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8.破城槌

 兵士たちの放った火矢が、粗朶(そだ)に突き刺さっていく。

 しかし、火がつかない。


 敵の兵士たちは勢いを落とすことなく、堀の中へ次々と粗朶を投げ入れていった。


「燃えないですね」

「そうだな」


 ソニアとスネイカーは顔を見合わせ、首をかしげた。


「粗朶のまわりは皮のようなもので覆われています。そのせいで燃えないのではないでしょうか?」


 そうジェイドに指摘され、スネイカーはようやく気づいた。


(くっ、やられた……!)


「うむ。ジェイドの言う通りだ。あれは濡らした動物の皮だ」


 内心の(あせ)りを隠し、スネイカーは余裕の態度で説明した。


「なるほど、動物の皮は不燃性なのですね」


 スネイカーが落ち着いているので、ジェイドも(あわ)てる様子はない。もっとも、彼女が慌てる姿は想像できないが。


「堀を埋めるだけの使い捨てのモノを、わざわざ動物の皮で包むとは手の込んだことをする。敵ながら見事だ」


 スネイカーは自分の判断ミスをごまかすため、敵を称えた。「こういうところで手抜きをしないことが勝利につながる。君たちも肝に銘じておけ」


「はい!!」


 女性兵士たちは声をそろえて返事をした。


(素直だな)


 彼女たちが素直なのはスネイカーを信頼しているからだろう。しかしこの後の判断を誤れば、その信頼も失われかねない。


(粗朶を運ぶ兵士を倒すべきか……? いや、大きな鉄の盾で頭上を守っているから、射殺するのは難しい。では城外へ打って出て作業を妨害するか……? 論外だな。たった300人で城外へ出るのは自殺行為だ)


 妙案は思いつかない。

 とりあえずクロスボウの攻撃はやめさせた。長期戦を想定するなら、矢を無駄にするべきではない。


「スネイカー殿、敵は何やら妙なものを出してきました」


 ソニアの指差す方向に目を向けると、敵陣の近くに木の小屋のようなものが見えた。

 大きな三角形の屋根がついた小屋で、車輪がついていて動かせるようになっている。小屋の中からは、先端を金属で覆った太い丸太が突き出ていた。


(まずいなあ)


「あれは破城槌(はじょうつい)だ。振り子のように丸太をぶつける攻城兵器だ。堀を埋めた後は、あれを使って城門を破壊するつもりなんだろう」


 スネイカーは余裕の態度を崩さずに答えた。「攻城兵器としては単純なものだが、きっちりと手をかけて造ってあるように見えるな。壊すのが惜しいくらいだ」


「なるほど、攻城兵器ですか。そのように言われるということは、あれを破壊する算段があるのですか?」

「もちろんだ」

「おお、さすがです!」


 ソニアや兵士たちは感心している。スネイカーの言葉をまったく疑っていないようだ。


「あの破城槌も動物の皮で覆われているように見えますね。火は効かないかもしれません」


 ジェイドが意見を述べた。


「そのようだな。共和国軍は手抜き工事をするつもりはないらしい」


(こちらには指揮官がいないと思って、油断してくれると期待してたんだが……)


 スネイカーとしては当てが外れた形である。


「このペースだと、あと2時間ほどで城門前の堀が埋まりそうです」


 敵の作業の様子から、ソニアが推測を述べた。


「そうだな」


 スネイカーも同意した。「こうなったら、堀は埋めさせてやろう。後で破城槌を破壊した方が早い」


「なるほど、破城槌が城門の近くまで来るのを待ってから、破壊するわけですか」

「そうだ。それまでの間、こちらからの攻撃は控える。君たちはここで敵の様子を観察していてくれ。俺はしばらく部屋で休んでいるから、何かあればすぐに知らせろ」


「はい、ここは任せてください」


 ソニアは力強く請け合った。「おう、おまえら、あのフンコロガシどもが汗水たらして働く様子を、高みの見物といこうぜ」


 兵士長の不敵な言葉に、兵士たちは少女のように無邪気な笑い声を上げた。




「はあ……困ったなあ……」


 自室に戻って扉を閉めたとたん、スネイカーは弱音を吐いた。


「あのう、何があったんですか?」


 従者のアダー少年が心配そうにたずねてきたので、スネイカーは事情を説明した。


「大変じゃないですか! 城門を破壊されたら終わりですよ」

「うん。兵士たちに悲愴感がまったくないのが救いではあるんだけど」

「それはスネイカーさんを信頼しているからでしょう。例によって兵士たちの前では、ずっと強気な態度で振舞っていたんですよね?」

「指揮官として、兵士たちを不安にさせるわけにはいかないからね」

「この部屋には兵士がいないから、好きなだけ弱音を吐けるってわけですか」


 アダーはジトッとした目で見つめてきた。


「い、いや、君も男だからわかるだろ? 男は女の子の前では格好をつけてしまうものなんだ」

「それなら大人は、子どもの前では格好をつけるものではないでしょうか?」

「ハア」

「ハアじゃありませんよ。なんで僕だけがスネイカーさんの泣き言を聞かされなきゃならないんですか」


 アダーは文句を言いながら、スネイカーの手を引いてベッドの上に座らせた。


「とりあえず、頭と体を休めましょう。まずは靴を脱いでください。サーコートと鎖帷子(くさりかたびら)も脱ぐんです」

「え? いや、どうせすぐに戻らなきゃならないから」

「たとえわずかな時間であっても、休むときはしっかりと休んでください。そんな重いものを着ていたら、疲れが取れませんよ」


 アダーは甲斐甲斐しくスネイカーの靴を脱がせ始めた。


(やっぱり彼は母さんを思い出すなあ)


 スネイカーはアダーに言われるままに軍装を脱ぎ、ベッドの上に体を投げ出した。


(ああ……気持ちがいい。確かに休む時はしっかり休むべきだな)


 しばらく、ゆったりとベッドに寝転がっていると、


「さあ、これを飲んでください」


 アダーがグラスを差し出してきた。透き通った紅い液体が入っている。


「これは……ワインか?」

「はい。倉庫にあったワイン樽からビンに移し替えて、この部屋に持ってきておいたんです。サー・レックスは、かなり上等のワインをそろえていたようですね。今はスネイカーさん以外に飲む人はいないでしょうから、好きなだけ飲んでください」

「でも、今は戦闘の最中だし」

「お酒は適量なら、心も体も強くなるとお母さんが言ってました」


 スネイカーは体を起こしてグラスを受け取り、まず匂いをかいだ。心が浮き立つようなフルーティーな香りが鼻腔をくすぐる。

 それからグラスをゆっくりと傾け、舌を湿らせた。


「なるほど、確かに上等の赤ワインだ」


 ほどよい渋味と酸味があり、後口は甘い。熟成したブドウの香りが鼻に抜けていくのが心地よい。

 スネイカーは久しぶりのワインをじっくりと楽しんだ。


(これも将校の特権だな)


 女性兵士たちは安いエールを飲むことしか許されていない。しかも水のように薄い代物(しろもの)だ。

 それに比べてスネイカーは恵まれた身分である。だからこそ重い責任を果たさねばならない。


「あのう、あまり飲み過ぎないでくださいね」


「大丈夫だ」


 アルコールのおかげか、スネイカーの胸に勇気がわいてきた。「破城槌を壊す算段があると言ったのは嘘じゃない。あの形状を見た時、すぐに対策は思いついた」


 スネイカーは考えていることをアダーに話した。


「ずいぶん単純な対策なんですね」

「その通り、単純であることが重要なんだ。複雑になるほど、どこかで失敗する可能性が高まる」

「なるほど、さすがスネイカーさんですね」

「もちろん、絶対に成功するという確証はないが」

「それはそうですよ。人間のやることに絶対はありません」

「でも、今なら何をやってもうまくいきそうな気がするな」

「それはお酒のせいで、気が強くなってるだけじゃ……」

「いや、まだ適量には全然足りない。もっと()いでくれ」


 スネイカーがグラスを差し出すと、アダーはやや不安そうな顔をしながらも、たっぷりと注いでくれた。




 休憩を終えたスネイカーは、城壁の上に戻っていた。

 すでに城門前の堀は埋められている。


 人狼族の兵士たちが破城槌を押して、坂を上ってくるのが見えた。

 その後ろには人間の兵士たちが続いている。城門を破壊した後、城内に突入するつもりだろう。


「なるほど。人狼のパワーはたいしたものですね。傾斜があるのに、軽々と破城槌を運んでいます」


 近付いてくる敵を見て、ジェイドが感心したように言った。


「そうだな。だが共和国軍は、やはり俺たちのことをなめているようだ」

「どういうことでしょうか?」

「地上から援護射撃をしようとしていない」


 守備側の抵抗を妨害するため、破城槌を使っている間、攻撃側は城壁の上に向けて矢を放つのが普通だ。


「こっちには女しかいないと思って、甘く見てるってことですか」


 ソニアはフンと鼻を鳴らした。「だったら好都合だ。奴らの目を覚まさせてやりましょう」


 ソニアの手には、金属製のフックがついたロープが握られていた。


「まだだぞソニア。破城槌が真下に来るまで待て」

「はい、わかってます」


 それからしばらく待ち、破城槌が城門に隣接したところで、スネイカーは指示を出した。


「今だ、フックを下ろせ。慎重にな」

「任せてください」


 ソニアは城壁の上からフック付きのロープを垂らした。そして素早くフックを揺らし、破城槌の屋根の妻側の横木にしっかりと引っかけた。


「よっしゃ! うまくいったぜ!」


 ソニアは男らしい雄叫びをあげた。


「よくやった!」

「へへっ、当然です!」


(ソニアはこういうことをやらせると、見事にやってのけるタイプだな。親子そろって頼もしいことだ)


「よし、みんなでロープを引っ張れ!」

「はい!!」


 城壁の上には城で働く男たちを呼んであった。彼らは非戦闘員だが、力仕事では頼りになる。


 男たちはスネイカーの指示に従い、タイミングを合わせてロープを引っ張った。

 フックをかけられた部分があっという間に浮き上がり、破城槌は大きく傾いた。人狼たちの唖然(あぜん)とした顔が見える。


 やがて破城槌はガシャンという激しい音と共にひっくり返った。


「今だ、火矢を放て!」

「はい!!」


 待ち構えていた女性兵士たちは、裏返しになった破城槌に向けて次々と火矢を放っていった。


 さすがに裏側まで防火処理はされていない。

 破城槌は大きな炎に包まれ、燃え上がった。


 続けて人狼たちにも矢を射かけると、彼らは()()うの(てい)で逃げていった。

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