22.猛攻
共和国軍による猛攻が始まった。
城壁の各所にハシゴがかけられ、敵の兵士たちが次々と登ってくる。
今回の相手は寒さで動きの鈍いリザードマンではなく、パワーとスピードが桁外れの人狼だ。
人狼はクロスボウで迎撃されても、石を落とされても、まったくひるまずにハシゴを登ってくる。リザードマンとは迫力が段違いだ。
人間の兵士による地上からの援護射撃も激しい。なんとしても城を落とすという共和国軍の強い意志が、ひしひしと感じられた。
(ついに本気で攻めて来たか……)
スネイカーがもっとも恐れていた事態である。犠牲をいとわない力攻めをされては、人数の少ないこちらは苦しい。
坑道戦で勝利し、魔法使いも倒し、楽観的な気分になりかけていた兵士たちは、突然の猛攻にとまどっていた。
「怖れるな! 人狼は無敵じゃない!」
スネイカーは懸命に兵士たちを叱咤激励する。「あいつらだって矢が刺されば死ぬ! 高いところから落ちても死ぬ! ここが地獄だということを教えてやれ!」
「はいっ!!」
兵士たちもそれに応えて、勇気をもって戦っている。それでも体力に劣る女性兵士たちは徐々に押されていった。
(まずいな、兵力が足りない)
ハシゴは10か所以上かけられているため、守るべき拠点が多い。
男たちも石を運んだり負傷者の治療を行ったりして防戦に協力してくれているが、それでも手が足りなかった。
できれば予備の兵力を残しておき、危なくなったところに援兵を送り込むという戦い方をしたいのだが、とてもそんな余裕はない。
スネイカー自らが剣をとって戦わねばならない状況である。
「オラァ!! サーペンス王国をなめんな狼ども!!」
ソニアも戦鎚を振り回し、率先して戦っていた。通常のものよりも巨大な戦鎚で、腕力自慢の男でも扱うのが難しい代物だ。
敵が近くまで登ってきた場合は、斬るよりも叩き落としたほうが早い。そう考えてソニアはこの武器を選んだのだろう。頼もしい兵士長である。
屈強な人狼と近接戦闘で勝負ができるのは、スネイカーとソニア、あとはググくらいだ。
ググはスネイカーの指示により、一か所にはとどまらずに手薄なところを援護するように戦っている。
「イィヤッホーッ!! 死ねぇっ! 殺せぇっ!」
ググはこんな危機的状況でも、いや危機的状況だからこそか、実に楽しそうに戦っていた。
狭間胸壁の上を全速力で走ったり、ハシゴを降りていって人狼の頭に剣をぶっ刺したりと、無茶な戦い方をしている。あまりにも目立つので地上からの射撃の標的になっているが、なぜか彼女には矢が当たらない。
(あいつは死の天使に嫌われてるんじゃないのか?)
ググなら何をやっても死なないような気がした。
だが、他の兵士はそうではない。
「副兵士長殿っ!!」
悲鳴が聞こえた方向に目を向けると、ジェイドの左目に矢が突き刺さっているのが見えた。
スネイカーはあわてて彼女に駆け寄った。
「ジェイド! 下がって治療を受けろ!」
「いえ、副兵士長の私がここを離れるわけにはいきません!」
「そんな重傷で、何を言ってるんだ!?」
「大丈夫です。おそらく矢は脳には達していません」
ジェイドは自分の手で矢を引き抜いた。矢じりに眼球がついてきた。
スネイカーは彼女のことを常識的な人間だと思っていたが、そうでもないのかもしれない。
「それよりスネイカー様、北側の防御が崩れかかっています!」
ジェイドは左目を失ったにもかかわらず、冷静に戦況を把握していた。
「わかった、ここは任せたぞ!」
ジェイドの状態が心配だが、今は構っている余裕が無い。スネイカーは北側の城壁に向かって走った。
現場に近付くと、人狼が胸壁を乗り越えようとしているのが見えた。
(まずい!)
人狼はそのまま壁上歩廊に降り立ち、近くにいた兵士の脳天に右腕を振り下ろした。
その兵士は悲鳴をあげることもできず、頭頂から顎まで鋭い爪で引き裂かれた。脳漿と血液が飛び散り、顔が消失した。
「いやあああっ!! メアリーっ!」
女性兵士たちの悲鳴が響き渡った。メアリーと呼ばれた兵士は倒れ伏し、ピクリとも動かない。即死だろう。
(ちくしょうっ! 守れなかった!)
ついに戦死者が出た。戦闘で1人も犠牲を出さないのは無理だとわかっていたが、やはりショックが大きい。
「うおおおおっ!!」
スネイカーは怒りに任せて人狼に向かって突進し、その胸を剣で貫いた。
「ガアッ!!」
断末魔の叫びをあげる人狼を城外に蹴り落としてから、呆然としている兵士たちに喝を入れる。
「メアリーの死を無駄にするな! ここは絶対に守るぞ! 俺も一緒に戦う!」
気持ちが萎えかかっていた兵士たちは、指揮官の声に励まされて勇気を取り戻した。
彼女たちは「はいっ!」と威勢よく返事をすると、再び戦い始めた。
それからも各所でギリギリの戦いが繰り広げられた。
厳しい状況にもかかわらず、これまでの戦いで成長している兵士たちは、わずかな犠牲で踏みとどまっていた。
しかし敵の戦意も並外れている。戦死者は人狼のほうがはるかに多いのだが、彼らは仲間の屍を踏み越えて登ってきた。
(どうやら兵力を温存するのはやめたようだな。どれだけの犠牲を出そうとも、ここで城を落とす覚悟か)
共和国軍にとって人狼族の兵士は、王国領へ侵攻するための切り札のはずだ。魔法使いを失った今は、特に重要な戦力である。
それなのに犠牲を覚悟で強引に攻めてくるのは、先へ進むよりもレイシールズ城を落とすことを優先したということだろう。
スネイカーはそう判断した。
敵のねらいがレイシールズ城の陥落ではなく、自分を殺すことだと思い至らなかったのは、自己評価が低いためかもしれない。
―――
地上で戦況を見守っていたガルズは、その並外れた聴力により、城壁の上で指揮をとっている男の声を聞き取った。
「そこにいたか、スネイカー!」
ガルズはついに動いた。北側の城壁にかけたハシゴまで全速力で駆けると、自らハシゴを登り始めた。彼の手には武器も盾も握られてはいない。
(ひたすら速く、とにかく速く、城壁の上までたどり着く! 一瞬の虚をつき、ここでスネイカーを討ち取る!)
時間を与えれば、スネイカーは自分が狙われていることに気付くだろう。考える時間を与えてはならない。
スネイカーの指揮能力は、やはり非凡なものだった。
突然の人狼族の猛攻に最初はとまどっていたようだが、今では完全に対応されている。
このままハシゴ登りを続けても、味方の犠牲が増えるだけだろう。
(だが、スネイカーさえ仕留めれば!)
ガルズは先に登っている部下を踏み台にして乗り越えながら、強引にハシゴを駆け上がっていった。
自分が死地に向かって突き進んでいることは理解している。たとえスネイカーを討ち取ることができたとしても、その後周りにいる兵士たちに殺されるかもしれない。
(それでも構わぬ。祖国を守るためなら俺の命など安いものだ。スネイカーと相討ちになるなら本望だ)
矢の雨をかいくぐり、ただひたすら上を目指す。
最後の一歩は、ハシゴを蹴って跳躍した。
ついにガルズは、城壁の上に降り立った。
周りの女たちが悲鳴をあげているが、それはどうでもいい。
あわててこちらに駆けつけてくる兵士の姿も見えるが、それもどうでもいい。
最初に目に映った男がスネイカーであることはすぐにわかった。まとっている空気が明らかに違う。
スネイカーの反応は早かった。ガルズが動き出す前に、一瞬で距離をつめて剣を突き出してきた。
優男のような見た目に反して、意外にも鋭い剣筋だ。他の人狼であれば突き殺されていただろう。
ガルズは素早く床を蹴って剣をかわした――と思ったが、かわせていない。剣は肩に突き刺さっていた。予想以上にスネイカーの剣が速かったようだ。
(だが、急所でなければ問題ない!)
ガルズは左手でがっちりと剣の刃を握った。
スネイカーと目が合ったその瞬間、勝利を確信した。
「ゴアアアァァァッ!!」
ガルズは響き渡る咆哮と共に、鋭い爪を肩口に振り下ろした。
サーコートの下に鎖帷子を着込んでいるようだが、そんなもので人狼の強力な爪は防げない。
ガルズの爪はスネイカーの胸を大きく引き裂いた。




