20.迷走する共和国軍
報告を聞き終えたモーリスとガルズは、呆然と立ち尽くした。
「ルイとドワーフ16人が坑道内で死んだ……だと?」
「蛇神ムーズの絵の後ろに大量の木炭が積んであったとは……」
「こんな怖ろしいことを考えつくのは、悪魔のような奴だろう」
「うむ、俺たちはスネイカーのことを甘く見ていたようだぞ」
魔法使いという大きな戦力を失ったのは痛手だが、いつまでも嘆いているわけにはいかない。
燃焼菌が消えてしまったため、改めて戦術を練り直す必要がある。
モーリスはドワーフのリーダーを呼び出した。バージが死んだので、代わってザブラという者が後を継いでいる。
「もう坑道に入るのはごめんだ」
ザブラは天幕に入ってくるなり、険しい顔で言った。多くの仲間を失ったことが相当にこたえているようだ。
「坑内の有毒な煙は、時間が経てば消えるはずだが」
「そういう問題じゃない。わしらはムーズ様の絵を焼いたから神罰が下ったんだ。ムーズ様はこれ以上坑道を掘ることを、望んでないんだよ」
(そう考えるのは無理もないか)
宗教とは非合理なものだ。ムーズの絵を焼いてしまったのは事実であり、信仰に凝り固まった者たちが神罰と考えるのは当然だ。
「モーリス将軍、坑道は諦めたほうがよいと思う」
ガルズが進言した。「スネイカーに完全に読まれている。これ以上掘り続ければ、さらなる犠牲が出るだろう」
「やむを得んか……」
モーリスは同意し、改めてザブラに話しかけた。「では代わりに攻城塔をつくってくれ、城壁を越える高さのものをだ」
攻城塔とは移動式の櫓のことで、城壁に隣接して大量の兵士を城内へ送り込むことができる。
「ずいぶん簡単に言ってくれるな。攻城塔を造るには、どれだけの労力と時間がかかると思ってんだ? そもそも材料となる木が足りん。破城槌ならすぐに造れるが」
「破城槌はすでに失敗している」
モーリスはそっけなく言った。「ドワーフはどんなものでも造れるんだろう? 高い契約金を払ってるんだから、受け取った金の分は働け」
「働けだと!? あんたとわしらは対等な関係のはずだ! 無礼な口をきくな!」
ザブラは激高した。「わしらは大勢の仲間が死んでショックを受けてるんだ。司令官なら、他にかけるべき言葉があるだろう!」
「これは戦争だぞ? 死者が出るのは当然じゃないか」
「当然なもんか。あんたと魔法使いがバカなことをするから、ドワーフは巻き込まれて死んだんだ」
「バカだと!? 私に言ったのか!」
売り言葉に買い言葉である。お互い頭に血が上っているので、口論はエスカレートするばかりだ。ガルズがなだめようとしたが、無駄だった。
「もうたくさんだ! ドワーフは奴隷じゃない! 無茶な仕事を強制されて、黙って従ってられるか!」
ザブラは足音荒く天幕を出て行った。
「くそっ、ドワーフはどいつもこいつも反抗的だ!」
モーリスも怒りが収まらない。もはやドワーフたちとの亀裂は決定的だった。
「モーリス将軍、今から攻城兵器を造るような悠長なことをしている時間はないと思う。もたもたしていれば敵の援軍が来るかもしれんし、こちらの兵糧も尽きるだろう」
ガルズは冷静に情勢を分析していた。モーリスもうなずかざるを得ない。
「確かにな。攻城塔をつくるのは遅きに失したか。兵糧については、そろそろ本国から送られてくるはずだが」
「た、大変です! 司令官殿!」
兵士が慌てた様子で天幕に入ってきた。
「本国からの輸送隊が何者かの襲撃を受け、すべての物資を奪われたそうです!」
―――
「へへっ、大漁大漁」
ご機嫌な様子で馬を駆けさせている大柄な女は、スネイカーの同期で『暴風』の異名を持つリヴェットである。
リンカルス王に見切りをつけて王城を飛び出した彼女は、スネイカーを助けるために単騎でレイシールズ城の近くまで来ていた。
そこでペルテ共和国の輸送隊を襲撃し、荷を奪ったのである。
彼女がまたがっている馬は、黒毛の巨体をもつトレイター。
背負っている槍は、刃の部分がヘビのようにくねっている蛇矛。
トレイターと蛇矛があれば、どんな敵にも負けないと彼女は信じていた。
とはいえ、さすがに彼女1人で輸送隊を襲撃したわけではない。
「リヴェット、一騎で先へ行くな。荷車が追い付けないぞ」
リヴェットを追ってきたのは、これもスネイカーの同期生で『完璧』の異名を持つリンクードだ。
サーペンス王国の諸侯であるダンフォール公の長子で、彼もまたスネイカーを助けるため、麾下の兵士を率いてやってきたのである。
麾下は300人にも満たないわずかな兵力だが、一騎当千の強者たちだ。
リヴェットは運よくリンクードの部隊に合流していた。輸送隊の襲撃も、リンクードの指揮によって行われている。
「おう、悪い悪い。せっかく奪った物資は大事にしねえとな。それにしてもリンクード、よく敵の輸送隊が通るルートがわかったな。さすがは『完璧』だ」
「その恥ずかしい呼び方はやめてくれ。共和国から来る輸送隊が通れそうな道は限られているから、そのすべてに斥候を出しておいただけだ」
リンクードとしてはスネイカーの救援に行きたいが、さすがにこの人数で1万人の敵と戦うことはできない。
だから直接戦うのではなく、共和国軍の兵站をおびやかすことにしたのである。それが間接的にスネイカーを助けることになるという判断だ。
「リヴェットよ。公子はおぬしのように勘で動いているわけではないぞ。指揮官なら、このぐらいの判断ができて当然だ」
リンクードの隣で馬を駆けさせているのは、騎士のファンドレーだ。
リンクードがもっとも信頼する部下で、現在は52歳。幾多の戦場を経験している熟練の騎士だ。
「そうなのか? ハハッ、まああたしは士官学校の落ちこぼれだったからな」
「笑い事ではないぞ。公子はおぬしを将校の待遇で迎えてくださったのだから、その責任は果たせ」
「ファンドレー、リヴェットは充分に役に立ってくれている」
リンクードがきっぱりと言った。「確かに彼女は頭が悪いが、槍術と馬術では並ぶ者がいない。さっきは誰よりも勇敢に戦っていただろう?」
「一騎駆けで武勇を示して満足するのは、私のような旧世代の騎士でしょう。そのような力任せの戦い方から脱するため、士官学校で戦術を学んだのではないですか?」
「その通りだが、指揮官が自ら武勇を示すことで兵士の士気が上がるのも事実だ。先ほどもリヴェットが先頭に立って戦ったからこそ、我が軍の兵士たちは勇気づけられた」
「ふうむ、確かにそうかもしれませんな」
指揮官は安全な後方で指揮をとるよう士官学校で教わるが、それはあくまでも原則である。
指揮官が兵士たちと共に戦い、共に死ぬ覚悟を示す。それが何よりも兵士を奮い立たせるのだ。
「へへっ、先頭に立って戦うことならあたしに任せろ。難しい戦術はリンクードやスネイカーみたいな、頭のいい奴らに任せときゃいいんだ」
リヴェットは馬上で胸をそらし、気持ちのいい笑顔で言い切った。
―――
「輸送隊を襲った集団の正体は不明だ。先頭に立って戦っていたのは女らしいが」
モーリスは深刻な顔で言った。
「また女か。サーペンス王国では女を戦わせることが流行っているようだな」
ガルズは不愉快さを隠そうとしない。
「襲ったのは王国軍ではなく、ただの盗賊団かもしれんがな」
「いずれにしても、物資を奪われたのはまずい」
「すでに本国には伝令を送ったから、改めて輸送隊が派遣されるだろう。今度は襲われないよう、大規模な護衛部隊をつけるように要請してある」
「そのような部隊はすぐには編制できぬはずだ。輸送隊が着く前に、ここの兵糧が尽きるかもしれぬぞ」
モーリスは苦々しい顔でうなずいた。
「やむを得ん。近くの村から略奪を行うことにする」
「そうだな、やむを得んか」
ガルズも同意したので、モーリスは自軍の将校たちを呼び出し、略奪を行うことを告げた。
略奪は敵地において物資を調達する手段として、昔から普通に行われてきたことだ。
しかしペルテ共和国においては、やや事情が異なる。
「司令官殿、それは法律に反する行為です」
将校の1人が異を唱えた。共和国の法律では、たとえ他国民であっても、民間人に対する攻撃は禁じられているのである。
「その法律をつくった政治家たちは戦争の現実を知らんのだ。きれいごとだけでは戦えない。戦場には戦場のルールがある」
モーリスはイライラした様子で言い返した。「そもそもサーペンス王国の騎士どもは、自国民に対してすら平気で略奪を行ってきたではないか。なぜ我々だけがお行儀よく戦わねばならんのだ」
「ペルテ共和国はサーペンス王国のような、時代遅れの専制国家ではありません。この戦争の大義は、サーペンス王国に崇高な民主主義の理念を広めることだったはずです。専制君主の恣意的な支配から民衆を解放すること、それが我々の使命です。我々が民間人に危害を加えるのは、大義に反しています」
(小賢しいことを言いやがる)
政府はこの戦争の大義について美辞麗句で飾り立てているが、その実態は紛うことなく、領土を得るための侵略戦争である。兵士ならともかく、将校がそれを理解していないことに腹が立つ。
「現実を見れば、略奪を行う以外に方法はないのだ」
ガルズも断固たる口調で告げた。「そうせねば兵士を飢えさせることになる。つまらぬ道徳に縛られている場合ではないぞ」
その言葉に力を得たモーリスは、有無を言わせぬ口調で将校たちに言い放った。
「明朝、ここからもっとも近い村で略奪を行う。抵抗する村人は殺す。これは決定事項だ」




