6.ペルテ共和国と亜人種
夜が明けた。
スネイカーは肌を突き刺す冷たい風に吹かれながら、城壁の上でペルテ共和国軍の陣容をながめている。
(確かに1万人はいるな……。城を攻めるには10倍の兵力が必要と言われるが、300人の城を落とすには十分すぎる数だ)
敵の軍勢はレイシールズ城の北、東、南の3方向に展開していた。
西側だけを空けてあるのは、逃げ道を残すことで守備側が決死の抵抗をするのを防ぐためだろう。もしそこから脱出しようとすれば、背後から追撃して壊滅させる。攻囲戦における定石だ。
(敵軍の司令官は常識的な軍人のようだな)
共和国軍は予想通り、まずは降伏をうながす使者を送ってきた。今ごろはソニアとジェイドが交渉に応じているはずだ。
スネイカーが交渉の場に出ないのは、この城に将校がいないと思わせるためだ。
内通者のニーナはスネイカーの存在を知らなかったので、共和国軍も当然知らない。それはこちらにとって優位な点だ。正規の指揮官がいないとなれば、敵は甘く見て攻撃もぬるくなる。
「そ、壮観ですね、将校殿」
近くにいた女性兵士が声をかけてきた。壁上歩廊には50人の兵士たちがおり、スネイカーと共に敵の軍団を見下ろしている。
「どうした、声が震えているぞ?」
「む、武者震いです」
「そうか」
強がる女性兵士を見て微笑ましい気分になった。スネイカーに比べると、恐怖心を隠すのが下手である。
「敵兵は整然と隊列を組んで、微動だにしませんね。私語を交わす兵士が1人もいません。しっかりと統制がとれているようです」
別の女性兵士が不安そうに言った。「それに比べて私たちは――」と続けたいのかもしれない。
「あれは人狼族ですね。向こうにはリザードマン族もいます」
さらに別の兵士が、敵陣にいる亜人種を指差して言った。「凶悪な顔で、体も大きい……正直、怖いです。10人がかりでも勝てそうな気がしません」
「戦う前から弱音を吐くな」
と言ってやりたいが、それでは彼女たちをおびえさせるだけだろう。
怖いのは当然だ。スネイカーだって怖いのである。兵士たちの前では虚勢を張っているだけだ。
「問題ない。人狼だろうがリザードマンだろうが、斬られれば血を流すし、痛ければ悲鳴を上げる。あいつらだって俺たちのことを怖がっているんだ」
「おお、さすがは将校殿です! まったく敵を怖れておられないのですね!」
「まあな」
スネイカーは自信に満ちあふれた口調で答えた。
―――
「レイシールズ城は降伏を拒否してきました。我々と戦うつもりのようです」
ペルテ共和国軍司令官のモーリスは、部下の報告を聞いて意外に思った。
(どういうことだ? 女の兵士だけで戦うつもりか?)
「交渉に応じたのはどんな奴だ?」
「兵士長を務めているソニアとかいう女です。やたら迫力のある大女で、こちらが降伏の提案をするやいなや、下品な言葉で怒鳴りつけてきました」
「兵士長か。死んだ騎士の代わりに、そいつが指揮官となって戦うということか」
「ケケッ、てことは戦いになるのか。おもしろくなってきたじゃねえか」
魔法使いのルイは残虐な笑みを浮かべた。「女どもを焼いたら、どんな臭いがするか楽しみだ」
(ちっ、このサディストが)
モーリスはこのルイという名の魔法使いが嫌いだった。もっとも、この男に好意を抱く人間などいないだろうが。
「モーリス将軍、レイシールズ城など無視して進軍するべきではないか? たった300人しかいないのでは、背後から襲ってくる心配もないだろう」
そう提案してきたのは、人狼族の将軍ガルズだ。「王都スネークデンへ侵攻するための足固めとするなら、住民のいる都市を占領した方がよいと思うが」
「いや、この城は本国との補給線上に位置するから、敵の手に残しておくのはまずい。300人の女兵士しかいないからこそ、今のうちに落としておくべきだと思う」
「そうか、わかった」
司令官はモーリスなので、ガルズは従わざるを得ない。
「ふん、女だけの城なんか、落とすのに1日もかからねえだろ」
「だったら、貴様の魔法で城を落としてみろ」
ガルズに言い返されると、ルイは舌打ちをして黙り込んだ。野外で1500人を焼き殺した時とは状況が違う。堅固な城壁の内部にいる相手に対しては、彼の火の魔法も届かない。
城の内部に攻め込むには、城門を破壊するか、城壁を破壊するか、城壁を越えるかしなければならない。
「城門を破壊しよう。破城槌なら3日もあれば造れる」
モーリスが提案した。「城門までは傾斜があるから、破城槌を運ぶのは骨が折れそうではあるがな」
破城槌は攻城兵器の一種で、丸太をぶつけて城門を破壊するものだ。
そのためには、破城槌を城門前まで運ばねばならない。
「モーリス将軍、その点は心配いらぬ。力仕事なら人狼族に任せてもらおう」
「頼もしいな」
「だが破城槌を城門に隣接させるには、堀を埋める必要がある」
「城門前の堀を埋めるだけなら、造作もないことだ。それは人間の兵士たちにやらせよう」
「土で堀を埋めるのは簡単なことではないぞ。大量の土を運ぶのは重労働だし、作業中に城壁の上から矢や石が雨のように降ってくるだろう」
「土を使う必要はない」
モーリスは不敵な笑みを浮かべて言った。「私に考えがある。堀など、すぐに埋めてみせるさ」
―――
スネイカーの部屋をソニアとジェイドが訪れた。
2人はスネイカーの机の前まで移動し、敬礼をしてから直立不動の姿勢で報告した。
「降伏の使者は追い返しました」
「そうか、ご苦労だった」
スネイカーは机の上に両肘を置き、顔の前で手を組み合わせた姿勢で2人をねぎらった。
アダー少年はその隣で、あきれたような感心したような、微妙な表情で立っている。
さっきまでスネイカーはアダーを相手に、「人狼は怖かった」などと見苦しく泣き言を言っていたのである。それなのに2人が入ってきたとたんに、別人のように偉そうになっているのだ。
「敵はどのように攻めてくるでしょうか?」
ソニアが質問してきた。
「なんらかの攻城兵器を使ってくるだろうな。よっぽど俺たちをなめているなら、ハシゴをかけて強引に城壁を越えようとしてくるかもしれない。いずれにしても、ここで時間と兵力を浪費することは避けたいはずだ。奴らにとって本当の戦いは、この城を落とした後なんだからな」
「敵のねらいはレイシールズ城を落とすことではないんですか?」
「この城を落とすだけなら1万人も必要ない。さっき敵の布陣を見てきたが、その中には騎馬隊もいた。馬は攻城戦では無用の存在だ。さらに先に進んでからの野戦を想定しているんだ」
「あたしたちも壁上歩廊に上って、敵を見てきました。噂の人狼をこの目で見て、ガキのころに飼ってた犬を思い出しましたよ。近くに来たら頭をなでてやりたいですね」
ソニアはまったく怖がっていないようだ。
「リザードマンもいましたが、ただの二本足で立つトカゲですね。意外に愛嬌のある顔をしていました」
ジェイドも淡々と感想を述べた。
(頼もしいな。彼女たちは肝がすわってる)
兵士長のソニアが熱血型なのに対し、副兵士長のジェイドは常に冷静だ。バランスの取れたコンビと言える。
「僕はまだ一度も亜人種を見たことがないです」
アダーが口をはさんできた。
「サーペンス王国には亜人種がほとんどいないからな」
「どうしてなんですか? スネイカーさん」
「この国は昔から亜人種に対する差別感情が強いんだ。
だからペルテ共和国がサーペンス王国から分離独立した後、亜人種たちは共和国に移住した。ペルテ共和国は建国以来『8種族協和』の理念を掲げ、亜人種を人間と同等に扱っているからな。そりゃあ移住した方がいいだろう。
おかげで俺たちは今、強力な異種族と戦うはめになっている。ひょっとすると共和国軍は、他にも亜人種を連れて来ているかもしれない」
「アダー君、ペルテ共和国には人間以外に、7種の亜人種が暮らしているんですよ」
ジェイドが説明を引き継いだ。
「人狼、エルフ、ドワーフ、巨人、樹人、フェアリー、リザードマンの7種ですね。
亜人種たちも人口に応じて、国の最高意思決定機関である『大評議会』に議席を割り当てられています。
人口は人間が圧倒的に多いのですが、7種族の人口を合わせれば人間よりも数が多くなります。だから亜人種だけで大評議会の過半数を占めることが可能で、人間に不利な議決がなされることもあります」
「大評議会ですか。みんなで話し合って決めるのはいいことですね」
アダーは感心しているようだ。「サーペンス王国は王様が1人で決めちゃいますから」
「アダー、王制には王制のよさがあるんだぞ。権力が1人に集中するからこそ、素早い意思決定ができるんだ」
ソニアが息子を諭した。「だから先王のタイパン様は、一気に軍制改革を行うことができた。タイパン様のような偉大な方が君主であれば国は発展し、国民も幸せになる」
「じゃあ現在の国王はどうだ?」
と聞いてみたい気もしたが、スネイカーはやめておいた。ソニアは王家に忠誠心を抱いているようなので、答えにくいだろう。
「亜人種を差別しないのは立派なことだと思いますが」
アダーが話を戻した。「共和国はそれに加えて、魔法使いの存在も認めていますね。サーペンス王国では魔法を使うと処刑されるのに」
「ペルテ共和国にとっても、魔法使いは迫害の対象だ」
スネイカーが答えた。「彼らは国のために働くことを条件に生存を許されているだけだ。言うことを聞かなければ処刑される」
「そうなんですか」
「ああ。だから自分が魔法使いだと名乗り出ない者も多い。そんな奴を捕まえるため、どこの国にも魔法取締官、通称マトリが存在する。俺も士官学校に入学する時、マトリに血液検査を受けさせられたことがある」
血液を調べることによって、魔力の有無を測定できるのである。
「魔法は忌まわしい力ですからね」
ジェイドは眉をひそめて言った。「ですが人智を超えた強力な力であることは間違いありません。敵軍に魔法使いがいることは、私たちにとって大きな脅威です」
「そうかな? 俺は魔法使いのことはそれほど脅威に感じていない」
スネイカーは余裕の笑みを浮かべた。