29.友たちとの再会
勝利に沸き立つレイシールズ城に、花の第8期の同期生たちがやってきた。
援軍要請に応えてくれた、エステル、リンクード、フィディック、リヴェットの4人である。スネイカーは中庭で4人を出迎えた。
「おおーっ! 生きてたな、スネイカーっ!!」
「ぐへっ!」
リヴェットが駆け寄ってきて、いきなり抱きついてきた。胸の傷はほぼ治っているので問題ないが、背が高い彼女に頭から抱きかかえられると、圧迫されて呼吸が止まる。
(くっ、相変わらずの馬鹿力だ。振りほどけない)
後ろで見ている女性兵士たちがざわついていた。自分たちの指揮官に抱きつく女を見て、心穏やかではいられないようだ。
「それにしてもあの状況で勝っちまうとは! すげえな、おまえ!」
リヴェットは体を離すと、今度は肩をバンバンとたたいてきた。
「ぜい……ぜい……り、リヴェット、君も来てくれていたんだな」
リンクードとエステルとフィディックは援軍に来てくれるだろうと期待していたが、彼女が来たのは予想外だった。
「あったりまえだろ! あたしが助けに来たからには、もう大丈夫だからな!」
「リヴェットさん、別に僕たちが助けに来なくても、スネイカー君は自力でなんとかしてしまったじゃないですか」
現状を淡々と指摘したのはフィディックだ。リヴェットとは対照的に体格は小柄だが、『堅実』の異名を持つほどの思慮深い性格の持ち主である。スネイカーにとって頼もしい友人だ。
「フィディック、来てくれてありがとう。ここに来る前に、グレイスロー城の城主とはもめたんじゃないのか?」
「気にしなくていいですよ。自分のためにやったことですから。もっとも、せっかく来たけどたいして役には立てませんでしたけどね」
「えー、そんなことはないだろー」
リヴェットは口をとがらせている。「あたしたちだって敵の物資を奪ったり、略奪から村を守ったり、逃げる敵を追撃したりしたじゃねえか」
「え!? 1万人の共和国軍に追撃をかけたのか? たった600人で?」
「ええ、僕は無茶だと思ったんですが、エステルさんがやると主張したんですよ。そこまで言うならと彼女に総指揮を任せたら、うまくやってくれました。
オルガ村の村人たちに協力してもらって大量の旗を用意し、ラッパや太鼓で大音量を鳴らして、こちらの兵力を実際の10倍に見せかけたんです。それで驚いた敵兵が算を乱して逃げ出したので、大きな戦果をあげることができました。
いやあ、たいしたものです。さすがは『常勝のエステル』ですね」
「茶化すなフィディック。使い古された古典的な戦術を実行しただけだ。誇れるようなことではない」
エステルは自嘲するように首を振った。ただそれだけの動作に、近寄りがたいほどの気品と美しさがある。
彼女はスネイカーの前に立ち、突き刺すような鋭い目で見つめてきた。
「久しぶりだな、スネイカー。レイシールズ城を守ったのは、すべておまえの力だ。間違いなく歴史に残る功績だぞ」
(相変わらず威圧感があるな)
初めてエステルに会った時は、女王のような威厳を感じて、思わずひれ伏しそうになったものだ。彼女は自然に人を従える資質を持っており、兵士に指示を出す時も、スネイカーのように虚勢を張る必要はない。
「ありがとう、エステル。だが守り通せたのは俺だけの力じゃない。兵士たちが勇気をもって戦ってくれたからだ」
「ほう、俺なんて言うようになったのか。ずいぶん頼もしくなったな。面構えも別人のようだぞ。やはり実戦を経験すると、変わるものなんだな」
「そうか? 自分ではよくわからないが」
「いやいやいや、どう見ても別人のように変わっただろ! 以前はもっとオドオドしていたぞ。おまえの戦術の才は誰もが認めていたが、臆病な性格が戦闘には向いてない、なんて言う教師もいたからな」
「その教師は見る目がなかった。スネイカーは小さな物差しで測れるような男ではない」
リンクードだ。彼は諸侯の息子という高貴な生まれであり、『完璧』の異名を持つほどに、あらゆる分野において秀でた才能を発揮している。男でありながら、エステルに負けないほどの美貌の持ち主でもある。
「リンクード、君は必ず来てくれると信じていたよ」
スネイカーは誰よりも信頼している親友との再会を喜んだ。
「もちろんだ。君が助けを求めているなら、私はどこへでも駆けつける。もっとも我々の連れてきた兵力は少なすぎて、とても援軍と呼べるものではなかった。フィディックやエステルの言う通り、勝ったのは君の力だ。籠城戦は、外部からの援軍がなくては勝てないというのが常識なのだが」
「なにっ、そうなのか?」
リヴェットが意外そうに口をはさんだ。
「あなたは士官学校で何を学んでいたんですか?」
フィディックはリヴェットの無知に呆れている。
「籠城は本来、援軍が来るまで時間をかせぐための戦術だ」
リンクードが説明した。「しかし共和国軍は戦力で圧倒的に上回っているにもかかわらず、王国の援軍が来る前に退却してしまった。その理由が私にはわからない。スネイカー、君には心当たりがあるのか?」
「実は――」
スネイカーは説明した。捕らえたリザードマンを使って、ペルテ共和国の首都で反戦運動を発生させたことを。
「国民の間に厭戦気分が広まれば、本国の政府が退却命令を出すかもしれないと期待したんだ」
「…………」
4人は口をポカンと開けたまま、言葉を失っている。
「やはり勝てないな、君には」
やがてリンクードは、それだけを口にした。
「軍人が思いつく発想じゃないな」
エステルはため息をついた。「なるほど、おまえはやはり『軍神』と呼ばれるだけのことはある」
「その呼び方は恥ずかしいからやめてくれ」
「照れることはないさ」
エステルはニヤニヤしている。「軍人離れした政略もすごいが、やはり特筆すべきは女の兵士を率いて戦い、勝ったことだ。女性兵士は数合わせの戦力外というのが、常識だったのにな」
「戦力外なんてとんでもない。彼女たちは勇敢な戦士だよ」
「ふーん、あんなにかわいい顔してるのにか?」
エステルはそう言うと、後ろに立ち並ぶ女性兵士たちのところまでスタスタと歩いていった。
「ほう、なかなかレベルが高い」
そんなことを言いながら、彼女たちの顔をジロジロとながめている。
間近でエステルの視線を浴びた兵士たちは、その美貌と威圧感にたじろいでいる様子だ。
「あの、エステル様、私は副兵士長のジェイドと申します」
最上位の下士官として責任を感じたのか、ジェイドが一歩前に進み出た。「その武名は、辺境で任務に就く私たちも聞き及んでおります。同じ女として憧れ――」
「おおっ! 特にかわいい子発見!」
エステルは最後まで聞かず、猫のように自然な動きでジェイドに抱きつき、頬ずりをした。
「きゃっ!」
目に矢が突き刺さっても悲鳴をあげなかったジェイドが、少女のような可憐な声を発した。
エステルはますます興奮してジェイドの体に密着し、その体をまさぐっている。
「うーん。もう少し肉がついてた方が、私の好みなんだがな」
「はふっ、そ、そこは……だめ……!」
「お? 脇腹が感じるのか?」
「や、め、ろ」
スネイカーはエステルの首ねっこをつかんで、強引にジェイドから引き離した。
ジェイドは怯えた様子で、兵士たちの列の後ろに逃げこんでいった。
「ああっ、私のかわいい子猫ちゃんが!」
(くっ……! 相変わらずだな、こいつは……!)
常勝と称えられる女騎士が、こんな色情魔だとは誰も思わないだろう。兵士たちは唖然としている。
「何が子猫ちゃんだ。見境なしに抱きつくのはやめろ」
「おいスネイカー! おまえはこんなにかわいい女の子たちを1人じめにしているのか!? うらやまけしからん!」
「人聞きの悪いことを言うな」
スネイカーはエステルに対し、以後兵士たちにセクハラをしないよう約束させた。
「はあ……やむを得んな。わかった、これからしばらく世話になるぞ」
エステルたちは安全が確認されるまで、レイシールズ城に残ってくれるそうだ。
それから1か月後、王都から派遣された3000人の部隊がレイシールズ城にやってきた。
指揮官は士官学校の第2期卒業生であるキースという男だ。彼はスネイカーに面会すると、まず称賛の言葉を述べた。
「スネイカー君、圧倒的に不利な状況でのレイシールズ城防衛、見事でした。王都では君を称える声が飛び交っていますよ」
キースはおよそ軍人らしからぬ、物腰のやわらかい男だった。スネイカーとって面識のない先輩だが、優秀な軍人であることは噂で聞いて知っている。
「光栄です」
スネイカーは頭を下げた。キースはうなずくと、豪華な装丁の筒の中から1枚の紙を取り出し、スネイカーの前に広げて見せた。
「これはリンカルス陛下の勅書です。君とレイシールズ城の兵士たちに対し、王都へ来るようにとの命令が出ています。この城の守りは、私が引き継ぎます」
「王都へ、ですか」
「陛下に直接会って、今回の戦いについて報告してください。君と兵士たちには、きっと厚い恩賞が与えられるでしょう」
(恩賞か……。これで兵士たちの働きに報いてやれるかな)
王に対しては、援軍を出してくれなかったことに文句を言いたい気持ちもある。だが褒美がもらえるのはありがたい話だ。
「承知しました。すぐに王都へ出立いたします」
キースはうなずくと、後ろに控えているエステルたちにも声をかけた。
「君たちもスネイカー君と一緒に王都へ行くといいでしょう。功績に応じた恩賞が出るはずです」
「わかりました」
エステルが代表して返事をした。
「キース先輩、質問があるのですが」
「なんだい? リンクード君」
「ペルテ共和国との戦争はどうなっているのでしょうか? ここには情報が入ってこないのです」
これはスネイカーも気になっていたことだ。
「そうですね。いまのところ、共和国軍が攻めてくる気配はありません」
「こちらから報復はしないのですか? 共和国は一方的に休戦を破って侵略し、我々に大きな被害を与えていったのですよ」
「おう、やられたらやり返せ、だな。今度はこっちから攻め込んでやろうぜ」
リヴェットも同調した。
「残念ながら、我が国にそんな力はありません。下手に刺激して、また攻めて来られたらえらいことになります」
「ではそうならないよう、改めて休戦協定を結ぶということは?」
「そのような話も出ていないようです」
(つまりこれ以上、こちらからは何もしないということか)
今後もペルテ共和国の侵攻には、警戒し続けなければならないようだ。
だとすれば、兵士たちの今後が心配である。スネイカーとしては、もう2度と彼女たちには危険な戦いをしてほしくない。
(王に謁見したら、彼女たちを安全な内地へ異動させるように提案してみよう)
もちろんスネイカー自身は前線に残るつもりだ。ソニアは間違いなく、それを望んでいたはずだ。
共和国と戦うためには自分の力が必要だ、と思える程度には自信をつけていた。今後は男の兵士たちを率いて、思う存分に采配を振るうことになるだろう。
(王都で褒美をもらったら、あいつらとはお別れだな)
つらい防衛戦を共に戦った兵士たちと離れ離れになることは、やはりさびしい気がした。




