10.リザードマンの悲哀
敵の坑道に対抗して、こちらも坑道を掘ることを決めたスネイカーは、中庭に男たちを集めた。
「俺が描いた図面に従って掘り進めてくれ。そうすれば、いずれ敵の坑道とつながるだろう。近づいてくれば音で察知できる」
「敵の坑道とつながったら、地下で直接戦うんですか?」
大工のフレッドという男が質問してきた。現場作業の指揮は彼に任せることになっている。
「いや、硫黄を燃やし、ふいごを使って敵の坑道に煙を送り込む」
「おおっ! そんな方法があるんですか! さすがはスネイカーさんだ!」
男たちはスネイカーの知識を称えた。
(これで敵の坑道とつながらなかったら、赤っ恥だな)
恥をかくだけなら構わないが、坑道戦で負ければレイシールズ城は陥落することになる。そうなれば彼らも殺されるだろう。
(はあ……責任の重さで押しつぶされそうだ)
そんな内心の不安を隠して、男たちを激励する。
「ドワーフたちよりも早く掘り進めるため、昼夜交代で作業に励んでほしい。ただし崩落しないよう、しっかりと補強しながら掘り進めるんだ。安全が第一だ」
「へいっ、任せてください!」
フレッドはどんと胸を叩いて請け合った。
「頼もしいな。もし人手が足りないようなら、兵士たちにも手伝わせるが」
「いやいや、こういう力仕事は男の出番でさあ。嬢ちゃんたちの手をわずらわせる必要はないです。そうだろ、おまえら!」
「おうっ!」
「女たちに戦わせておいて、男の俺たちが黙って見てるだけなんてありえねえ!」
「そうだそうだ!」
男たちの野太い声が中庭にこだました。
(うん、彼らに任せておけば大丈夫そうだな)
何かあればすぐに知らせるようにと言い残し、スネイカーは壁上歩廊に向かった。
城壁の上に顔を出すと、見張りをしていた女性兵士たちが一斉に敬礼をした。
「スネイカー様、今のところ敵軍に動きはありません」
当直の第2小隊の隊長が駆け寄ってきて、報告をした。
300人の女性兵士は、50人の小隊で6つに分けられている。50人の小隊は、さらに10人ずつの班に分けられている。編成を行ったのは兵士長のソニアだ。
「そうか、引き続き警戒にあたれ」
「はい!」
スネイカーは胸壁に近付き、自分の目で地上の様子を観察した。
「あの天幕が怪しいな」
南東の方角にある大きな天幕を指差した。「昨日までは、あんな天幕はなかった」
「確かにそうですね。何か意味があるのでしょうか?」
「あの天幕の場所から坑道を掘り始めているんだ。俺の予想していた地点とぴったりだ」
「例のドワーフの坑道ですか」
城壁を崩すためにドワーフが坑道を掘っているという推測は、ソニアとジェイドを通じて兵士たちにも伝えられている。
「ああ、敵軍としては、自分たちが坑道を掘っていることは隠さねばならない。そのための天幕だ。掘り出した土は、俺たちに見えないように積み上げているはずだ」
「なるほど! 敵はわざわざ隠しているのに、スネイカー様にはお見通しなのですね!」
隊長はスネイカーの慧眼に感服している。「あの位置から掘り進めるなら、いくらドワーフでもかなり時間がかかりそうですね」
「そうだな。だが警戒は怠るな。攻城戦においては複数の攻め方を同時に行うのが常套手段だ。敵は坑道を掘っていることを悟られないためにも、別の手段による攻撃を仕掛けてくるはずだ」
このスネイカーの予想も当たることになった。
2日後、共和国軍はハシゴ登りを仕掛けてきたのである。
敵襲を知らせる鉦が鳴らされたため、スネイカーは急いで壁上歩廊へとやってきた。
地上を見下ろすと、リザードマン族の兵士たちが長いハシゴをかかえて近づいてくるのが見えた。
リザードマンは亜人種のうちの一種族である。
トカゲのような外見を持つ人型の生物で、知能は人間よりもやや低い者が多いが、身体能力は高い。
リザードマンたちの後ろには、弓を持った人間の兵士たちも続いている。地上から援護射撃を行うつもりのようだ。
「坑道を掘ってることをごまかすためのハシゴ登りですかね?」
兵士長のソニアが声をかけてきた。
「おそらくな。だとすれば、本当にハシゴを登る必要はない。登るふりをしながら、地上から矢を射てくるだけだと思うが……」
以前にソニアたちに話したように、ハシゴを登って城壁を越えようとするのは非常に危険な戦術だ。
上からは矢や石が降ってくるし、高所から落下すれば悲惨なことになる。たとえ城壁上にたどり着けたとしても、その後にすぐ味方が続いてくれなければ、殺されるだけだ。
登る兵士は死を覚悟しなければならない。
ここで兵力を失いたくない共和国軍が、そんな無謀な攻撃を本気で仕掛けてくるはずがない。
「私もそう思います」
副兵士長のジェイドが意見を述べた。「敵はわずか3本しかハシゴを用意していませんし、援護射撃の人数も少ないです。本気で城壁を越えようとしているとは思えません」
たった3か所にしかハシゴをかけないのでは、守備側の対応も容易である。
だが、スネイカーは嫌な感じがした。
「いや……ひょっとすると奴らは、ハシゴを登ってくるつもりかもしれない」
ジェイドは意外な顔をした。
「なぜ、そう思われるのですか?」
「リザードマンの兵士たちの表情が、悲愴感に満ちているんだ」
「そうなんですか? あたしにはトカゲの顔の判別ができませんが……」
ソニアは小首をかしげている。
「共和国軍の司令官は、この後の戦いのために兵力の損失を避けようとする。以前にそんな話をしたな」
「はい。だから危険なハシゴ登りはしないだろうって話でしたね」
「だが、もともとリザードマンを戦力として期待していないとすれば、ここで犠牲を出すことを厭わないかもしれない」
「え!? それはどういう意味ですか?」
「敵軍の中にリザードマンがいると知った時から、俺はずっと違和感を感じていたんだ。なぜこの季節の遠征軍にリザードマンを参加させたのかと」
「季節……ですか。今は冬に入ったところですね」
そう答えるジェイドの吐く息は白い。城壁の上は風が冷たく、寒さが身に染みた。
「変温動物であるリザードマンは体温を一定に保てないから、寒いと動きが鈍くなるんだ。冬眠する個体もいるくらいだ」
「そうなのですか。言われてみると、確かに動きが鈍いですね」
「そんな種族を冬の遠征軍に加えるというのは数合わせか、あるいは後方支援を担当させるためだろう。戦闘での活躍は期待していないんだと思う」
「ですがこうして、リザードマンは前線に出てきました。その上、危険なハシゴ登りをしようとしているのですか?」
「もしあいつらが本当にハシゴを登ってきたら、考えられることは1つだ」
スネイカーは暗い声で言った。「敵の司令官は、リザードマンは死んでもいいと思ってるんだ」
「そんなバカな!?」
「まさか!?」
ソニアとジェイドは同時に声を発した。
「リザードマン族は被差別種族なんだ」
スネイカーは説明した。
「ペルテ共和国では、建前上はすべての亜人種が平等ということになっている。だが実際には、リザードマン族に対する差別は、今でも根強く残っているんだ。住む場所や就ける職業が制限されているし、犯罪者のように扱われることもある。他種族がリザードマンを殺しても、何のおとがめもなかったりする」
「ひでえ! なんだってそんな差別を?」
「リザードマンの外見がドラゴンに似ているからだ。ヘヴィン教を信じる国では、昔からリザードマンは迫害されていて、何度も虐殺が起きたことがある」
ヘヴィン教の教えでは、ドラゴンの神である龍神ビケイロンは、世界を滅ぼそうとする悪神とされている。だからドラゴンは忌まわしい生物とされ、ドラゴンに似ているリザードマンも嫌われているのだ。
宗教がからむと、不合理がまかり通ってしまうことは往々にしてある。
ちなみにドラゴンは空想上の生物ではなく、はるか東の国に生息している。
「そうだったんですか……あたしは知りませんでした」
「知らなくても無理はない。サーペンス王国からはリザードマンがいなくなり、語られることもほとんどなくなったからな」
サーペンス王国の人間がよく知っている異種族は、エルフとドワーフぐらいである。
「ペルテ共和国は8種族協和なんて理念を掲げているのに、そんなひどい差別を行っているなんて……」
ジェイドの表情は変わらないが、声には怒りがこもっていた。
「もちろん表向きは、差別は絶対にダメということになっている。大評議会にはリザードマン族にも議席が割り当てられているし、法律によってリザードマンの権利は保障されている。
だが政府が上から道徳を押し付けても、民衆の間の差別感情はなかなか消えるものじゃない。特に遠征中の軍隊なんてのは国内の法律が届かない場所だから、差別が行われても誰も止める者がいない」
「ハシゴがかけられました! トカゲたちが登ってきます!」
各所で兵士たちが大声を上げた。
(登ってくるか)
嫌な予想は、当たっていたようだ。
「問題ない! 各自持ち場につけ!」
スネイカーは兵士たちに指示を出した。「先頭で登ってくる敵兵に向かって矢を放て! 上官の合図を待つ必要はない!」
「はい!!」
女性兵士たちは声をそろえて返事をして、クロスボウを構えた。
「ソニア、ジェイド、君たちも気合を入れろ! 今はリザードマンに同情している時じゃないぞ!」
リザードマン差別の話を聞いてショックを受けていたソニアとジェイドは、スネイカーに怒鳴られて我に返った。
「はい! 申し訳ありません!」
「す、すぐに迎撃に向かいます!」
2人は持ち場に走っていった。
(俺も覚悟を決める必要があるな。ここからが本当の戦いだ)
この日から、リザードマンたちによる悲惨なハシゴ登りが始まったのである。




