18.坑道戦
守備側に備えがあったため、火攻めは失敗したかのように見えた。
しかしルイはその場の判断で「燃焼菌」という魔法を使った。火の細菌が分裂増殖し、際限なく燃え広がるらしい。
「オレ様の偉大な魔法によって、いずれ城壁が焼け崩れるだろう。感謝しろよ」
陣地に戻ってきたルイは、したり顔で報告した。
「そうか、よくやった。さすがは火の魔法使いだ」
モーリスはとりあえずルイを称えたが、それでも一言付け加えずにはいられない。「そんな魔法があるなら、最初から使えばよかったのにな」
そうすれば坑道を掘る必要もなかったし、ハシゴ登りでリザードマンを大量に死なせることもなかったのだ。
「女の兵士しかいない城なんて、すぐに落ちると思ってたからな。おまえらがこんなに無能だとは、オレ様も予想外だったんだ」
(おのれ、龍神ビケイロンに魂を売った背教者の分際で……!)
怒りで顔を赤くするモーリスに変わって、ガルズが問いただした。
「それで、城壁が焼け崩れるまで何日ぐらいかかるのだ?」
「さあな。あの城壁の強度を知らんから何とも言えん」
「厚みは6ラーグ(約3メートル)あるらしい」
「そんなに分厚いのか? じゃあ城壁の内部に菌が侵食していくとして……大雑把に予想すれば2週間ぐらいか」
「ずいぶんかかるな」
モーリスは不満を口にした。「坑道を掘っているドワーフたちが、城壁の基部に到達する方が早そうだぞ」
「ふん、そりゃ結構だ。なんにせよ、オレ様は仕事を果たしたぞ」
ルイは肩をそびやかして天幕を出て行った。
入れ替わるようにして、ドワーフの隊長のバージが入ってきた。
「司令官殿に話がある」
「どうした? 難しい顔をして」
「昼間の火攻めについてだ」
「ああ、火攻めが成功したからといって、坑道掘りが不要になったわけじゃないぞ。ルイによれば城壁が焼け落ちるにはまだ時間がかかるそうだから――」
「そういうことを言っとるんじゃない」
バージはイライラしたように言った。「粗朶に火をつけようとした時、守備兵は上から土をかぶせて消火していた」
「ああ、用意のいいことだと感心したが、それがどうかしたか?」
「あんなに大量の土を用意してたってことは、ひょっとして敵も坑道を掘ってるんじゃねえか?」
「坑道を掘った土を、消火用に使ったわけか。あり得るな」
「ずいぶんのん気な口調だが、これがどういうことがわかってんのか? 守備側が坑道を掘る理由は、攻撃側の坑道に対抗するためだ。ってことは、わしらが坑道を掘ってることがバレてるってことだ」
「なるほど」
(敵の指揮官のスネイカーは士官学校を出ているそうだし、対敵坑道についての知識があるのかもしれんな)
「なるほどじゃねえだろ! このままじゃ、いずれわしらの坑道と敵の坑道がつながるんだぞ! 向こうで敵が待ち構えていたら、わしらが殺されるだろうが!」
(なんでこいつは喧嘩腰なんだ?)
モーリスは腹が立った。ルイもそうだが、司令官である自分に対する敬意がなさすぎるのではないか。
「そうか、そいつは願ったりだ」
「どういうことだ?」
「現在我々が攻めあぐんでいるのは、城壁の守りを突破できないからだ。だが地下で坑道がつながれば、そこから攻め入ることができる」
「地下で白兵戦を行うというのか? ドワーフ族は生まれながらの戦士だが、今回の遠征では戦闘行為は契約外だぞ」
(まったく……どいつもこいつも自分のことしか考えておらんのか)
「ドワーフが戦う必要はない。坑道がつながりそうになったら、おまえたちは地上に出ろ。代わりに兵士を坑道に送り込む」
「そうか、兵士が対応してくれるんだな?」
バージはとりあえずは納得した様子で、天幕を出て行った。
―――
燃焼菌が城壁に付着してから、6日が経過した。
菌はどんどん増殖しており、南側の城壁の一角は、まるで赤い絨毯で覆われたかのように火が広がっている。
「まずいなあ、城壁の悲鳴が聞こえてきそうだよ。早くなんとかしないと」
スネイカーは自室で、アダーを相手に不安な気持ちを打ち明けていた。「リザードマンのハシゴ登りが行われなくなったのが、せめてもの幸いかな。放っておけば城壁が焼け落ちるから、無理をして攻撃する必要はないってことだろうね」
返事は期待していないが、他人に話しただけで気持ちが楽になる。
「兵士たちを休ませることができて、よかったですね」
アダーはベッドのシーツを交換しながら、律義に言葉を返してきた。
「でも、みんな不安な日々を過ごしてるはずだよ。城壁がダメージを受けてるのを見て、心が耐えられるわけがない」
「そうでもないですよ。僕が観察したところでは、兵士たちも非戦闘員の人たちも、それほど心配してるようには見えません」
「そうなのか? どうしてだろう?」
「スネイカーさんを信じてるからですよ。燃焼菌について問われるたびに余裕の態度で、『問題ない』って答えてるそうじゃないですか」
術者であるルイを殺せば燃焼菌は消滅する。
スネイカーはそう言って兵士たちを勇気づけていた。解決策が示されれば、人はとりあえずは納得するものだ。
どうやってルイを殺すかについては一言も語っていないのだが、それでも納得するのは、スネイカーを信頼しているからだろう。
「それは、まあ……みんなを不安にさせるわけにはいかないからね」
「その『みんな』の中に、僕も含めてほしいものです」
「ハア」
「ハアじゃありませんよ。なんで僕だけが、頼りない指揮官の姿を見せられてるんですか」
「いやあ、なぜか君の前だと素の自分をさらけ出せるんだ。この部屋にいると本当に落ち着くよ」
「まあ……そう言われると、悪い気はしませんが」
アダーはまんざらでもなさそうだ。
その時、部屋の扉がノックされた。
「お休みのところ、失礼いたします。ルパートでございます」
「はーい、どうぞ開いてますよー」
アダーが返事をすると扉が開かれ、家令のルパートが優雅なしぐさで入ってきた。
「スネイカー殿、フレッドから連絡がありました。目標地点まで坑道を掘り終えたとのことでございます」
それを聞いてスネイカーはホッとした。思ったより時間がかかっているので心配していたのである。「安全が第一だ」と言った手前、急かせるわけにもいかなかった。
「わかった、すぐに行く。ソニアとジェイドも呼んでくれ」
3人で坑道の入り口に着くと、ググが待っていた。
「将校殿、それから兵士長と副兵士長、お待ちしてました! アタシがご案内します!」
(この子はいつも元気だな)
ググは兵士の中でただ1人、男たちに混じって坑道を掘り続けていた。重労働だったはずだが、疲れた様子は見せたことがない。
スネイカーたちはググの後に続き、坑道内に足を踏み入れた。
「足元に気をつけてくださいね」
ランプの明かりを頼りに奥へと進んでいく。
通路は3人が並んで歩けるほどの幅があり、天井は腰をかがめる必要がないほどの高さがある。天井と左右の壁は崩れないよう、木材で補強されていた。
(完璧な仕事だな)
スネイカーは感心した。女性兵士たちが戦っている間、非戦闘員の男たちはつらい掘削作業を、文句ひとつ言わずに続けていたのである。
やがて坑道は行き止まりになり、そこで数人の男たちが待っていた。
「予定よりちょっと遅くなりましたが、敵よりも早くこの地点まで掘り進むことができました」
薄暗い坑道内にフレッドの声が響いた。
「ご苦労だった。君たちの働きに感謝する」
「なあに、人間だってドワーフに負けてられませんや」
「ドワーフの気配は感じるか?」
「耳をすましてください」
一同は口を閉じ、辺りの音に耳をすました。土壁の向こうからカン、カンというかすかな打撃音が聞こえるような気がする。
フレッドは地面に置いてある桶を指し示した。桶は北、東、南の3か所に置いてあり、それぞれに水が張ってある。敵の坑道の位置を知るため、スネイカーが置かせたものだ。
東側の壁際に置かれた桶の水が、振動によって不規則に揺らいでいた。
「つまり、敵は東からここに向かって掘り進んでいるってことですね」
「スネイカー様の読み通りでしたね。さすがです」
ソニアとジェイドが称賛した。
「坑道がつながったら、硫黄を燃やして敵の坑道に煙を送り込むんでしたね?」
フレッドが確認した。煙を送り込むという攻撃方法は、以前に話してある。
「そうだ。敵も俺たちが坑道を掘っていることは察しているかもしれない。だとしても、坑道をつなげることをためらわないはずだ」
「直接戦えば向こうの方が強いからですか?」
「ああ、兵士の戦闘力は向こうの方がはるかに上だし、魔法使いもいるし――」
その時、スネイカーの脳に電流が走った。
(魔法使い……? そうか、それなら……)
突然黙り込んだスネイカーを見て、一同は怪訝な顔をしている。
「どうかなさいましたか?」
ジェイドが心配そうに声をかけた。しばらくして、スネイカーは言葉を発した。
「燃焼菌と、ドワーフの坑道。この2つの問題を同時に解決する戦術を思いついた」
「本当ですか!?」
スネイカーはうなずいた。
「ソニア、この城でもっとも絵が上手いのは誰だ?」
意外なことを問われ、ソニアはキョトンとしている。
「絵ですか? そうですね……司祭殿は絵を描くのが趣味だと聞いたことがありますが、一番上手いといえば――」
「ハイハーイ! アタシです!」
ググが勢いよく手を挙げた。
「君が?」
スネイカーは眉をひそめたが、ソニアとジェイドによれば、彼女の言う通りらしい。
「納得がいかない気持ちはわかりますが、ググの絵の腕前はプロの画家並みです」
「ググはこう見えて、芸術の分野では非凡な才能の持ち主です。歌も上手いし、詩もつくります」
(ググの詩だと……?)
まったく想像できない。
「将校殿、プロ級の腕前を持つアタシに、絵のご依頼ですか?」
ググは得意げに胸をそらしている。
「そうだ」
「アタシ、将校殿の絵を描きたいです! 裸体と着衣、どっちにしますか?」
「どっちも描かなくていい。君に描いてほしいのは、蛇神ムーズの絵だ」
「ムーズ様の絵を? なんのためにですか?」
首をかしげるググに、スネイカーは真剣な顔で答えた。
「魔法使いを殺すためだ」




