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軍神のスネイカー ~天才指揮官と女性兵士たち~  作者: へびうさ


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23/33

23.勝利の雄叫び

 肩から腹にかけて、大きく肉を削り取られた。

 傷は内臓には達していないようだが、かなりの重傷を負ったことは間違いない。


(ねらいは、俺だったのか)


 その人狼のしてやったりという顔を見て、スネイカーは悟った。

 実に効果的な戦術だ。指揮官が倒れれば、残された兵士たちは途方に暮れるしかない。


(ここで死ぬわけにはいかない)


 人狼の追撃をかわすため、なんとか距離をとろうとする。

 だが、相手の方が動きが速かった。


「とどめだ!!」


 ガルズが再び鋭い爪を振りかざす。


「させるか!!」


 駆けつけてきたソニアが戦鎚(せんつい)で殴りつけた。ガルズは身をよじってそれをかわす。


「女、邪魔をするな!」

「黙れ、犬ちくしょう!」


 ガルズの爪とソニアの戦鎚が激しくぶつかった。

 ぶつかり合いは互角だ。激しい衝突で互いにバランスを崩した。

 ソニアは後ろに倒れ込み、ガルズも後方にふらついて胸壁に足がかかった。


「やあああああっ!!」


 いつの間にか現れたググが、ガルズに向かって体当たりを敢行した。体重では大きく劣る彼女でも、速度が加われば大きな衝撃が生まれる。


「ウォッ!? き、貴様っ!」


 ガルズの体がのけぞった。その後ろには何もない。ググのねらいは、地面に突き落とすことだ。


「落ちろーっ!」

「くっ! スネイカーの死を確認するまでは、俺は死なぬ――」


 ガルズは必死に体勢を立て直そうともがく。そうはさせまいと、ググはしがみつく。


「どっこい……しょっ!!」


 ググはガルズに組み付いたまま床を蹴り、そのまま空中へと押し出した。自分も一緒に落ちようとする勢いだ。


「ぬうっ、指揮官を助けるために自ら犠牲となるか」


 ガルズは思わず感嘆の言葉をもらしたが、ググに悲壮感はない。子どものように無邪気な笑顔を浮かべている。


(あいつ、死を楽しんでるな……!)


 スネイカーはググを怒鳴りつけようとしたが、声が出ない。

 そのままググは躊躇(ちゅうちょ)なく体を預け、やがて2人は組み合ったまま地上に落下していった。


 ――と思いきや、落ちたのはガルズだけだ。ソニアが身を乗り出して、ググの足をつかんでいた。

 ソニアはググを城壁の上まで引っ張り上げると、大声で叱りつけた。


「おまえはいつもいつも、簡単に死のうとするんじゃねえ!」


 そしてポンと頭を小突(こづ)いてから、続けた。「だが、よくやった」


(無事だったか)


 安心したスネイカーは、ひざをついた。足に力が入らない。出血が多すぎる。


「スネイカー殿!」

「将校殿! しっかりしてください!!」


 ソニアと兵士たちが駆け寄ってきた。


「大丈夫だ」


 と答えたいのだが、やはり声が出ない。

 痛い。熱い。現実感がない。

 意識がもうろうとしていて、自分が立っているのか倒れているのかもわからない。


「すぐに治療を! いや、まずはスネイカー殿を安全なところへ!」


 あせったようなソニアの声が聞こえる。

 澄み切った青空が見えた。自分は仰向けに寝かされていた。


(寝ているわけにはいかない。このままでは……)


 自分が指揮をとらねば、敵の攻撃を防げない。しかし気力だけではどうしようもなかった。


「ここまでだ! 外城壁を放棄し、主塔(キープ)へ撤退する!」


 ソニアの号令が聞こえた。妥当な判断だと思った。そうしなければここで全滅する。


「早くスネイカー殿を主塔まで運べ! それ以外の者たちも順次撤退しろ! ジェイド、指揮を頼む!」

「わかりました! ソニアさんは?」

「あたしはここに残る!」


(だめだ)


「ソニア……おまえも撤退しろ……」


 ようやく声が出た。


「スネイカー殿、誰かが残って敵を食い止めなければ、主塔にまで侵入されます!」


(ああ……いまいましいことに、まったくその通りだ)


「兵士長! 私も残ります!」

「私も兵士長と共に戦います!」

「将校殿や仲間たちを助けるために死ぬなら、本望です!」


 兵士たちが、次々に声をあげた。


「よく言った! ではおまえらは、あたしと共に死ね! 国のために死ね!」


(違う! 生きるために戦えと、俺が最初に言ったのを忘れたのか!)


 そう言いたかったが、口からはヒューヒューと息がもれるだけだ。

 スネイカーは指一本動かせないまま、即席の担架に乗せられて運ばれていった。


 もはや考える力も残っていない。

 ゆっくりと目を閉じた。

 きれいな青空だけが、目に残った。




―――




「おりゃああっ!」


 ソニアは戦鎚を振り下ろし、登ってきた人狼の頭を叩き潰した。人狼は低いうめき声と共に落下していった。


 ふうっと息をつく。壁上歩廊から中庭に目を向けると、兵士や男たちが主塔(キープ)へと退避していく様子が見えた。


(なんとかここで敵を食い止めねえと)


 壁上歩廊に残っている兵士は、ソニアを含めて80人ほどだ。

 スネイカーや仲間たちが主塔に退避する時間を稼ぐため、残った者たちだ。


 死ぬ覚悟を決めた者たちの士気は高い。彼女たちの必死の応戦により、なんとか踏みとどまっていた。

 踏みとどまれているのは、敵の攻撃がぬるくなったことも理由だ。


 絶対的な指揮官であるガルズが城壁から落下し、生死不明のまま後方に運ばれていったため、人狼の兵士たちの士気が大きく下がったのである。

 それでも撤退せずにハシゴを登ってくるのは、攻撃の意識が共有されているからだ。


 やはり人数の圧倒的な不利はどうしようもない。各所で壁上への侵入を許し始めていた。

 兵士たちはクロスボウを剣に持ち替えて迎え撃つが、女性兵士用の軽い剣では、分厚い毛皮に覆われた人狼の体を傷つけることはできない。


「剣を持ったら斬ろうとするな! 突け! 体ごとぶつかって突き殺せ!」


 ソニアは戦い方を指示した。斬るよりも突けというのは、スネイカーが内通者を殺した時に言っていた言葉だ。


「ボヒット村の一の太刀!」


 ググが気迫のこもった掛け声と共に、人狼の胸を剣で刺し貫いた。

 ソニア以外で人狼を相手に有利に戦えているのは、彼女だけだ。


(こいつは当たり前のように残ってるな。頭はおかしいが、有能な奴だ。ここで死なせるわけにはいかねえ)


 スネイカーの傷は致命傷ではない。意識が戻れば、きっと敵を撃ち破ってくれる。

 ソニアはそれを疑わないが、そのためには優秀な部下が必要だ。ググならば、きっとスネイカーの力になってくれるだろう。


「おいググ! てめえは主塔に戻れ! そしてスネイカー殿を守れ!」


 ググにとって思いもよらない言葉だった。


「え!? 今さら逃げろと!? でも兵士長、アタシは――!」

「これは命令だ!!」

「――――っ!」


 命令と言われて、ググは言葉を詰まらせた。


「スネイカー殿は今後のサーペンス王国を背負って立つ軍人だ! この防衛戦が終わった後も、力になって差し上げろ! おまえならできる!」

「だったら兵士長も生きるべきです! アダー君のためにも!」


 アダーの名前を出されて、ソニアの気持ちが揺らいだ。


(ググのくせに、まともなことを言いやがる)


 愛する息子と一緒にいたいのはもちろんだが、それはできない。自分がここを離れれば、戦線が完全に崩壊する。


(あたしは母親失格だな)


「ググ、あたしの代わりにアダーのことも守ってやってくれ。頼む」


 ソニアに見つめられたググは、諦めたようにうなずいた。

 そんな彼女の背後に、1人の人狼が迫ってきた。


「危ないググ!! 後ろだ!」

「え?」


 振り返ったググの頭に、人狼が爪を振り下ろそうとする。


「てええええいっ!」


 兵士の1人が人狼に横から体当たりをすると同時に、その脇腹を剣で貫いた。


「ルイーズ隊長!」


 ググを助けたのは、第5小隊隊長のルイーズだった。


「ググ、早く主塔へ行きなさい!」


 ルイーズは倒れた人狼にとどめを刺しながら、叫んだ。

 彼女だけではない。近くにいた兵士たちもググを守るように壁をつくった。


「ここは私たちに任せて!」

「ググ、あなたならできるよ!」

「私たちの代わりに将校殿の力になってあげて!」


「みんな……うん、任せて!」


 ググは泣き顔でうなずくと、ビシッと敬礼をしてから背を向け、階段を駆け下りて行った。

 それを見届けたソニアは、残った兵士たちに声をかけた。


「よし、あたしたちは1匹でも多く、ここで犬を仕留めておくぞ!」

「はい!!」


 兵士たちは声をそろえて答えた。


(あたしはいい部下を持ったな)


 だからこそ、死なせたくない。ここに残った勇者たちを、1人でも多く生き残らせたい。

 だが、それはできなかった。味方の避難が終わるまで敵を食い止めるためには、彼女たちの力が必要だ。


「この戦いは、あたしたちの勝利だ!!」


 ソニアは人狼たちにも聞こえるよう、声を張り上げた。「スネイカー殿は生きている! あたしたちが主塔へ逃がしたんだ! だから勝ったのは、あたしたちだ!」


 普通の攻城戦なら、外城壁を越えられた時点で守備側の敗北だ。

 しかしスネイカーが指揮をとれば、主塔だけが残された状態でも勝つ。ソニアはそれを確信していた。


「勝った!」

「勝った!」

「勝った!」


 兵士たちは勝った勝ったと叫びながら戦った。

 城壁を越えてきた人狼は、鬼気迫る形相の女たちによって次々と突き殺された。


 しかし多勢に無勢はどうしようもない。「勝った」と叫ぶ声は徐々に減っていった。

 壁上歩廊には、味方と敵の死体が散乱していた。


(ここまでだな)


 すでに傷だらけのソニアは、3人の人狼に取り囲まれた。周囲にはもう、立っている味方の姿はない。

 ちらっと後ろに目を向けると、すでに主塔の門が閉じられているのが見えた。味方の避難は終わったようだ。


(スネイカー殿、どうかこの国を守ってください)


「おりゃあああっ!」


 正面にいた人狼の頭をねらって戦鎚を叩きつけた。ねらいたがわず、人狼の頭ははじけとんだ。

 しかし別の人狼の爪で、脇腹をえぐり取られた。致命傷だ。


 ソニアはよろけながらも遠心力をつかって戦鎚を振り回し、2人の人狼を同時に吹っ飛ばした。


 そしてバランスを失って尻もちをついた。

 大量の血と共に、ソニアの生命力が流れ出していく。もはや立ち上がる力は残っていない。


「……様……あたし……頑張りましたよ……」


 そうつぶやくと、仰向けに倒れこんだ。

 見上げた空は、真っ暗だった。

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[良い点] いやあああああああ( ノД`)シクシク…
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