16.魔法使い、動く
「それで貴様らは、スネイカーにそそのかされて国を裏切るつもりか?」
モーリスがすごんで見せると、リザードマンたちは慌てて反論した。
「そ、そんなことはしませんトカ!」
「8種族協和の理念を掲げるペルテ共和国でしか、リザードマン族は生きられないカゲ!」
「亜人種を受け入れないサーペンス王国に寝返るなんて、ありえませんゲト!」
モーリスは満足そうにうなずいた。
「よく言った。貴様らは共和国軍兵士の鑑だ」
「光栄に存じますトカ」
「よし、貴様らの忠誠心と、城内の情報を持ってきた功績に対し褒美をやろう。何か希望はあるか?」
「それなら、ぜひお願いがありますトカ」
「なんだ?」
3人は口々に答えた。
「我々3人を除隊させてほしいですトカ」
「もう戦いたくないですカゲ」
「寒いから冬眠したいゲト」
それを聞いたガルズは眉をひそめた。
「除隊だと? 国のために戦うことを放棄し、自分たちだけ逃げ出すというのか?」
「ガルズ将軍、まあいいではないか。トカゲが3匹いなくなったところで戦局に影響はない」
(それにこいつらがスネイカーになにか吹き込まれている可能性は捨てきれん。他のリザードマンと接触させない方が安全だろう)
「わかった、貴様ら3人の除隊を認める」
「ありがとうございますトカ!」
3人が嬉しそうに天幕を出ていくのを見送ってから、ガルズが進言した。
「それはそうとモーリス将軍、このままトカゲたちだけが攻撃を行うのもどうかと思う」
「無意味なハシゴ登りを続けていると、敵に怪しまれるからか?」
「それもあるが、人間や人狼族の兵士たちが退屈で倦んできているのだ。このままでは士気が下がる一方だ」
「そうか、兵士たちに無為な日々を送らせるのはまずかったな」
「それにルイにも働かせるべきだ。奴は威張り散らしているだけで、何もしようとしない。奴に対する兵士たちの不満が高まっている」
「そうだな。我が軍の切り札である魔法使いを遊ばせておくわけにはいかんな」
「問題は、あの傲慢な男が素直に命令に従うかどうかだが」
「従わせるさ。ここにいるからには私の命令に従わねばならん。魔法使いは国のために働かなければ処刑される身分だ。そのことを思い出させてやろう」
―――
今日はリザードマンによるハシゴ登りが行われないようなので、スネイカーは自室で待機していた。
そこへ、見張りの兵士から報告が入った。
「敵は南側の城壁の前に、粗朶を積み上げています!」
粗朶とは木の枝を集めて束にしたもので、以前に空堀を埋めるために使われたことがある。
「作業を行っているのはリザードマンか?」
「いえ、人間と人狼の兵士たちです」
「なるほど、敵は方針を変更したようだ」
スネイカーは敵のねらいを読み取った。「火攻めだな。粗朶を燃やして、熱で城壁を焼き崩すつもりだ」
石の城壁であっても長時間高温にさらされれば、結合材料のモルタルが溶解して崩壊する。放っておくことはできない。
「すぐに行く。案内しろ」
「はい!」
スネイカーは兵士に案内され、現場を見下ろせる壁上歩廊までやってきた。
そこではすでにソニアの指揮の下で、クロスボウによる迎撃が行われていた。
地上をながめると、敵兵が粗朶を城壁の前まで運び、積み上げようとしていた。ソニアたちはその作業を妨害しようとしているのだ。
以前は粗朶が燃えないように動物の皮で覆っていたが、今回はそのような細工はしていない。粗朶に火をつけるのが目的だからだろう。
スネイカーに気付いたソニアが声をかけてきた。
「火攻めでしょうね」
「さすがソニアだ、よくわかっているな」
褒めると、ソニアは当然だとばかりに胸を張った。
「はい、だから今回は火矢を使うようなことはしてません。それよりスネイカー殿、あれを見てください。おそらくあいつが魔法使いです。トカゲたちの話していた特徴にそっくりです」
ソニアの指差す方を見ると、兵士たちに囲まれるようにして黒いローブ姿の男が立っていた。
「魔法使いがようやく姿を見せたか。確かルイとかいう名前だったな。なんとかして討ち取りたいが……」
「残念ながら、クロスボウの射程外にいます。城門から打って出れば、運がよければ討ち取れるかもしれませんが」
「それは危険すぎる。この状況で城外に出れば、間違いなく死ぬだろう」
どこからともなく、ググがやってきた。
「お呼びですか?」
「お呼びでない。なぜ君がここにいる? 坑道掘りを手伝っていたはずだろう」
「危険とか死とかいう言葉が聞こえたので、アタシの出番かと思って」
「無駄に耳がいいな」
「将校殿、アタシが城外に出て魔法使いを討ち取ってきます! 命令してください!」
ググは顔を輝かせて提案してきた。
(こいつは危険な場所に行きたいだけだな)
「ダメだ、ただでさえ少ない兵士を死なせるわけにはいかない。だが、ちょうどいいところに来た。フレッドを呼んで来い。敵が火攻めをしようとしているから、坑道を掘っている男たちに消火作業を手伝ってもらう」
「がってんです!」
ググは階段を駆け下りていった。
「それにしても、やはり火攻めを仕掛けてきましたか、スネイカー殿の予想していた通りでしたね」
ソニアの言葉に、スネイカーはうなずいた。
「ああ、敵がいつまでも兵士たちを遊ばせておくはずがないからな」
スネイカーはいつか敵が火を使ってくることを予想し、対策を考えていた。
その対策とは、土をかぶせて消火することだ。
土ならばいくらでもあった。坑道を掘った土を、城壁の近くに積み上げてあるのだ。
ググに呼ばれたフレッドが、歩廊に上ってきた。
「スネイカーさん、消火作業ならあっしらに任せてください! すぐに土を上まで運んできます!」
中庭を見下ろすと、男たちがもっこをかついで土を運んでくるのが見えた。
「さすがだ。指示を出す前に動いてくれるとは頼もしいな」
「いつか火攻めがあるだろうって聞いてましたからね。ググちゃんもやる気になってますよ」
ググは持ち前の人懐っこさで、坑道掘りの男たちの人気者になっているらしい。
「よし、みんなで協力して消火作業にあたってくれ。火がついたら、すぐに土をかぶせて消火するんだ。兵士たちにも手伝わせる」
「はい!」
局面が動き、火攻めという新たな危機が生まれたわけだが、女性兵士と男たちの表情に焦りの色は見えなかった。
だがスネイカーは不安だった。
(通常の火なら、土で消火できるだろうけど……)
遠くに立つ、不気味な魔法使いに目をやった。
(問題は、魔法だな)
―――
ルイは不満だった。城壁の前に積んだ粗朶に火をつけるという、つまらない仕事を押し付けられたからだ。
(ちっ、モーリスの野郎、このオレ様に対して脅迫まがいのことを言いやがって)
「命令に従わないなら、それを17人委員会に報告する。そうなればおまえは、龍神ビケイロンに魂を売った魔法使いとして処刑されるだろう」
モーリスはそんな脅し文句を使ってルイを戦場に駆り立てたのである。
火をつけるなら魔法を使わずとも、火打ち石を使えば済むことだ。
上下関係をはっきりさせる。ただそれだけのためにルイを使おうとしているとしか思えない。
(オレ様がその気になれば、あんな奴は消し炭にしてやれるんだが)
「ルイ殿、準備ができたので着火をお願いします」
兵士がそう言って、松明を差し出してきた。
すでに城壁の前には、粗朶が山のように積み上がっている。
「ふん」
ルイは指先から火を出し、松明の先端に火をつけてやった。この程度の魔法なら詠唱など必要ない。
「ありがとうございます。では!」
兵士は逃げるように走り去っていった。魔法使いとはできるだけ関わりたくないのだろう。
(これでオレ様も攻城戦に参加したことになるのか。くだらんな)
ひょっとするとモーリスは、兵士たちとルイの間にある溝を、少しでも埋めようと考えたのかもしれない。
だとすれば、なおさら不愉快だ。魔法使いである自分は、兵士など近付くことさえ許されないような偉大な存在だからだ。
やがて、粗朶の山に火がつくのが見えた。これで任務は果たしたことになる。
(ああ、実に無駄な時間を過ごした)
ここでの用は済んだと踵を返そうとしたところで、近くにいた兵士が叫んだ。
「あっ! ま、待ってください! 火が……」
燃え上がろうとしていた火が、見る間に勢いを失っていく。城壁の上から、大量の土が降ってくるのが見えた。
土をかぶせられて空気の供給を断たれれば、火は消えざるを得ない。
「対応が早いな。たいしたもんだ」
ルイは他人事のように感心していた。
大量の土を掘り出し、それを城壁の上まで運ぶのは重労働だ。前もって準備していなければ、ここまで早くは対応できない。
(敵の指揮官の名前は、確かスネイカーとかいったか? あらかじめ火攻めに備えてやがったな。モーリスよりは頭が切れそうだ)
「へへーん、どんなもんよ! そんなチョロい火でアタシたちの城壁が燃えるわけないじゃない!」
あざけるような女の声が、戦場に響いた。
スコップを持った若い女性兵士が、胸壁の上に立って叫んでいた。
「なんだありゃ? ずいぶん命知らずな女だな」
あれでは共和国軍の弓兵隊にとって、格好の的である。実際、地上から女性兵士に向けて、次々と矢が放たれている。
驚くべきことに、女性兵士はこの状況で楽しそうに笑っていた。
弓兵はますますムキになって攻撃するが、矢は体をかすめるだけで一向に命中しない。
「あれで死なないとは、あの女は『死の天使』に嫌われてるな」
頭のおかしい女だと思ったが、女の口から次に発せられた言葉が、ルイの逆鱗に触れた。
「土をかぶせただけで消えるなんて、魔法の火なんて全然たいしたことないなー」
ルイはひときわプライドが高い。魔法使いである自分は特別な存在であり、その他大勢の人間たちを凡愚の者と見下している。
そんな凡愚の者から自分の魔法を侮辱され、ルイはキレた。
「ふざけんなクソアマ! そこまで言うなら、本物の魔法を見せてやる!」
ルイは城壁に向かって走り出した。
「おい兵士ども! オレ様を守れ!」
大盾を持った兵士たちが慌ててついてきた。彼らはルイの護衛であり、ルイが死ねば処罰されることになる。
ルイは自分の周囲が盾で守られていることを確認しながら、城壁に近付いていった。
「あいつらに、消えない火があることを教えてやる!」




