28.レイシールズ城防衛戦、終結
レイシールズ城は静かだった。
共和国軍はもう20日以上動きがない。攻撃を続けても犠牲が増えるだけだと判断したのだろう。
守備側にとってはありがたい話だ。兵士たちは高い士気を保ったまま、体を休めていた。
スネイカーの傷もかなり回復しており、普通に立って歩けるようになっていた。
食糧もたっぷりあるので、籠城が長期間にわたっても問題ない。
むしろ攻撃側の方が兵糧不足に陥っているようだ。スネイカーは自室の窓から敵軍の様子を観察し、そう判断した。
「兵士たちの顔色が悪い。栄養状態がよくないようだ。食事の量を減らされているのかもしれない」
「そうですね、かなり士気が低下しているように見えます。攻め手がないにしても、まったく動こうとしないのはなぜでしょうか?」
ジェイドもスネイカーの隣に立ち、窓から敵陣をながめている。
彼女はソニアが死んでからは最上位の下士官として、スネイカーと一般兵士たちの間に入って軍を支えている。今はスネイカーの部屋で、今後のことを話し合っていたところだ。
「このまま何もせずに滞陣を続けていても、兵士の士気が下がり続けるだけですよね」
部屋の掃除をしていたアダーも、ほうきを持ったまま話に加わってきた。
「本国から物資や援軍が来るのを待ってるんだろう」
「援軍が来るんでしょうか? さすがにこれ以上敵が増えたら――」
「大丈夫だ」
不安そうな顔でたずねるアダーに対し、スネイカーは安心させるように答えた。「リザードマンたちの仕事が成功していれば、援軍は来ない」
「3人のリザードマンを捕らえた時、首都アウリーフで反戦運動をするように依頼したんですよね? 僕はその場にいなかったので、くわしくは知らないんですが」
「あの時のスネイカー様の計略には、誰もが驚かされました」
ジェイドはアダーに顔を向けた。「アダー君、ソニアさんがスネイカー様のことをサーペンス王国の救世主とみなすようになったのは、その計略を聞いた時からなんですよ」
「そうなんですか? それ以前もスネイカーさんは兵士たちをやる気にさせたり、破城槌を撃破したり、坑道戦を見破ったりして、優秀な指揮官であるところを見せていたはずですが」
「もちろんそうです。でもそれは軍人として優れていたということです。リザードマンに反戦運動をさせて世論を操作するなどという計略は、政略に属するものです。本来は軍人の頭から出てくる発想ではありません」
「確かに軍人の領分からは外れているが、できることはなんでもするさ。俺たちは死ぬかどうかの瀬戸際にいたんだから」
スネイカーは当然のように答えた。
もちろんそんなやり方は士官学校では教わっていない。将校の仕事は兵士を指揮し、軍隊を動かすことだ。
現場の軍人は戦場の外にまで視野を広げることはできない。スネイカーのような特殊な軍人でなければ、思いつかない計略だ。
「お母さんは誰よりもサーペンス王国を愛していました」
アダーは感慨深げに言った。「だからこそ軍人の枠を超えた政治センスを持つスネイカーさんを、命をかけて守ろうとしたんですね。この国の将来のために」
(ソニアは俺のことを過大評価していたような気がするな)
自分がそんな英雄だとは、とても思えない。
それに軍人が政治のことを考えるのは、あまり良いことではない。それどころか、国にとっては害悪とさえ言える。
とはいえ、自分を助けるために死んだソニアの期待には応えたい。
「俺は一介の軍人に過ぎない」
スネイカーは慎重に答えた。「だが責任のない立場で政治について論ずるのは、それなりに楽しいものだ。ペルテ共和国の政体についても興味があったから、積極的に調べた。そしてあの国の力の中心が国民であることに気付いた」
「国民……ですか。確か共和国というのは、王がいない国という意味でしたね?」
「さすがジェイド、その通りだ。あの国は建前上は民主主義を採用しているから、主権者は国民ということになる。だから戦争を続けるためには国民を納得させる必要がある」
「政府が戦争をすると決めただけでは、だめなのですか?」
「侵略された側には戦う理由は必要ない。だが侵略する側には理屈が必要になるんだ。だからペルテ共和国の政府はプロパガンダを積極的に行っていた。リザードマンたちが言っていたが、この戦争の大義は悪の専制国家であるサーペンス王国に、民主主義の崇高な理念を広めることにあるらしい」
「確かにこの国には問題があるんでしょうけど、他国に悪だと決めつけられるのは気分が悪いですよ」
アダーは不満そうだ。
「共和国の人間は本気でそう思っているんだ。隣国が専制国家だと、いつ侵略されるかわからない。だからそうなる前にサーペンス王国の政体を、王による独裁制から民主制へと変える必要がある。つまりサーペンス王国と戦うことは、自衛のための戦争ということになる」
「ひどい理屈ですよ。王国は共和国に攻められ続けているけど、こちらから攻めたことはないはずです。向こうの方が強いことがわかってますから」
「それに民主制になったからといって、他国に侵略しなくなるということはありません。今のペルテ共和国がまさにそれを証明しています」
ジェイドも憤懣やるかたないという様子だ。
「共和国の政府はうまく国民をだましているから、ほとんどの国民は自分たちが正義だと信じている。だが戦場では自分たちの方が非人道的なことをしていると知ったら、彼らはどう思うだろうか?」
「リザードマンに対する虐待のことですね」
「そうだ。共和国軍の司令官は軍人としてはそれなりの力量を持っていると思うが、政治を知らない。だからリザードマンに危険なハシゴ登りをさせたりする。
共和国軍の司令官には特別な枷がかけられている。ただ勝つのではなく、正しく勝たねばならないんだ。
そうでなければ国民は納得しない。大衆は自分が悪の側にいるとは思いたくないものだからな」
士気の上がらない敵軍の姿をながめながら、スネイカーは言った。
―――
「賛成161、反対286、棄権3。よって補正予算案は否決されました」
エルフ族の議長が結果を告げると、議場全体で盛大な拍手が巻き起こった。
「なんと愚かな選択だ!」
ベルナール総統は顔を真っ赤にして立ち上がった。「真に国を愛する政治家なら、目先の選挙の結果よりも将来を見据えた判断をするべきでしょう! 大局的な視点に立てば、ここで戦争をやめることは――」
「総統、見苦しいですよ。すでに結果は出たのです」
議長は冷たく言い放った。「総統のやるべきことは、この益のない戦争を一刻も早く終わらせることです。それが民意です」
―――
「大評議会は何を考えているんだ! ここまで敵を追いこんでいるというのに!」
本国から届いた指令書を読んだモーリスは、怒りで頭をかきむしった。
「やはり、援軍は来ないのか?」
ガルズは暗い表情でたずねた。
「来ない。それだけではなく、私たちもすぐに本国に撤退せよとのことだ」
「そうか……やむを得ん。引き揚げるしかないな」
ガルズも悔しそうに唇をかみしめている。「だが退却するなら慎重に行わねばならぬな。敵に背を向ければ、背後から追撃されて大きな被害を出す恐れがある」
戦闘でもっとも大きな被害が出るのは、退却中に後ろから追撃された時である。
「それはないだろう。まさか200人に満たない兵力で、1万人に近い軍を追撃してくるはずがない」
「む、確かにそうだな、スネイカーがそんな無謀なことをするはずがないか」
確かにスネイカーには追撃の意志はなかった。
その代わりスネイカーの同期生たちが、牙を研いで待っていた。モーリスとガルズは、そのことを知らない。
そして彼らには、もう1つ知らないことがあった。
リザードマン虐待の容疑が、自分たちにかけられていることである。彼らは無事に本国に帰れたとしても、軍事裁判にかけられる運命が待っていた。
―――
レイシールズ城を包囲していた共和国軍が、すべていなくなった。
見張りの兵士からその報告を聞き、スネイカーはアダーと共に主塔の屋上へとやってきた。
そこにはすでに多くの女性兵士が集まっていた。
「夜の間に撤退したものと思われます。ここから見る限り、敵の姿はありません」
ジェイドが代表して報告をした。
スネイカーはうなずき、自分の目で確認をする。
屋上からは辺り一帯を広く見渡すことができた。
昨日まで敵軍の天幕が並んでいた場所が、すっきりと何もなくなっていた。上空を舞う鳥以外には、動くものの姿はない。
(勝ったか)
スネイカーは安心してへたりこみそうになった。
だが、ここで情けない姿を見せるわけにはいかない。兵士たちは指揮官の言葉を待っていた。
スネイカーは拳を高く突き上げ、兵士たちに向かって叫んだ。
「俺たちの、勝ちだ!!」
ワァッと大歓声が上がった。
「勝った!! 勝った!!」
「私たちは、勝ったんですね!」
「すごいですよ! 300人で1万人を撃退するなんて!」
「これで死んでいった仲間たちも浮かばれます!」
「はあ……勝っちゃいましたね……」
兵士たちは口々に歓喜の声を上げ、感情を爆発させた。ググだけは寂しそうだ。
「スネイカーさん、よかったです、本当に……」
アダーは涙を流しながら、スネイカーの胸に顔をうずめてきた。
(母親の死も経験したし、12歳の少年には苦しい日々だっただろうな)
「よくがんばったな、アダー」
スネイカーは優しく彼の頭をなでてやった。
「あーっ、うらやましい! アタシの頭もなでてください!」
ググが近寄ってきて、頭を差し出してきた。
「この変態女、将校殿に近付くな!」
すかさずパティが押しとどめた。
「あの、将校殿、でしたら私の頭をなでてもらっても、いいですか?」
「ちょっとマイラ、大人しそうな顔して、しれっと変なことを言わないで!」
「抜け駆けは軍規違反だよ!」
マイラとリリアンとシエンナが言い争っている。みんな気が高ぶっているようだ。
アダーはそんな兵士たちを見て目を丸くしている。防衛戦の最中は、彼女たちがこんなに楽しそうにはしゃぐことはなかったのだ。
「スネイカー様、これで戦争は終わったのでしょうか?」
ジェイドが隣に立ち、問いかけてきた。さすがに彼女は冷静さを失っていない。
「外の状況がわからないので何とも言えないが、リザードマンたちの反戦運動が成功していれば、これ以上の戦闘は行われないだろう。この後は再び休戦になるか、講和条約を結ぶか、あるいは逆にこちらから攻め込むか、それを決めるのは王だ」
「王は結局、援軍を送ってはくれなかったようですね」
ジェイドの言葉には強烈な不満がにじんでいた。
「そうだな。でもひょっとすると、独断で援軍に駆けつけてくれた奴らがいたかもしれない。姿は見えなかったが、兵力が少なすぎて共和国軍を蹴散らすことまではできなかったんだろう。それでも何らかの方法で、俺たちの助けになってくれていたような気がする」
「フフッ、ひょっとしてスネイカー様の同期生の方たちですか? そこまで信頼できる友人がいるのは、素敵なことですね」
「まあな。だがレイシールズ城を最後まで守り抜くことができたのは、間違いなく君たちの功績だ。胸を張ってくれ」
「それを言うなら、一番功績が大きいのはスネイカー様です」
ジェイドはそう言うと、兵士たちに声をかけた。「みんな、この勝利はスネイカー様によるものです! 改めてみんなで敬礼をしましょう!」
「はい!!」
ジェイドの指示に従い、兵士たちはスネイカーの前に整列した。
「私たちの偉大なる指揮官に、敬礼!!」
ジェイドの言葉に続き、兵士たちが一斉に左手を上げた。
それを見たアダーもニヤニヤと笑いながら左手を上げ、大声を発した。
「サーペンス王国の偉大なる軍神に、敬礼!」
(くっ、アダーの奴、俺をからかってやがるな……! 自分から軍神なんて言うんじゃなかった……)
軍神という言葉を耳にした兵士たちは、かしましい歓声を上げた。
何はともあれ、69日間におよぶ攻城戦は、防衛側の勝利という形で幕を閉じた。




