32.スネイカー軍団
庶民の多くは「国」に対する帰属意識が薄い。
彼らが所属するものは家族であり、村や町である。国などは搾取を行うだけの迷惑な存在でしかない。
しかしソニアは違っていた。
『あたしたちの任務は国を守ることだろうが! 誇り高きサーペンス王国軍の兵士の誇りはないのか!』
彼女は他の兵士たちと比べて、段違いに愛国心が強かったことをスネイカーは思い出した。それはタイパン王の影響を受けていたからだとすれば、納得がいく。
「ソニアが戦死したのは残念でした」
メロディアが厳粛な顔で言った。「でもあなたを守るために死んだのなら、ソニアは本望だったでしょう。優秀な軍人は国の宝だと、タイパンはいつも言っていました。ソニアはその遺志を受け継いでいたようです」
「はい」
「それなのにリンカルスは、まったく理解していません」
続いてメロディアは、息子を手厳しく批判した。
「大きな功績を上げた軍人に対しては、それにふさわしい扱いをしなければならないのです。スネイカー、あなたの働きは見事でした。300人の女性兵士で1万人の敵を退けるとは、過去に例のない大きな戦功です。魔法使いを殺した計略も、リザードマンを利用した政略も、あなた以外には実行不可能な非凡なものです。誇りなさい。そしてリンカルスの言ったことは忘れなさい」
「はい。陛下のそのお言葉を聞けただけで、充分に報われました」
「私は言葉だけで済ませるつもりはありません。5000マニーの褒賞金を与えましょう」
「ご、5000マニー!?」
スネイカーの1か月の俸給が120マニーであることを考えれば、信じられないほどの大金だ。リンクードたちも驚いている。
「ただし兵士たちに対する褒賞金も、その5000マニーの中から分配して与えなさい。あなたが妥当と考える金額でよろしい。もしあなたが全額を自分のものにしたいと考えるなら、それでも構いませんが」
「と、とんでもありません」
(なるほど、兵士への褒美も含めた金額だったのか)
「もちろん戦死した兵士の遺族に対する年金は、国から別個に支給します」
メロディアは続けた。「それとあなたには、サー・レックスが所有していた領地を与えましょう。レイシールズ城も含みます」
「え!? 領地を私に……ですか?」
「サー・レックスには跡継ぎがいないのです。あなたがいらないと言うなら、王家が彼の領地を接収しますが」
「い、いえ、ありがたく頂戴いたします。このご恩は決して忘れません」
(この方に一生ついていこう)
そんな気になったスネイカーだが、
「ただし、あなたが忠誠を誓う相手はリンカルスであることを忘れてはいけません」
メロディアは釘をさした。
「確かにあれはバカです。ランとやらが指摘した通り、今回の共和国軍の侵攻に際して、なんら意味のあることをしていません。軍人が戦術的勝利を挙げたなら、それを戦略的勝利につなげるのが政治家たる王の務めなのですが、それもわかっていないようです。
ですが王というものは、人格や能力が優れているから偉いのではありません。王は王であるだけで偉いのです。
これからもペルテ共和国が独善的な民主主義の理想を掲げて攻めてくるなら、撃退せねばなりません。それがあなたの仕事です」
「はっ、承知しました。力の限りを尽くします」
メロディアはその答えに満足そうにうなずくと、後ろに立ち並ぶ同期生たちに目を向けた。
「リンクード、エステル、フィディック、あなたたちもですよ。今はスネイカーに差をつけられましたが、あなたたちの軍人としての人生は、まだ始まったばかりなのです」
「はっ!」
3人は力強く返事をした。
「あのう……あたしは?」
名を呼ばれなかったリヴェットが、不安そうに問いかけた。
「リヴェット、あなたは将校の資格を持っていません。おまけに近衛兵もやめてしまったので、今のあなたは何者でもないのです。なぜここにいるのかと問いたいぐらいです」
「えー」
「ですが、あなたも多少の功績を上げたようなので、特別に役目を与えましょう。スネイカー軍団に入って、特別将校としてスネイカーを支えなさい」
「あのう、スネイカー軍団というのはなんでしょうか?」
スネイカーは首をかしげてたずねた。
「新しく創設するあなたの軍団です。あなたも領地持ちになったのだから、独自の旗を掲げて戦うべきでしょう」
「私の旗を掲げた軍団……」
「ただし、私から要望があります」
「なんでしょうか?」
「レイシールズ城の防衛戦に参加した女性兵士たちは、今後もあなたの指揮下に入れなさい」
「えーと……実は彼女たちについては、安全な後方へ異動させるよう願い出ようと考えていたのですが」
「それはだめです」
メロディアはきっぱりと答えた。意外な強い口調に驚く。
「それは、なぜでしょうか?」
「実戦で結果を出したにもかかわらず後方に異動させてしまったら、やはり女性兵士は戦力外なのか、と誰もが思うでしょう。その認識が定着してしまえば、タイパンの軍制改革は失敗ということになります。彼は女でも戦力になると判断したからこそ、女性兵士制度を導入したのです」
「確かに……そのとおりです」
スネイカーもうなずかざるを得ない。
「ただ私個人の考えとしては、本当に女性兵士が実戦で役に立つのか、疑問に思うところもあります。レイシールズ城で成功したのは、それが防衛戦だったからではないか。城壁の内部からクロスボウで攻撃することはできても、剣や槍を持って近距離で戦うのは厳しいのではないか、とも思うのです。あなたたちはどう思いますか? 軍人としての意見を聞かせてください」
「あたしは女だけど、どんな男にだって負けねえ……であります!」
リヴェットは上腕を持ち上げ、力こぶを見せつけた。
「あなたはそうでしょうね。でも普通の兵士はどうでしょうか?」
「僕のお母さんは、白兵戦で人狼をなぎ倒していたそうです」
アダーが自慢げに口をはさんだ。
「ソニアも普通の兵士とは言いがたいですね。タイパンは彼女にレスリングを挑んで、いつも投げ飛ばされていました」
(タイパン様は使用人を相手に何をやっていたんだ)
この部屋に入ってから、偉大な先王に対するイメージが揺らいでいた。
「指揮官次第、だと思います」
リンクードが答えた。「私には女性兵士を率いて勝つ自信はありませんが、スネイカーのような優れた指揮官ならば、可能でしょう」
「私も同感です」
エステルも同意した。「女の子たちを周囲にはべらせることには胸が躍りますが、戦場に出す気にはなれません」
「スネイカー君以外に、女性兵士の力を引き出せる指揮官はいないと思います」
フィディックまでがそんなことを言った。
「実は私もそう思っていました」
メロディアは深くうなずいている。「ではこうしましょう。現在この国にいる女性兵士を、すべてスネイカー軍団に加えます。加えて、これから応募してくる女性兵士もすべてスネイカーに任せます」
(とんでもないことになったぞ)
「えーと、評価してくださることは光栄なのですが、私にも女性兵士を率いて勝つ自信はありません。レイシールズ城で勝てたのは、運がよかったからです」
「謙遜しなくてもよろしい。あなたしかできないことは、あなたがやるべきです。男の兵士を率いるという平凡な仕事は、平凡な指揮官に任せておきなさい」
王太后は絶妙にスネイカーの自尊心をくすぐってきた。
だが、気になる言い方である。まるでスネイカーが男性兵士を率いることはないかのようだ。
「ひょっとして、私の軍団には男性兵士を加えてはいけないのですか?」
「ええ。男の兵士と女の兵士が同じ軍営で生活すれば、間違いなく風紀が乱れるでしょう」
「そうでしょうか?」
偏見のような気もするが、そうでないとも言い切れない。
「心配すんなって。あたしがいるからには、どんな相手だろうと蹴散らしてやるよ」
リヴェットがスネイカーの肩をポンポンとたたいて言った。
「君は俺の指揮下に入ることを納得してるのか?」
「おうよ!」
「そうか……」
「何だその顔は? まさか、あたしが部下になるのは嫌だってのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないが」
「じゃあ、決まりだな。これからよろしく頼むぜ!」
(……大丈夫なのか?)
「ではスネイカー、改めて命じます。女性兵士たちで構成されるスネイカー軍団を新たに創設し、その司令官となりなさい」
有無を言わせぬ口調だ。
「……承知しました」
そう答えるしかない。
「僕は今までどおり、従者としてスネイカーさんに仕えたいと思います」
アダーが当然のように言ったが、メロディアは眉をひそめている。
「あなたは私の目の届くところにいてほしいのですがね」
「でも、スネイカーさんには僕が必要なんです。そうですよね?」
アダーが真剣な顔で、スネイカーを見つめてきた。
(確かに彼にはずいぶん助けられたな。それに俺も、彼を目の届くところに置いておきたい)
リンカルスがアダーの素性に気付けば、自分の王位を脅かす存在とみなすかもしれないからだ。
そう考えたとしても無理はない。庶子であるアダーに王位継承権はないとしても、リンカルスに不満を抱く者たちは、彼を担ぎ上げようとするかもしれない。
そんな動きがあれば、メロディアも彼の存在を危険視するだろう。
「確かに女だらけの環境で君がいれば、心強い」
スネイカーはアダーの目を見つめ返した。「だが俺の従者になるなら、自分が王の血を引いていることは忘れろ。できるか?」
「もちろんです!」
アダーは破顔一笑して答えた。
「僕は政争の道具になんて、なるつもりはないです」
とまでは言わなかったが、賢い彼なら自分の立場はわかっているだろう。
スネイカーはうなずくと、メロディアに顔を向けた。
「まあ、アダーはあなたに預けておくのが一番安全なのでしょうね」
メロディアはそう言って、ふっと笑みをもらした。




