15.リザードマン捕縛
今日もリザードマンたちはハシゴを登ってきた。
「装填が終わった者から、順次矢を放て!」
「はい!!」
スネイカーは壁上歩廊に立ち、迎撃の指示を出す。女性兵士たちはその指示に応え、容赦なく矢の雨を降らせる。
地面にはリザードマンの死体が積み上がっていった。
(気が滅入る……敵の指揮官は血も涙もないのか)
成功の見込みのないハシゴ登りで無為に死んでいくリザードマンたちには、同情を禁じ得ない。差別されている種族とはいえ、命まで軽く扱われるのはひどい。
(こんな扱いをされれば、さすがにリザードマンたちも反抗を考えるんじゃないだろうか?)
そう考えたスネイカーは、策を仕掛けることにした。
「ソニア、リザードマンを何人か捕縛したい。できるか?」
そう問いかけると、ソニアはなんでもないことのように答えた。
「はい、3匹ほどでいいですか?」
「それでいい」
「わかりました」
ソニアは先頭で登ってくるリザードマンを指差し、兵士たちに指示を与えた。
「あのトカゲを捕まえるから、いったんクロスボウでの攻撃を控えろ。奴が上まで登って来たら、あたしが武器を取り上げる。おまえらはその間に縄で縛り上げろ」
指定したリザードマンが、城壁の最上部まで近づいてきた。
「あれ? なぜかスルスルとここまで登って来れちゃったトカ」
リザードマンは不思議そうな表情で、胸壁に手をかけた。
ソニアはその手をつかんで強引に引っぱり上げ、歩廊に投げ捨てた。そして素早く覆いかぶさり、ひじ関節をきめた。
「あいたたたたたた! 暴力はよくないトカ!」
リザードマンは痛みで剣と盾を取り落とした。すかさず兵士たちがとびかかって縛り上げる。
「あーっ、何をするトカ! やめろトカ!」
「よーし、1匹目確保! 次ィ!」
こうしてソニアの指揮により、3人のリザードマンを捕虜とすることに成功した。
日が暮れると敵は引き揚げていった。
スネイカーは捕らえたリザードマンたちを兵舎内の一室に移動させた。
部屋の中央に背もたれのない椅子を3つ置き、そこに3人の捕虜を座らせた。拘束は解いてある。
スネイカーとソニアとジェイドが捕虜の前に立ち、さらにその周囲を武装した30人の兵士たちが取り囲んだ。
3人のリザードマンは恐怖で顔を引きつらせ、体をガクガクと震わせている。
「こ、こんなところに連れて来て、オヌシらは何をするつもりトカ?」
「くっ、殺すなら殺さないでほしいカゲ」
「オイラたちはおいしくないゲト」
スネイカーは3人を安心させるため笑顔をつくり、軽い口調で話しかけた。
「君たちに危害を加えるつもりはないんだ。まずは名前を聞かせくれ」
リザードマンたちはためらいながらも、順番に名乗っていった。
「小生の名前はフィリップであるトカ」
「吾輩はジェレミーだカゲ」
「オイラはトテチテタというゲト」
(リザードマンなんてみんな同じだと思ってたけど、並べてみると3人とも特徴があるな)
当たり前のことではあるが、彼らも人間と同じように、一人ひとりが個性を持った生き物である。
「俺は君たちに同情しているんだ」
スネイカーは優しく声をかけた。「あんな攻め方では、リザードマンは無駄死にするだけだ。君たちの司令官は残酷だと思う」
3人は尻尾を大きく振って同意した。
「その通りだトカ。モーリス司令官は人でなしトカ」
「吾輩は平和主義者だから、戦うなんてイヤなのだカゲ」
「オイラは冬眠中だったのに、無理矢理起こされて徴兵されたんだゲト」
思ったとおり、彼らは戦意も忠誠心も低いようだ。
「俺はこんなくだらない戦いを、1日も早く終わらせたいと思っている。そのために協力してほしい」
「何をすればいいのカゲ?」
「まず、君たちの知っていることを教えてくれ」
スネイカーは3人から、ペルテ共和国軍の情報を引き出していった。
司令官は人間のモーリス、副司令官は人狼族のガルズという者が務めている。
兵士の数は人間が6000人、人狼族が2000人、リザードマン族が2000人だが、リザードマンはすでに半数近くが戦死している。
魔法使いはルイという名前で、いつも偉そうにふんぞり返っている。
他にドワーフが100人ほどいたような気がするが、彼らが何をしているかは知らないとのことだ。
(嘘はついてないようだな)
ドワーフが坑道掘りをしていることを、リザードマンたちは知らされていないようだ。信用されていないからだろう。
「君たちはこんなひどい戦いを強要されて、なんで黙って従っているんだ?」
そう問いかけると、3人は悲しそうに顔を伏せた。
「上官の命令には逆らえないトカ」
「逆らったら、もっとひどい目にあわされるカゲ」
「くだらないことを言ってんじゃねえっ!」
ソニアが怒鳴りつけた。「無意味な死よりひどいことがあるはずないだろ! そんな命令に従う必要はない!」
「あなたたちにも誇りはあるでしょう」
ジェイドも続けた。「命令されるままに死んでいくつもりですか? ひどい命令を出した司令官に復讐しようとは考えないのですか?」
「復讐って、何をするんだゲト?」
トテチテタの問いに対しては、スネイカーが答える。
「夜が更けてから司令官の天幕を襲撃するんだ。そして非道な命令を出したモーリスを討ち取ってしまえ」
リザードマンたちの目玉が飛び出た。
「そ、そんなことは無理だカゲ!」
「君たち3人では無理だろうけど、リザードマンは1000人以上残っているんだろ? それだけの人数で襲撃すればきっと成功する。モーリスは味方の裏切りなど警戒してないだろうからな」
「仮に成功したとしても、司令官を殺したらただじゃすまないゲト。オイラたちは犯罪者として処刑されるゲト」
「捕まる前に逃げればいいんだ」
「どこに逃げるんだゲト? 国には戻れないゲト」
「サーペンス王国に来ればいい」
「無理だトカ。王国は亜人種を受け入れていないトカ」
「俺の友人にリンクードという者がいる。諸侯であるダンフォール公の嫡子で、慈悲深く正義感の強い男だ。彼ならきっと君たちを受け入れ、守ってくれる。俺が紹介状を書こう」
「そうなのカゲ?」
彼らは興味を抱いたようだ。
「共和国軍の戦い方に、俺は腹が立っているんだ」
スネイカーは怒りをこめて言った。「指揮官は兵士の命を守ることを第一に考えねばならない。それなのにモーリスは、君たちの命を塵芥のようにしか思っていない。それが俺には許せない」
打算ではなく真心から発せられた言葉は、人の心を動かす。リザードマンたちはスネイカーの言葉に感銘を受けた。
「小生の指揮官が、スネイカーさんだったらよかったトカ」
「吾輩も同意だカゲ」
「オイラもスネイカーさんが好きゲト」
3人の言葉が嘘でないことは、目を見ればわかった。だが――、
「だからスネイカーさんの言うとおりにしたいけど、やっぱり無理トカ」
3人は、司令官の天幕を襲撃するのは無理だと答えた。
なぜなら、彼ら以外のリザードマンはスネイカーの言葉を信じないからだ。
「スネイカーさんは敵の指揮官で、今まで多くの仲間が殺されてるトカ。モーリスは憎いけど、スネイカーさんも憎まれてるトカ」
「みんなで協力しようとしても、1000人もいれば裏切って密告する奴が必ず出てくるカゲ」
「1人でも裏切れば計画は失敗するゲト。そうなればオイラたちは処刑されるゲト」
「なるほど。君たちの言う通りだ」
スネイカーはうなずいた。
そして、ますます3人を信じる気になった。無理なことは無理だと正直に答えてくれたからだ。
「わかった。では次善の策を提案しよう。すぐには効果が出ない策ではあるが」
ソニアとジェイドが小首をかしげている。彼女たちにはまだ、その策を話していない。
「フィリップ、ジェレミー、トテチテタ、君たちが陣地に帰ったら、これから俺が言うように動いてほしい」
スネイカーは3人に説明した。彼らはうなずきながら聞いている。
「おおっ。それは素晴らしい計略だトカ!」
「よくそんなことを考えつくものだカゲ」
「わかったゲト。絶対に成功させるゲト」
3人はスネイカーの策に感心し、必ず実行すると約束した。
そして彼ら以上に、周りで聞いていたソニアとジェイド、兵士たちが衝撃を受けていた。彼女たちには思いもよらない策だったからだ。
「スネイカー殿、あなたは……すごい人です」
ソニアはそれ以上、言葉がなかった。
スネイカーが他の軍人たちとは別格の存在であることを、彼女たちは改めて思い知らされていた。
―――
モーリスは昼間に起こったことについて話し合うため、ガルズを司令官用の天幕に呼び出した。
「今日のハシゴ登りで3人のリザードマンが城壁を越えたようだ。もっとも後に続く兵士がいなかったため、相変わらずレイシールズ城はびくともしていない。その3人がどうなったかは不明だ」
モーリスは不審に思っていた。今まではハシゴの半ばまで到達することも稀だったのに、なぜ突然3人も城壁の上までたどり着けたのか。
「敵がわざとトカゲたちを引き入れ、捕虜にしたとしか思えぬ」
ガルズの言葉に、モーリスはうなずいた。
「ああ、私もそう思う。3人は殺されてはいないはずだ。敵は何か企んでるな。たとえば、トカゲたちが裏切るように仕向けるとか」
「ありそうな話だ。トカゲは俺たちを恨んでいるだろうからな。警戒はしておいた方がよいだろう」
「うむ」
「失礼します」
天幕の垂れ布が持ち上げられ、兵士が入ってきた。そして意外な報告をした。
「捕らえられていたリザードマンの3人が、陣地に戻ってきました」
「なに? もう戻ってきたのか?」
「はい。3人は司令官殿への面会を求めていますが、いかがいたしましょうか」
(ほう、おもしろくなってきたな。敵が何を企んでいるか確かめてやろう)
「よし、連れてこい」
「はっ」
しばらくして、オドオドした様子の3人のリザードマンが天幕に入ってきた。
「よし、そこに並べ」
3人は一列に立たされた。モーリスが問いただす。
「貴様らは今まで敵に捕まっていたな?」
「そうですトカ」
「こうして戻ってきたということは、解放されたのか?」
「スネイカーさん……じゃなくてスネイカーが解放してくれましたトカ」
「スネイカーというのは敵の指揮官か?」
「そのとおりですトカ。若くてカッコイイ男で、士官学校を出たばかりだトカ」
モーリスとガルズは納得したようにうなずいた。
「なるほど、ガルズ将軍の言った通りだったな」
「うむ。ちゃんとした指揮官がいなければ、統制がとれた戦いができるはずがないからな」
モーリスは質問を続ける。
「城内の様子はどうだった?」
「どういう意味カゲ?」
「兵士の士気は高いかとか、栄養状態はどうだとか、気付いたことがあるだろう」
「えーと、みんな元気そうでしたトカ」
「毎日たくさん食べているみたいですカゲ」
「オイラたちもごちそうになってきましたゲト」
「なるほど、士気は高く、食糧が欠乏している様子もないか」
(それにしても頭が悪そうなトカゲたちだな。こんな奴らに裏切りは無理だろう)
そう思ったが、確認はしておかねばならない。
「それでスネイカーは、貴様らにどんな話をしたんだ? まさかメシだけ食わせて解放したわけではあるまい」
「スネイカーは我々に対し、ペルテ共和国を裏切るようにそそのかしましたトカ」
「そうすると約束したら、解放してもらえましたカゲ」
(ふっ、思ったとおりだな)
それをモーリスに報告しているということは、彼らは裏切るつもりはないということだろう。スネイカーの企みは失敗したということだ。
「具体的には、何をしろと言ってきたんだ?」
「他のリザードマンたちに声をかけ、みんなでここを襲撃しろと言ってましたゲト」
3人とも、正直に答えているようにしか見えない。
(スネイカーは読み誤ったな。そんな大それたことを、トカゲたちが実行できるはずがないだろうに)
モーリスとガルズは互いに顔を見合わせ、余裕の笑みを浮かべた。




