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2.将校と下士官

 何もわからない新任将校にとって、頼るべきは下士官(かしかん)である。

 下士官は兵士として経験を積んだ者が昇進する階級で、将校と兵士の間に立って兵士を統率するのが任務だ。


 レックスから石像の掃除を命じられたスネイカーは、まず下士官に挨拶をするため兵舎を訪れた。


「あんたが新しい将校か。あたしは兵士長のソニアだ、よろしくな」


(うわ……怖そうな人だなあ)


 ここは兵士長の部屋だ。大部屋で起居する一般兵士とは違い、下士官には個室が与えられているのだ。

 もちろん城主の豪華な部屋とは比べ物にならない。家具といえば、壁際に置かれた木製の2段ベッドだけだ。


「はい、スネイカーといいます。よろしくお願いします」


 スネイカーは立ったまま頭を下げた、対するソニアは下段のベッドの上で、大胆に足を開いて座っている。これではどちらが偉いかわからない。


 もう1人の下士官、副兵士長もこの部屋に来ていた。彼女はジェイドと名乗った。ベッドの横に立って、スネイカーとソニアのやり取りを見守っている。


「それにしてもあんた、ずいぶん若いな」


 ソニアは無造作にのばした金色の髪をかき上げ、スネイカーをなめるように観察し始めた。


「細身だが、筋肉はそれなりについてるな。顔は……まだ人を殺したことがない奴の顔だ。パッチリした目、上品な鼻、サラサラの黒髪、()る必要がないほど薄いひげ。まったく、女みたいなかわいい顔しやがって。食っちまおうか」


「きょ、恐縮です。できれば食べないでください」


 たとえ階級は上だとしても、小心者のスネイカーは年上の下士官に対して強い態度に出られないのである。


 このソニアという女は12年もの軍歴を持つ熟練兵(ベテラン)だ。年齢は28歳。決して小柄ではないスネイカーよりも背が高く、体つきも引き締まっている。


 女性兵士の制式装備は革鎧だが、彼女だけは男性兵士と同じく鎖帷子(くさりかたびら)を着用している。重い装備でも軽々と動けるほど鍛えられているということだ。


「それにしても情けねえなあ。石像の掃除なんてくだらん仕事を命じられて、あんたは何も言い返さなかったのか?」

「それは……サー・レックスは城主ですし……」

「城主らしいことは何もしてねえけどな。主塔(キープ)のてっぺんに自分のバカでかい石像を置くなんて、ひどいセンスだと思うだろ?」

「ハア」

「何がハアだ。頼りねえな」


「ソニアさん、この人はこう見えて、王立スペイサード士官学校を首席で卒業しているようです」


 副兵士長のジェイドが、資料に目を通しながら口をはさんだ。彼女はソニアに次ぐ軍歴を持つ25歳の女性である。スラっとした体格と色白の肌を持ち、銀色のショートヘアが似合っていた。


 読み書きができる兵士は多くないのだが、ジェイドは商家で生まれ育ったために難しい資料でも読むことができた。豪快なソニアとは対照的に、物静かな雰囲気の女性だ。


「そうなのか。人は見かけによらねえな。首席ってことは最も優秀ってことか」

「どうでしょうか。評価は筆記試験が重視されるそうなので、実際の指揮能力は未知数です。でもスネイカーさんの世代は『花の第8期』と呼ばれ、特に優秀な学生がそろっていたそうです。そんな中で首席をとるのは、すごいことだと思います。同期にはあの『常勝のエステル』もいたのですから」


「エステル? あの有名な女騎士がわざわざ士官学校に入ってたのか? すでに騎士として、実戦でいくつも手柄を上げてるはずだが」

「体系的に戦術を学んでおきたかったのでしょう。武勇だけが自慢の旧時代の騎士とは違うということです」


 彼女たちはさすがに軍に身を置いているだけあって、その手の情報に詳しかった。


「あの……ソニアさんたちはなんで兵士になろうと思ったんですか?」


 スネイカーは気になっていたことをたずねた。女性兵士は全員が志願兵だと聞いている。

 ソニアは少し考える様子を見せてから答えた。


「ここにいる女のほとんどは、なりたくて兵士になったわけじゃない。あたしの場合は働き手の夫が死んだからだ。農民なら寡婦(かふ)になっても生活できるが、都市に住む女は技術を持ってない限り、1人で生きていくことはできない。娼婦(しょうふ)になるか兵士になるかしか選択肢がねえんだ。あたしは息子を養うために兵士になることにした」


「お子さんがいるんですか?」

「ああ、そこにいるぞ」


 ソニアは、2段ベッドの上段を指差した。

 すると青い髪の少年がひょこっと顔を出した。ずっと上で話を聞いていたようだ。


「ホントはここに子どもを連れてくるのはダメなんだが、あたしは特別に許可をもらってるんだ。アダー、将校殿に挨拶しろ」

「はい」


 少年はハシゴを降り、スネイカーの前に立った。目がクリッとした利発そうな少年だ。


「はじめましてスネイカーさん。僕は兵士長の息子のアダーです。12歳になります」


 そう言ってペコリと頭を下げた。


(年齢の割にしっかりした子だな)


「ああ、僕はスネイカーというんだ。これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします。あの、スネイカーさん、聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「どうして将校になろうと思ったんですか?」


 アダーは興味津々な顔で、そんなことを聞いてきた。スネイカーは迷ったが、正直に答えることにした。


「僕の兄は兵士として徴集され、ペルテ共和国との戦争で戦死したんだ」

「それは……お気の毒です」

「兄の死因は、餓死だったらしい」


 アダーの表情が固まった。ソニアとジェイドも同様だ。


「兄の部隊の指揮官は典型的な騎士だった。つまり、勇敢なだけで戦術を知らない。兵站(へいたん)の概念さえ持っていなかったようだ。

 指揮官は無謀な山越えを実行しようとした。後方からの補給は受けられず、現地で食糧を調達することもできなかった。結果、ほとんどの兵士が飢えや病気で死んだ」


「その指揮官も死んだんですか?」

「いいや、指揮官は優先的に食事を割り当てられるので助かったんだ。彼はその後共和国軍に降伏して捕虜になり、身代金を払って帰国した。今は自分の領地で暮らしているよ」


「くそっ!」


 ソニアは拳をにぎりしめて震えている。「騎士は兵士の命を平気で捨てるんだ! 騎士道精神ってやつは、高貴な身分の相手に対してしか発揮されねえ!」


「戦いで兵士が死ぬのは仕方がありませんが――」


 ジェイドは表情は変わらないものの、声から怒りがにじみ出ていた。「餓死させるような指揮官は処刑されるべきです」


「僕もそう思う。兄は戦うことさえできなかった。まったくの無駄死にだった。指揮官が無能だと兵士は無駄死にすることになる。この国の騎士たちは、一部を除けばほとんどが無能だ」

「だからスネイカーさんは騎士に代わって、自分が指揮官になろうと思ったんですか?」


 察しのいいアダーの言葉に、スネイカーはうなずいた。


「僕は兵士の命を大切にする指揮官になりたいんだ。少なくとも無駄死にはさせたくない」


 スネイカーはそう言ってから、なんとなく恥ずかしくなった。


(この話を兵士の前でするつもりはなかったんだけど……)


 アダーに質問されると、素直に自分の考えを明かしたくなったのである。子どもながら聞き上手なようだ。


「兵士長、大変です! すぐに大手門に来てください!」


 突然バーンと扉が開かれ、動転した様子の女性兵士が入ってきた。


「どうした?」


 兵士のただならぬ様子に、ソニアはあわてて立ち上がる。


「模擬戦に出かけた部隊が敵襲を受け、全滅したそうです!! サー・レックスも戦死しました!」




 その衝撃的な知らせをもたらしたのは、現場から逃げてきた従騎士らしい。

 スネイカー、そしてソニアとジェイドは急いで兵舎を出て、大手門に向かった。アダーもついてきている。


 大手門前の中庭に出ると、まず馬が倒れているのが目に入った。全身がやけどで赤くただれている。従騎士をここまで運んできて、力尽きたようだ。


 その近くには、やはり大きなやけどを負った男が仰向けに横たわっていた。隣で治療を試みているのは、この城で働く司祭だ。

 彼らを遠巻きにして、女性兵士たちが不安そうな表情で見守っていた。


 スネイカーたちは、倒れている男の元に駆けつけた。


(なんてことだ……まだ子どもじゃないか)


 ひどいやけどで、どう見ても助かりそうにない。ここまで戻って来られたのが不思議なぐらいである。


「この子はサー・ロバートの従騎士のカイル君です。たしか13歳だったと思います」


 横からジェイドが教えてくれた。


「あなたが……新任の将校殿ですね」


 息も絶え絶えの少年はスネイカーに声をかけてきた。士官用のサーコートとマントを見て、将校だと判断したのだろう。


「どうか……どうか……みんなの仇を討ってください」

「わかった」


 スネイカーは間髪入れずに答えた。そう答えなければならないような気がした。

 カイルは安心したように目を閉じた。


「今、偉大なる魂が蛇神(じゃしん)ムーズの元へと旅立ちました」


 司祭は厳粛な声でそう言うと、少年の顔の上で指をくるくると回した。これは僧侶が神に祈るときの仕草で、ヘビがとぐろを巻く姿を表現している。


「いったい何があったんですか? 司祭殿」


 ソニアがたずねると、司祭はカイルから聞き取ったことを説明してくれた。


 城主のレックスが率いる12人の騎士と1500人の兵士たちは、ペルテ共和国軍の伏兵の襲撃を受けて全滅した。

 敵の兵力はおよそ1万人で、その中には人狼族やリザードマン族の兵士もいた。

 さらには魔法使いも1人おり、味方のほとんどは彼の炎の魔法によって焼き殺された。


 敵のねらいは王国領への侵攻であり、まずはここレイシールズ城を攻めてくるだろうとのことだ。


(この子は僕たちにそれを伝えるため、必死で戻ってきてくれたのか)


 カイルはまだ騎士の卵ではあったが、その気高い精神と責任感は並の騎士の及ぶところではないだろう。


「まさか……みんな死んじゃったの……?」

「休戦中だったはずなのに……」

「ここを攻めてくるなんて……そんな……」


 女性兵士たちは次々に不安を口にした。誰もがおびえた表情をしている。


「うろたえるな!」


 ソニアが兵士たちを一喝した。「レイシールズ城は王国でも屈指の堅城だ! 怖れる必要はねえ!」


「戦うんですか!? 無茶ですよ兵士長! ここには女の兵士しかいないんですよ?」

「相手は1万人の大軍です! そのうえ魔法使いまでいるんじゃ、勝ち目はありません!」

「こんな城は放棄して逃げましょう!」


 女性兵士たちは泣き顔で言い返した。


「戦いもせずに逃げれば、敵前逃亡とみなされ死刑になります。私たちがなんのためにここにいるのか、思い出しなさい」


 ジェイドが冷静な声で説得するが、兵士たちは納得しない。


「だって副兵士長、私たちはもともと戦力として期待されてないじゃありませんか!」


 彼女の言うとおり、女性兵士は数合わせだと誰からも思われていた。


「逃げるなんて言う奴は、この場であたしが叩き斬ってやる!」


 ソニアが声を荒らげた。「あたしたちの任務は国を守ることだろうが! 誇り高きサーペンス王国軍の兵士の誇りはないのか!」


(ソニアは国のために戦うつもりなのか)


 その愛国心あふれる言葉に、スネイカーは驚いた。サーペンス王国の国民の多くは、自分が国家に所属しているという意識は持っていない。

 国や王は、搾取(さくしゅ)を行って自分たちの生活を脅かす、怖ろしい存在に過ぎない。仕方なく兵士になった者なら、そう考えるのが普通だろう。


「でも兵士長、騎士様はみんな死んじゃったので、私たちには指揮官がいません」


「指揮官ならここにおられる!」


 ソニアはスネイカーの手をとって兵士たちの前に引き出した。


(ふぇ!?)


「この方は、ついさっき将校として着任されたスネイカー殿だ! 士官学校を首席で卒業したエリートだそうだ! スネイカー殿を新たな城主として戦えば、どんな敵だろうが怖れる必要はねえ!」


「スネイカー様がこの城に来ていたことは、私たちにとって幸運でした」


 ジェイドも続けた。「さあみんな、新しい指揮官の下で、一致団結して戦いましょう!」


 しかし、やはり兵士たちは納得しない。


「士官学校を出たといっても、実戦の経験はないのでしょう?」


 挑発するように言い返したのは、顔つきはかわいらしいが目に(けん)がある女性兵士だ。幼く見えるが、兵士として採用されたからには16歳以上なのだろう。

 彼女はスネイカーを指差し、冷たい声で言い足した。


「こんな頼りなさそうな男に、戦闘の指揮なんてできるとは思えません」


 ソニアは憤怒の表情でその兵士に歩み寄り、拳で顔面を殴りつけた。

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