24.軍神のスネイカー
夜になったため共和国軍は攻撃を停止した。
多くの犠牲者を出しながらも、レイシールズ城の大部分を制圧している。残っているのは中央に立つ主塔だけだ。もはや勝負はついたと言っていいだろう。
勝利の功労者であるガルズは、負傷者用の天幕に運び込まれていた。城壁の上から地面に落下したものの、一命をとりとめたのである。
意識ははっきりしているが、自力では起き上がれない状態だ。
「無理はするな、ガルズ将軍」
モーリスが天幕に入ってきた。「それにしても、おそろしいぐらい頑丈な体だな。よくもまあ、あの高さから落ちて生きていたものだ」
「うむ、しっかりと受け身をとったからな」
「ハハッ、まるで冗談のようにしか聞こえんな」
モーリスは愉快そうに笑った。「すでに城域のほとんどを制圧し、残っているのは主塔だけだ。これはおまえと人狼たちの功績だ。胸を張れ」
「スネイカーはどうなった?」
ガルズは一番気になっていることをたずねた。
「主塔に運び込まれたようだ。おそらく死んではいない」
「そうか……」
ガルズは無念そうにうめいた。「奴にとどめを刺すことができなかったのは、俺の失態だ。屈強な女兵士に邪魔をされてしまった」
「それでも重傷を負っているのは間違いない。指揮官がそんな状態では、兵士は戦えん。心配はいらん、もう城は落ちたも同然だ。明朝、残った主塔に総攻撃をかける。この攻城戦も終わりだ」
「そうか、俺も近くで最後の戦いを見届けさせてもらおう」
「好きにしろ」
スネイカーを逃がしてしまったとはいえ、彼らは勝利を疑ってはいなかった。
―――
スネイカーはベッドの上で目を覚ました。
周囲は真っ暗だが、ここが自分の部屋であることはわかった。
(俺は、生きているのか)
手足はなんとか動かせるが、起き上がるのは難しそうだ。
熱い。爪でえぐりとられた胸の傷は、痛いというよりも熱かった。まるで焼きごてを押し付けられているようだ。
だが感覚があるということは、生きているということだ。
「よかった。目を覚ましてくれた」
横から子どもの声が聞こえた。
「アダーか?」
「はい」
「戦いはどうなった?」
「外城壁は放棄して、みんな主塔に避難しました。敵は夜になってから引き揚げました」
「こちらの被害は?」
「戦死者が78人、重傷者が35人です」
(なんてことだ……)
「ソニアはどうなった?」
「…………」
アダーは答えなかった。代わりにしゃくりあげる声が聞こえた。
(逝ったのか、ソニア。俺を助けるために……)
スネイカーも泣きたい気分だが、ソニアはそんなことを望んではいない。
「アダー、明かりをつけてくれ」
「はい」
アダーはランプに火を灯したが、自分は明かりの死角になる位置に移動した。
「どうした? 顔を見せてくれ」
「嫌です」
アダーは震え声で答えた。「今の僕の顔を、スネイカーさんに見せたくありません」
スネイカーはそれ以上、何も言えなかった。
自分の体に目を向けると。上半身が包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「鎖帷子がズタズタに引き裂かれていました。人狼の爪ってすごいですね」
アダーは感情を押し殺すようにして説明した。「重傷ですが、命に別状はありません。司祭様が言うには、安静にしていれば1か月後には歩けるようになるそうです」
(冗談じゃないぞ)
スネイカーは起き上がろうとした。激痛で気を失いそうになる。
「動いちゃだめですよ!」
アダーが怒ったように言った。
「問題ない」
「問題ないわけないでしょう! 今は安静が必要なんです!」
「俺は指揮官だ。こんな大事な時に寝ているわけにはいかない」
「無理をして勇ましいことを言わなくてもいいですよ。ここには僕しかいないんですから、いつもみたいに弱音を吐いてください」
「今は勇ましいことを言うべき時だ。ソニアもそれを望んでいたはずだ」
「お母さんはスネイカーさんに生きていてほしいからこそ、自分が犠牲になったんです! どうか無理をしないでください! スネイカーさんはたくさんの血を失いました! 動くと危険なんです!」
アダーは泣き叫ぶように言った。顔は見えないが、涙でぐしゃぐしゃになっているのは間違いない。
「動かないほうがよっぽど危険なんだ。主塔が落とされれば、おそらく俺たちは皆殺しになる」
スネイカーは諭すように言った。「敵は明朝にも総攻撃をかけてくる。指揮官が動けない状態では、戦いにならない」
これが正論であることは、アダーにも理解できた。
「ソニアが命懸けで俺を助けたのは、俺ならこの城を守り抜いてくれると信じたからだ」
スネイカーは続けた。「だから俺はソニアのためにも戦わなきゃならない。そう思わないか?」
「……確かにそのとおりです。お母さんは誰よりも、この城を守りたいと思っていました」
アダーは沈んだ声で認めた。「じゃあせめて、今夜はゆっくりと休んでください。明日の朝になって、少しは体調がよくなっていれば――」
「それじゃ遅い、今動かなきゃダメなんだ」
スネイカーは痛みをこらえ、強引に体を起こした。「今ごろ兵士たちは、俺が重傷を負ったと思って絶望しているはずだ。実は軽傷だったと信じさせるためには、今すぐ元気な姿を見せる必要がある」
「そんな弱った姿を見たら、余計不安になりますよ」
「弱った姿は見せない。俺は兵士たちの前ではずっと虚勢を張ってきた。ここで虚勢を張らずにどうする。さあ、サーコートとブーツを用意してくれ。――いや、そのまえにワインだ。ワインをくれ」
「そんな体でお酒を飲むんですか?」
「今こそ酒が必要な時だ」
アダーはもう、反論しなかった。
重傷者を除くすべての兵士が大広間に集められた。
各所で篝火が焚かれ、一人ひとりの顔が確認できるほど明るくなっている。
スネイカーが大広間に入ってくると、女性兵士たちがざわついた。
しっかりと自分の足で歩いている。きっちりと軍装を身に着けており、腰には剣も佩いていた。とても重傷を負っているようには見えない。
大量の血を失ったはずなのに頬には赤みが差し、にこやかな笑みさえ浮かべている。隣に寄り添うアダーの不安そうな表情とは対照的だ。
(なんとかここまでは来れたか。ワインの力は偉大だな)
今すぐベッドに横になりたくてたまらない。だがソニアや死んだ兵士たちの顔を思い浮かべることで、なんとか耐える。
「スネイカー様、起き上がって大丈夫なのですか?」
ジェイドが心配そうに駆け寄ってきた。失った左目には眼帯があてられている。彼女も重傷者に分類されているはずだが、当然のようにここにいた。
「ああ、思ったより軽傷だったようだ。それより君は大丈夫なのか?」
「ええ、私もたいした怪我ではありません」
(なるほど、俺と同じく虚勢を張っているわけか)
スネイカーは頼もしい副兵士長に微笑みかけると、壇に上った。
「聞け! レイシールズ城の誇り高き戦士たちよ!」
スネイカーは声を張り上げた。大声を出すたびに激痛が走るが、必死でこらえる。
「俺たちは兵士長のソニアを始め、多くの仲間を失った! だが、まだ負けてはいない! ここに俺と君たちがいる! 仲間たちが命懸けで敵を食い止めてくれたおかげで、生きてここに立っている!」
スネイカーの声には力があった。その姿を見て、重傷を負っていると思う者はいないだろう。
ついさっきまで不安と絶望に満たされていた兵士たちは、元気な指揮官の姿を見て希望を取り戻した。
「俺たちに残されているのは、この主塔だけだ。だが問題ない。守るべき拠点が少なくなったため、ここにいる187人の兵士でも充分に防衛が可能だ」
「スネイカー様のおっしゃる通りです。レイシールズ城の主塔は最後の砦、特に堅固に造られています」
ジェイドも兵士たちを励ました。彼女だけはスネイカーの虚勢に気付いているのかもしれない。
「ジェイドの言う通りだ。敵は明朝にもここを攻めてくるだろうが、怖れる必要はない。敵は指揮官が重傷を負ったと思って油断している。しかし俺は、こうして元気に立っている」
(今にも倒れそうだけど)
アダーが何も言わずにグラスを差し出した。
スネイカーはそれを受け取り、グイっと飲み干した。水だった。
「その通りです! 将校殿がおられる限り、アタシたちは負けません!」
広間に響き渡る大声を出したのは、ググだ。ソニアからスネイカーを守ることを託された彼女は、見たこともないような真剣な表情をしている。
「ググの言うとおりだ! 俺が指揮をとる限り、絶対に負けることはない!」
スネイカーは断言した。この状況では、謙譲は美徳ではない。自分がいかに優れた指揮官であるかを、兵士たちに示さねばならない。
「その通りです!」
「将校殿のすごさは、今までたくさん見てきました!」
「花の第8期の首席の称号は伊達じゃありません!」
兵士たちは口々にスネイカーを称えた。
(首席か……。今さら士官学校の成績なんてたいした意味もないが、そういえば――)
スネイカーは思い出した。花の第8期の同期生たちの間では、互いにあだ名をつけることが流行っていた。
エステルは『常勝』、リンクードは『完璧』、フィディックは『堅実』といった具合に、各人の特徴に合わせた異名をつけて呼び合っていたのである。
スネイカーにも異名がついていたが、それはあまりにも恥ずかしいものだったので、呼ばれても嬉しくはなかった。
だが兵士たちを鼓舞するには、その異名にも多少の効果はあるかもしれない。
「尊敬すべき花の第8期の同期生たちは、俺にこんな異名をつけた!」
スネイカーは熱に浮かされたためか、酔いのためか、恥ずかしげもなく言い切った。
「俺は『軍神』のスネイカーだ!!」




