」
スネイカーは答えた。
坑道掘りとは、地面に穴を掘って城壁の下まで掘り進み、城壁の基部を破壊して崩壊させる戦術だ。
「レイシールズ城の周囲は岩盤が多くて本来坑道堀りは難しいんだが、この辺り、城壁の南東部分は以前に川だったところを埋め立てているので、地盤が柔らかい。ここからなら、地中を掘り進むことは充分に可能だ。敵は南東の角の城壁を崩すため、坑道戦を仕掛けてくるだろう」
テーブルの上に地図を広げて説明する。「これはある程度の戦術知識を持つ者なら思いつく戦術だ。だが思いついた本人は『こんなことを考えるのは自分だけだろう』と思ってしまう程度に、卓越した戦術だ。ならば試みずにはいられない。それが戦術家の性だ」
「うーん、そこまで読んでいるんですか」
アダーはうなった。「でも、それだけ大規模な工事だと、何か月かかるかわかりませんよ。敵はそこまで時間をかけて、この城を落とそうとするでしょうか? この後の野戦が本命なら、こんな城は無視して先へ進めばいいのに」
(やっぱりアダーは12歳とは思えないほど利発だな)
「敵の司令官はたとえ時間をかけてでも、この城を落とさずにはいられないんだ」
「なぜですか?」
「女しかいないと思って見下していた相手に、破城槌を焼かれるという恥をかかされたからだ。そうなると部下や兵士たちに対する体面を保つためにも、城を落とさねばならない」
アダーの言うように、レイシールズ城を無視して通り過ぎるのが、もっとも合理的な判断であろう。
しかし人間は理性よりも感情を優先する生き物である。そのことをスネイカーはよく知っていた。
「それに敵の司令官には、さほど時間をかけずに坑道掘りを終える目算があるんだ」
「どういうことですか?」
「共和国軍はおそらく、ドワーフの工兵部隊を連れて来ている」
「えっ!?」
ドワーフとは、ペルテ共和国に暮らす亜人種のうちの一種族である。
身長は低いが屈強な肉体を持ち、鍛冶や工事において優れた技能を持っている。また、穴を掘って地中に住んでいるため、坑道を掘るような仕事はお手の物だ。
「確かにドワーフなら、人間よりもはるかに短期間で坑道を完成させるでしょう」
ジェイドは深刻な表情で言った。「ですが敵軍にドワーフがいると、どうしてわかるのですか?」
「破城槌を造るのが早すぎたんだ。あんなデカいものを国元から運んでくるはずがないから、造り始めたのは攻城戦が始まってからだろう。それなのに3日も経たないうちに戦場に投入してきた。そんな短期間で、しかも完璧な出来栄えの破城槌を造ることができるのは、ドワーフだけだ」
「お、おっしゃるとおりです」
「さらに言うと、どうも敵の動きがちぐはぐな気がしていた」
「どういうことでしょうか?」
「敵は使い捨ての粗朶をわざわざ動物の皮で包んでいた。ずいぶん几帳面な仕事をするものだと、俺は感心した。
にもかかわらず破城槌での攻撃時には、地上から援護射撃を行わなかった。かなり雑な攻め方だと、俺は不思議に思った。
敵の司令官は几帳面なのか雑なのか、よくわからなかった。
今ならどういうことか見当がつく。工作が几帳面だったのはドワーフが関わっていたからだ。ドワーフ族は職人気質の技術者集団だから、いい加減な仕事は絶対にしない。
それに対して司令官は俺たちをなめていたから、攻め方が雑になったんだ」
「それで敵軍にドワーフがいると、見抜いてしまったのですか」
スネイカーの洞察力に、ジェイドは驚いている。
「城攻めをするなら、ドワーフの技術力は強力な武器だ。強力な武器を持っている者は、それを使用したくなるものだ。
ドワーフの力を使えば、早く坑道を掘り終えることができる。それに気付けば、そうするだろう。今ごろ共和国軍は、掘り進めるルートを検討中じゃないかな」
「坑道戦のポイントは、守備側がそれに早く気付けるかどうかだと聞いたことがあります。通常は音や振動が大きくなってから、ようやく気付きます」
ソニアは敬意をこめた目でスネイカーを見つめた。「でも攻撃側が掘り始める前に見抜くとは、戦史にも例がないと思います」
(見抜けていれば、だけど)
ある程度自信はあるが、絶対に間違いないと言い切れるわけではない。
「敵が南東から坑道を掘り進んでくるとして、どんな対策をするんですか?」
アダーが目を輝かせてたずねた。スネイカーが敵のねらいを読み切っていることに興奮しているようだ。
「こちらも対抗して坑道を掘る」
スネイカーは答えた。「そして敵が城壁の基部に到達する前に、その行く手を阻む。あるいは相手の坑道を破壊する。中庭から掘り進めば、敵よりもはるかに短い距離で目標地点に到達するだろう」
「それなら相手がドワーフだろうと、あたしたちの方が早いでしょうね」
「ソニア、兵士たちは戦いに専念しなければならないから、掘るのは男たちに頼むつもりだ。掘り進めるルートは俺が指示する」
スネイカーは完全に敵の計略を看破していた。