21.ガルズの覚悟
レイシールズ城から最も近い集落であるオルガ村は、農村としては大きな部類に入るが、それでも人口は500人程度に過ぎない。
共和国軍が略奪を行うために派遣した部隊の人数は1000人。相手は武器も持たない村人であることを考えれば、過剰な兵力と言っていい。
村の周囲は木の柵で囲ってあるが、そんなものは正規軍による略奪の前には何の役にも立たないだろう。
「まずは、あの邪魔な柵を倒せ」
指揮官の指示により、兵士たちは巨大な丸太を抱えて柵に突っ込んでいった。勢いをつけて丸太をぶつけると、激しい衝撃音とともに柵がグラリと傾いた。
その直後、矢の雨が降ってきた。
「村人が攻撃してきたぞ!」
反撃を予想していなかった略奪部隊は、防御の用意がない。兵士たちは矢を受けてバタバタと倒れていった。
「ちっ、農民のくせに抵抗するつもりか!」
なめきっていた相手に反撃され、指揮官は頭に血が上った。抵抗する者は殺せという指令が出ている。
「ひるまずに柵を倒せ! その後、全員で突入する!」
兵士たちは繰り返し丸太をぶつけ、柵を強引に押し倒した。
そして彼らは驚くべき光景を目にすることになった。
「まさかあれは……防御陣地か!?」
村の内部には、大きな荷車を並べて円陣がつくられていた。襲撃に備えて準備をしていたとしか思えない。
とまどう略奪部隊に向かって、先ほどを上回る量の矢が一斉に飛んできた。戦う覚悟のできていなかった兵士たちは、悲鳴をあげて逃げ惑う。
「一斉射撃とは……戦いに慣れた者が指揮をとっているな」
共和国軍の指揮官は、軽い気持ちで略奪に来たことを後悔した。
―――
共和国軍の兵士たちがバタバタと倒れていく。
「や、やった!」
「俺たちも共和国の兵士を倒せたぞ!」
村人たちは口々に快哉を叫んだ。
そこへ、凛とした女性の声が響き渡った。
「気を抜くな、まだ終わりじゃない! 前列は後ろへ下がれ! 二列目、前に出ろ!」
指揮をとっているのはスネイカーの同期生、花の第8期のエステルである。
細身の剣を頭上に掲げ、燃えるような赤い髪をなびかせて立つその姿は、さながら戦場の女神だ。
「故郷を守るため、家族を守るため、これから生まれてくる子どもたちを守るため、勇気を振り絞れ!!」
「はい!!」
村人たちはエステルの激励に応え、キビキビと動いた。
老人や女までがクロスボウを手にして戦っている。怖れている者は誰もいない。
エステルの鼓舞は、臆病者を勇者に変える。それが『常勝』と称される彼女の力だ。
「いやあ、これ以上ないほど士気が高まってますね。さすがエステルさんです。僕じゃ何を言っても、村人たちは動かなかったのに」
飄々とした態度で声をかけたのは、これもスネイカーの同期生の1人、『堅実』の異名を持つフィディックだ。
「おまえは見るからにうさんくさいからな」
「ひどいことを言うなあ」
「まあ外見など気にするな。おまえは共和国軍がこの村に来ることを読み切っていた。たいしたものだ。褒めてやる」
共和国軍の襲撃を予想したフィディックは、村人たちに逃げるよう呼びかけた。しかし村人たちは信じず、動こうとしなかった。
それなのに後からやってきたエステルが呼びかけると、村人たちはすぐに信じた。逃げるのではなく戦えという命令にも、素直に従った。
エステルには騎士としての実績があるから、という理由だけではない。彼女は生まれ持ったカリスマにより、自然に人を従わせてしまうのである。
「略奪を読んでいたのはエステルさんも同じでしょう。意外なのは、あなたが村を守ろうとしてることですよ。てっきりレイシールズ城に直行すると思ってたんですがね」
「200人では何の助けにもならんだろう。私はそこまで自分の力を過信していない」
エステルが率いてきた兵力は、自腹で雇った200人の傭兵だけである。フィディックが率いている100人の兵士と合わせても、1万人の共和国軍と戦うにはまったく足りない。
「それに私もサーペンス王国の軍人だ。国民が襲われるのを黙って見ていることはできない」
「すばらしい。その言葉、あなた以外の騎士たちに聞かせてやりたいですね」
騎士が守ろうとするのは王侯貴族や聖職者など、身分が高い者たちだけだ。下賤な村人を守るために戦う騎士など、いるはずがない。エステルは数少ない例外である。
「おしゃべりはここまでだ。そろそろ敵は退却するぞ」
敵軍の様子を観察し、エステルはそう判断した。フィディックも同意する。
「あちらの兵士は、もともと戦う覚悟ができてなかったんでしょうね。民間人を襲えと言われて士気が上がるはずがありません。共和国の法にも反しています」
エステルはうなずいた。
「私は傭兵たちと共に追撃に移る。フィディック、ここは任せたぞ」
「ええ、僕が連れてきた100人の兵士もあなたに預けます。存分にやってください」
戦いにおいてもっとも大きな戦果をあげることができるのは、逃げる相手を追撃する時である。百戦錬磨のエステルが、この機会を見逃すはずがない。
「惜しむらくは騎兵が少ないことだな。クロスボウはなんとかそろえたが、さすがに馬まで買う金は無かった」
「リンクード君なら、きっと騎兵を多く連れて来てるでしょうけどね。まあ、ないものねだりをしても仕方ありません」
エステルは軽くうなずくと、傭兵たちのところへ向かった。彼らはすでに車列の外で待機していた。
集団の先頭に立っているのは従者のマシューだ。
「マシュー、用意はできているか?」
「バッチリですよ」
200人の傭兵たちも雄叫びをあげて答えた。彼らは出身地も経歴もバラバラだが、エステルの指揮下に入ったことで、まるで十年来の麾下のように統制が取れていた。フィディックが連れてきた100人の兵士も、そこに加わった。
エステルは剣を掲げ、よく通る高い声で叫んだ。
「これから追撃を行う! 目標は逃げる共和国軍! 各自存分に手柄を立てろ! 特に活躍した者には私が特別な褒美を与える!」
「うおーーっ!!」
男たちの目の色が変わった。いかがわしい想像をしている者までいるようだ。
エステルの鼓舞は、男に対して特に強い効果を発揮する。彼女自身は、男に興味がないのだが。
「全軍、突撃せよ!!」
エステルは剣を前方に振りかざし、号令をかけた。
「おーーっ!!」
300人の飢えた獣たちが駆け出した。
―――
略奪部隊は這う這うの体で逃げ帰ってきた。
「戦いを想定せず、たった1000人で送り出したのが失敗だった」
モーリスはまたしても、自身の判断ミスを嘆くことになった。
「まさか辺鄙な村に大量のクロスボウが備えてあるとは、俺も思わなかった」
人狼族のガルズも深刻な顔で続けた。「村人たちが組織だった抵抗をすることも予想外だった」
「有能な指揮官がいたとしか考えられんな。明らかに村人ではない屈強な戦士たちが追撃してきたそうだが、ひょっとすると王家の援軍が来ていたのではないか?」
「王家の援軍にしては数が少ないと思う。それに軍装がバラバラで、とても正規軍には見えなかったらしい」
「義勇軍のようなものだろうか。いずれにしても、早くレイシールズ城を落とさねばならん。本国からの輸送隊がいつ来るかわからんし、不安を感じている兵士も多い」
略奪の失敗によって、兵士の士気が下がっていた。失敗したこともそうだが、略奪を行おうとしたこと自体に失望している兵士が多いのである。
特にドワーフたちの怒りは大きく、彼らは国に帰ってしまった。ペルテ共和国軍は正義の軍隊であると、彼らは信じていたのだ。
「レイシールズ城を落とすことには、こだわらない方がよいかもしれぬ」
ガルズは眉間にしわを寄せて言った。
「攻城戦をやめて進軍するというのか? おまえは最初にそう主張していたな。しかしここまで時間を費やして戦ってきたというのに――」
「そうではない」
ガルズは首を横に振った。「レイシールズ城を手に入れるよりも重要なことがあるという意味だ。それは進軍することではない」
「では、なにが重要なんだ?」
「スネイカーを殺すことだ」
それを聞いたモーリスは怪訝な顔になった。
「レイシールズ城を落とすことと、何が違うんだ?」
「城などは、ただの建物に過ぎん」
ガルズは諭すように説明した。
「そんなものよりも、優秀な1人の指揮官の方がはるかに脅威だ。ペルテ共和国の将来を考えれば、スネイカーの存在は危険なのだ。
たった300人の女兵士しかいない城など、すぐに落ちると俺たちは思っていた。しかしまったく落ちる気配がないどころか、魔法使いまで殺されてしまった。これはすべてスネイカーの力によるものだろう。
もしスネイカーがもっと多くの兵力を率いたらどうなるか、想像してみるがいい。奴が大軍を率いて攻めてくれば、ペルテ共和国はそれを撃退できるか?
いいや、無理だ。将来のために、今ここで奴を始末しておく必要がある」
「だとすれば、やはりレイシールズ城を落とすべきではないのか? スネイカーを逃がさなければいいのだろう?」
「いや、今のまま攻め続けても城は落ちぬ。だが目的をスネイカーを殺すことに限定するならば、今までとは違う戦い方がある」
「どんな戦い方だ?」
「俺たちは今まで、兵力を温存して戦ってきた」
「そうだ。私たちの目的は王国領へと侵攻することだからな。レイシールズ城を落とすのは、そのための布石に過ぎない」
「その考えを改める必要がある。どれだけの犠牲を払っても、スネイカーを殺すことを優先するのだ。それができれば残った城兵も降伏するだろう。その後に俺たちはレイシールズ城に入って、本国からの援軍を待つのだ」
モーリスは渋い顔になった。1万人もの兵力を与えられていながら、多くの犠牲を出した上に、その戦果がレイシールズ城だけでは、司令官として責任を問われかねない。
「スネイカーを討ち取ることが何よりも大きな戦果なのだ」
ガルズはモーリスの気持ちを読み取って言った。「あんたが人間の兵士を死なせたくないなら、人狼族の兵士だけでも構わない。俺が自ら人狼部隊を率いて、スネイカーの首をとってくる」
「いくら人狼が強いとはいえ、そんなことが可能なのか?」
「死を覚悟して戦うならば、できないことはない」
ガルズは鋭い爪をむき出し、レイシールズ城に向けた。
「この俺の手でスネイカーを討ち取ってみせる。それができるなら、ここで死んでも悔いはない」




