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7.ヘビの神とドラゴンの神

 魔法使いは脅威ではないというスネイカーの言葉に、ソニアは意外そうな顔をしている。


「ですがスネイカー殿、その魔法使いに1500人が焼き殺されたんですよ?」

「確かに野戦ならば火の魔法は強力だろう。だがこの城は城壁で守られている。石の城壁は火で燃えることはないから、俺たちは安全だ」


(……とも言い切れないんだよなあ)


 石垣が長時間強い火にさらされれば、結合材料のモルタルが溶解して崩壊することはあり得る。

 しかし兵士の前で不安をあおる必要はない。


「なるほど、確かに城壁は火には強いでしょう。でもその魔法使いがどんな魔法を使えるのか、あたしたちは知りません。水の魔法で洪水を起こして城を水没させたり、土の魔法で地盤をゆるめて城壁を倒壊させたり、なんてことも――」


「それはない」


 スネイカーは断言した。「ソニア、ジェイド、君たちは魔法についてどの程度知っている?」


「ほとんど知りません」

「私もです」


「そうだろう。魔法についての情報は一般には出回っていないからな」

「スネイカー殿は、魔法について詳しいんですか?」

「そうだ」

「おお! 士官学校では魔法についての授業も行われていたんですか?」


「いや、そうじゃない。魔法使いとの戦闘は教師たちも想定していなかった。

 だが自ら学ぼうとする意欲のある学生ならば、調べることはできた。士官学校には図書館が付属しているんだが、その図書館がすごかったんだ。

 今俺たちがいる主塔(キープ)の2倍以上の広さがあり、高さは4階まである。内部はどこを見渡しても本、本、本だ。蔵書はなんと200万冊と言われている。

 そんなにたくさん本があると、どれを読めばいいかわからなくなりそうだが、すべての本に分類番号がついているから関連書をすぐに見つけることができるんだ。

 まさに『知識の城』と呼ぶにふさわしく、あの図書館を自由に利用できるというだけでも士官学校に入る価値はある。俺も軍人にならずに、あの図書館で司書として働こうかと考えたことが――」


「お、落ち着いてください」


 アダーが興奮気味のスネイカーをなだめた。「つまりスネイカーさんはその図書館で、魔法に関する本を読んだんですね?」


「あ、ああ、そうだ」


 スネイカーは我に返った。「魔法について調べてわかったのは、1()()()()()使()()()使()()()()()()()()()1()()()()ということだ。ソニア、共和国軍の使者の言葉から推測するに、敵の魔法使いは1人だけらしいな」


「はい、おそらくは。使者は『こちらには火の魔法使いがいる。君たちも焼き殺されたくなければ降伏したまえ』なんてふざけたことをぬかすから、あたしは、『そんなに火遊びが好きなら、てめえの母ちゃんのケツの穴でも(あぶ)ってやがれ!』と言い返してやりました」


(そんなひどい言葉が返ってくるとは、その使者も予想しなかっただろうな)


「敵の魔法使いが1人だけというのが事実なら、俺たちは火の魔法だけを警戒すればいい。1人の人間が使える魔法の属性は1つだけだからだ」

「その、属性ってのはなんですか?」

「魔法には火、土、風、水、(へび)の5つの属性が存在する」


「その5つの中では、蛇だけが異質な感じがしますね」


 ジェイドが当然の感想を述べた。


「その通り。他の4つの属性と蛇属性は別系統の魔法なんだ。火、土、風、水の属性の魔法は精霊魔法、蛇属性の魔法は神聖魔法と呼ばれて区別される。

 精霊魔法を使うためには、それぞれ4種の精霊と契約を、神聖魔法を使うためには蛇神(じゃしん)ムーズと契約を交わす必要があるんだ」


「蛇神ムーズと契約を!? そんなことが可能なのですか!?」

「ああ、現在では確認されていないが、過去には蛇属性の魔法使いが確かに存在した。ムーズが人間と直接契約を交わしたということだ」


 蛇神ムーズとは、サーペンス王国やペルテ共和国で信仰されているヘビの神のことだ。

 ムーズを信仰する宗教は「ヘヴィン教」と呼ばれる。


 ヘヴィン教の世界観によれば、この世界は蛇神ムーズが産み落とした卵でできている。人々はその卵の上で生活しているわけだ。


 しかしムーズと敵対するドラゴンの神、龍神ビケイロンはその卵を破壊しようとしている。

 蛇神ムーズは卵を守るため、龍神ビケイロンと戦い続けているのである。


 永遠に続くかのような二柱の神の戦いは、いつかムーズの勝利によって幕を閉じる。

 その時世界の卵は孵化(ふか)し、生まれたムーズの子によって人類は、天上の理想世界『ヘヴィン』へと導かれるのだ。


 というのが、ヘヴィン教の教理である。


「蛇属性の魔法使いは非常に珍しいんだ。第69代教蛇(きょうじゃ)のナメラ3世以来、もう200年以上現れていない」


 スネイカーの言葉に、ジェイドはうなずいた。


「至高の神たるムーズが、おいそれと人間と契約を交わすはずがありませんからね。教蛇様のような尊いお方なら納得できますが」


「それに対し火、土、風、水の魔法使いは、さほど珍しくない。それぞれ火の精霊サラマンダー、土の精霊ノーム、風の精霊シルフ、水の精霊ウンディーネと契約することで魔法を使えるようになる。問題なのは、その精霊たちは龍神ビケイロンの眷属(けんぞく)であることだ」


「眷属? この世界を滅ぼそうとしているビケイロンの子分ってことですか?」

「そうだソニア。つまり魔法使いというのは、悪の龍神ビケイロンの配下と契約を交わした者のことだ。だからこそ忌み嫌われ、魔法使いだと判明すれば死刑になる」

「そんな奴らは処刑されて当然です!」


 ソニアは怒りを抑えきれない様子だ。


「神聖魔法である蛇属性の魔法使いなら、処刑されることはありませんよね?」


 ジェイドが確認した。


「もちろんだ。それどころか聖人として崇敬される」

「蛇属性の魔法……いったいどんな魔法なんでしょうか?」

「強力なヘビを召喚するらしい。一度見てみたいものだな」


「つまり敵軍には火属性の魔法使いしかいないから、僕たちは火の魔法だけを警戒していればいいってことですね? そして城壁は火では焼け落ちないから、心配する必要はないと」


 アダーが話を戻してくれたので、スネイカーはうんうんとうなずいた。




 敵軍に動きがあったのは、その3日後だった。

 報告を受けたスネイカーは、急いで壁上歩廊まで上ってきた。


(まずいな、これは)


 眼下には、城門に向かって走ってくる敵の兵士たちの姿があった。

 頭上に盾を掲げているのは、矢や投下物による攻撃を防ぐためだろう。

 彼らは3人1組で、大きな円筒形の物体を転がして運んできていた。


「なんでしょうか、あれは?」


 円筒形の物体を見て、ジェイドは首をかしげている。


粗朶(そだ)だ」


 スネイカーは眉をひそめて答えた。


「粗朶……ですか?」

「木の枝を集めてロープで縛り、束にしたものだ。あれを投げ入れて堀を埋めるつもりだろう。土を使うよりも、はるかに短時間で埋めることが可能だ」


 レイシールズ城の周囲の堀は、水を張っていない空堀(からぼり)である。それを埋めるなら粗朶で充分なのだ。埋めた後に土で表面を固めれば、さらに安定した地面になる。


(敵にはなかなかの知恵者がいるようだ)

 

「堀を埋められるのはまずいです。奴ら、城門を破壊するつもりですよ」


 ソニアがあせったように言った。


「問題ない。木の枝なら火で燃やせるはずだ。火矢の準備をしろ」

「はい!」


 スネイカーの指示に従い、兵士たちはクロスボウの準備を始めた。

 クロスボウはバネの力をつかって矢を飛ばす機械弓で、装填(そうてん)に多少の時間はかかるが、腕力のない女性兵士でも強力な矢を放つことができる。


 彼女たちは普段から訓練はしていたようで、クロスボウの扱いには慣れていた。

 まず先端のあぶみに足を掛けて固定し、両手で弦を引っ張って矢をつがえる。それから油をしみこませた布で矢の先端を包み、着火する。


「走っている人間に当てるのは難しいから、粗朶を狙え! 的が大きいから狙いやすいはずだ!」

「はい!」


(いきなり人間を殺すのは抵抗があるだろうからな)


 普通の人間は、自分と同族である人間を殺すことは絶対に避けようとする。

 過去の戦いの記録でも、兵士がわざと狙いを外して矢を射たという例は多いのだ。殺人行為に対する兵士の抵抗感は、指揮官が考えるよりも強いのである。


 まして彼女たちは、これが初めての実戦だ。最初から人間に向かって矢を射てくれると期待するほど、スネイカーは楽天的ではない。

 堀を埋めるという敵の意図をくじくことができるなら、今はそれでよい。じきに戦闘にも慣れてくれるだろう。


 準備ができた兵士から、粗朶を狙って火矢を放っていった。


「将校殿、こ、怖いです!」


 泣き言を言っている兵士がいた。

 粗朶を狙うといっても、人間に当たることはあり得る。むしろそれを期待しているのだが、やはり殺人を忌避(きひ)する気持ちは強いようだ。

 日常生活においては極めて真っ当な感覚だが、今はそれでは困る。


(期待通りには動いてくれないか)


 兵士たちは、一人ひとりが心を持った人間である。ゲームの駒のように動かせるわけがない。


「貸せ!」


 スネイカーはためらっている女性兵士からクロスボウを奪い取り、自ら手本を示すことにした。

 後ろから命令をするだけの指揮官よりも、自ら率先(そっせん)して動く指揮官の方が信頼されることを、彼は知っていた。


 胸壁の凹部(おうぶ)に足をかけ、クロスボウを下に向けて構える。


(うう……高いな)


 調子に乗って身を乗り出してしまったが、落ちれば十分に死ぬ高さだ。

 だが兵士たちの前で(おび)えた姿を見せるわけにはいかない。

 スネイカーは不敵な面構えで矢を放った。指揮官という立場が、彼を勇敢な戦士にしたのである。矢は外れたが。


「さあ、おまえらもスネイカー殿に続け!」


 ソニアとジェイドは部下に発破をかけながら、自らも矢を放った。

 その姿を見て勇気づけられた兵士たちは、次々と後に続いた。


「将校殿、もう大丈夫です! 次は私がやります!」

「よし! 任せた!」


 スネイカーはさっきの兵士にクロスボウを返した。


 もはや怯える兵士はいなかった。指揮官が率先して手本を示した効果はあったようだ。

 彼女たちは次々と、火のついた矢を放っていった。

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