33.黒蛇の紋章
王太后との会見を終えた翌朝、スネイカーはアダーとリヴェットを伴い、王城内の一室で兵士たちと再会した。
「ヤーーッ!!」
「キァーーッ!!」
「よくぞご無事でっ!」
「よかった……本当に……」
すでにスネイカーの処遇については聞かされていたはずだが、その目で指揮官の無事な姿を見た兵士たちは、甲高い奇声や悲鳴で喜びを表現した。泣いている者もいる。
「将校殿、信じてましたよ! きっとアタシのために戻ってきてくれるって!」
「わわっ!」
ググが体ごとぶつかってきたので、吹っ飛ばされそうになった。なんとか踏みとどまったものの、そのまま抱きつかれて締め上げられた。
(ぐえーっ、なんだこいつの怪力は!? 動けない……!)
他の兵士たちは口々に罵声を浴びせる。
「将校殿から離れろ、変態女!」
「スネイカー様はあんたのために戻ってきたんじゃないでしょ!」
兵士長に昇進したジェイドもググを注意する。
「ググ、いくらスネイカー様が親しみやすい方でも、将校と兵士です。分をわきまえなさい」
「はあい」
ググは叱られてシュンとなり、体を離した。
「ハハハッ」
リヴェットが豪快な笑い声をあげた。「ググ、たいしたパワーだな。頼もしいが、スネイカーに体当たりするのはやめておけ。あたしならいつでも受け止めてやるぞ」
リヴェットは1か月ほどレイシールズ城にいたので、兵士たちとはすでに顔なじみである。
「リヴェット様が私たちの上官になられること、聞き及んでおります」
ジェイドがリヴェットの前に進み出て、敬礼をした。「頭がおかしい兵士もおりますが、これからご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
「へへっ、あたしにそんな堅苦しい言葉づかいはしなくていいぞ。教えられることなんて何もねえし」
「いや、リヴェットには兵士たちを鍛えてほしいと思っている」
スネイカーは真剣な顔で頼んだ。「兵士たちが戦場で生き残れるよう、戦い方を教えてやってくれ」
「えー、教えるのは苦手なんだけどなあ」
「これは命令だ」
「むー、わかった」
命令と言うと、リヴェットは渋々といった様子でうなずいた。同期生同士とはいえ、司令官と部下である。
(リヴェットの存在が、今後の戦いの肝だな)
女性兵士たちに白兵戦をさせるのは不安だが、リヴェットが先頭に立って戦ってくれるなら、なんとかなるかもしれない。
「兵士の皆さん、僕のこともよろしくお願いします。これからもスネイカーさんの従者として、この軍団に居座ることになりましたので」
アダーが兵士たちに向かって頭を下げた。
「アダー君、昨日はどこにいたの? 心配してたんだよ」
知的な雰囲気のリリアンが、いたわるように問いかけた。
「えーと、心労で倒れたので、医務室で休ませてもらってたんです」
アダーが先王の息子であり、王太后に会っていたことは秘密にしておかねばならないので、兵士たちにはそう説明することになっていた。
「え!? そうだったんだ。もう大丈夫なの?」
「は、はい、もう元気になりました。スネイカーさんとランさんが牢に入れられたって聞いて、ショックを受けちゃったんです」
兵士たちは慈愛のこもった目でアダーを見つめた。
「そうだよね。君はまだ子どもだもん、ショックだったよね」
「もう大丈夫だよ。私たちが守ってあげるから」
「これからもスネイカー様の秘密をこっそり教えてね」
(なにやら妙なことを言ってる奴がいるな)
「大丈夫だよアダー君、ランちゃんも元気そうだし。ほらランちゃん、そんなとこにいないで前に出てきなよ!」
「え? い、いえ、私は……」
列の後ろにいたランは、ググに手を引っ張られてアダーの前に引っ張り出された。
ワーッという大歓声が上がった。
リンカルス王を怒鳴りつけた事件以来、ランは一目置かれる存在になっていた。城下でも話題になっているらしい。
当然だろう。王の前では委縮して、顔を上げることもできないのが普通なのだ。
「ランさん、あなたに怒鳴られた王の顔、僕も見たかったです」
アダーはニヤニヤしながら言った。「でも気を付けてください。王はメロディア陛下に言われてあなたを許したそうですが、きっと心中でははらわたが煮えくり返っているはずです」
「うん、目をつけられないようにおとなしくしてるわ。もうスネイカー様やみんなに迷惑はかけられないもの」
ランは相手を選ばずにかみつくのが悪い癖だが、本来は素直な少女である。
「みんな、俺の旗の下で軍団が創設されることは聞いているようだな」
スネイカーが発言すると兵士たちはピタッと口を閉じ、続く言葉を待った。
「王太后陛下のご命令により、君たちもその軍団に入ることになっている。だが、もちろん強制ではない。今なら軍を辞めるのは自由だ。
これからの戦いは城壁に守られた戦いじゃない。積極的に外に打って出ることになるだろうから、確実に戦死者は増える。どうかよく考えて判断してほしい。退役する者にはこの間の戦いの褒賞金に加えて、恩給を与える」
「スネイカー様、私たちは全員、スネイカー軍団に入ることに同意しています」
ジェイドが代表して答えた。
「お金の問題じゃありません、私たちはこれからも将校殿と共に戦いたいんです!」
おとなしいマイラが決然と続けた。
「自分は将校殿の下で戦えるなら、死ぬのは怖くないであります!」
軍人らしいルーシーも威勢のいい声を上げた。
「あたしたちは戦力として期待されてるってことですよね? だったらその期待に応えたいです! ソニアさんもそれを望んでると思うから」
いつも明るいシエンナも、真面目な顔で決意を述べた。
(どうやらみんな、本気なようだな)
スネイカーは1人1人の表情を確認したが、周囲に流されているだけの者はいないようだ。誰もが本気で戦いたがっていた。
「はいはーい、アタシこんなものを描いてきました!」
ググが「ジャジャーン」と言いながら、両手をいっぱいに伸ばして白い布を広げた。
「それは……ヘビだな」
その長方形の布には、象徴的なデザインのヘビの絵が描かれていた。
真っ黒な体色のヘビで、鎌首をもたげて正面を向き、獲物に飛びかからんという体勢だ。左右の目はギョロリと銀色に光り、口からは二股の舌をチョロリと出している。
今にも絵の中から飛び出してきそうな迫力だ。
「はい! スネイカー様をイメージしたヘビです! もちろん毒ヘビです! 新しい軍団には旗が必要になりますよね? だから旗のデザインになる紋章をアタシが考えました! それがこの『黒蛇の紋章』です!」
(黒蛇の紋章……これが俺のイメージなのか?)
「すっごーい! かっこいいーっ!」
「まさに軍神って感じがするっ!」
「うん! 私たちの旗にふさわしいわね!」
大好評のようだ。
「ハハッ、スネイカーのイメージにぴったりじゃねえか!」
「僕もすばらしい紋章旗だと思います」
リヴェットとアダーもググの絵を絶賛した。
(俺のイメージが黒蛇というのはよくわからんが、確かに旗は必要になるな)
「そうだな、俺もこの紋章は悪くないと思う。さすがググだ」
「へへ、でしょでしょー!」
「それではスネイカー様、軍団の紋章旗も決まったところで、お言葉をいただいてもよろしいでしょうか?」
「わかった」
ジェイドにうながされたスネイカーは、一同に語りかけた。
「何の因果か、俺は女性兵士限定の軍団の司令官を務めることになった。正直不安なところもあるが、再び君たちと共に戦えることを、心から光栄に思う。
今後、国中から多くの女性兵士が集まり、軍団に加わることになるだろう。だが実戦を経験しているのは君たちだけだ。軍の中核として、後輩たちを導いてやってくれ。
俺たちがどの戦場に投入されることになるかはわからないが、これだけは心得ていてほしい。
死ぬな。どれほど危険な状況に陥ろうとも、最後まで生きることを諦めるな」
兵士は死ぬつもりで戦ってはならない。レイシールズ城でも同様の発言をしたことがあるが、これがスネイカーの信念である。
「そんなことを言って、命が惜しくて逃げ出す奴がいたらマズイんじゃないか?」
リヴェットが口をはさんできた。
「死ぬなというのは逃げろという意味じゃない。生きるために戦う、それがスネイカー軍団のモットーだ。ググ、理解できるか?」
「なんでアタシにだけ聞くんですか?」
「君が一番心配だからだ。だがみんなにも確認しておこう。生きるために戦うことを、この場で誓えるか?」
「はい、誓います!!」
全員がそろって返事をした。
「よし」
スネイカーは満足げにうなずいた。「ならば俺からも約束しよう。たとえどれほどの苦境に追い込まれようと、必ず最後には勝利をもたらしてみせると」
その言葉を疑う者は、いなかった。
スネイカーは軍神なのだ。
これにて完結です。
書くべきところまで書けたことに満足しています。
この作品が伸びなかった理由をしっかりと分析した上で、執筆を続けたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!




