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軍神のスネイカー ~天才指揮官と女性兵士たち~  作者: へびうさ


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1.臆病なライオン

「えーと、ほ、本日から、このレイシールズ城に配属されたスネイカーと申します。至らないところもあるかと思いますが、精一杯努めたいと思います」


 スネイカーは緊張で顔をこわばらせながら、直立不動で着任の挨拶をした。

 対する城主のレックスは椅子の背もたれに体を預け、机の上に両足を投げ出している。

 スネイカーを一瞥(いちべつ)するとフンと鼻を鳴らし、


「平民の小僧が将校になるとは、世も末だな」


 それだけ言うと、興味を失ったように剣の手入れを始めた。


(平民を相手に礼儀など必要ないってことか……)


 レックスは騎士である。しかも自分の旗の下で軍を率いることを許された旗騎士(バナレット)であり、領地まで持っている。平民が対等に口を()ける相手ではない。

 とはいえスネイカーとしては、こんな扱いをされて黙っているわけにはいかない。


「サー・レックス、僕は小僧ではありません。こう見えて20歳です。平民出身ではありますが、士官学校を首席で卒業しました。つまり将校として、騎士と対等の身分を与えられているのです。態度を改めてください」


 と言おうと思ったが、いかつい顔のレックスにギロリとにらまれると、(おび)えて口を閉ざした。


(うう……やっぱり本物の騎士は迫力があるなあ)




 サーペンス王国において士官学校が創設され、平民にも将校になる道が開かれたのは、今から12年前のことだ。

 それまでは軍の指揮官となれるのは貴族に限られていた。特に騎士は軍事の専門家として権威を持っていた。


 しかし時代が進むにつれ、騎士は戦争で役に立たなくなった。

 騎士が好む戦い方といえば、馬上で騎槍(ランス)を構えて正面から突撃することだ。己の武勇を示すことが第一の目的であり、「戦術」などというものをまったく考慮しない。


 だが国と国との本格的な戦争においては、個人の武勇だけでは勝てない。

 隣国のペルテ共和国はそれに気づき、時代遅れの騎士の戦い方から脱却した。体系的に戦術を学んだ者が軍の指揮官を務めるように、軍制を改めたのである。


 すると騎士が率いるサーペンス王国の軍は、迂回(うかい)や偽りの退却などの戦術を駆使して戦うペルテ共和国の軍に、散々に撃ち破られた。


 騎士たちはペルテ共和国軍の戦い方を卑怯と(ののし)ったが、自分たちの戦い方を変えようとはしなかった。プライドだけは高いのである。


 当時の国王タイパンは多くの人命と領土を失うに至り、軍制改革を行うことを決断した。士官学校を創設し、そこで戦術を学んだ者を軍の指揮官に()えることにしたのだ。

 士官学校は平民にも門戸が開かれた。身分と実力は関係がないからだ。


 タイパンの後を継いだ現在の国王もその方針を引き継いでおり、士官学校出身の将校が軍の指揮官を務めるケースが増えてきている。いずれ騎士は単なる名誉職に過ぎなくなるかもしれない。

 騎士たちはもちろん、そんな時代の流れに不満を抱いている。レックスがスネイカーを見て不機嫌になったのは無理もない。




「まったく……女の兵士を押し付けてきたかと思えば、今度は平民の将校か。ここはペルテ共和国との国境に近いというのに、王家は何を考えているのやら……」


 レックスはブツブツと文句を言っている。

 彼の居城であるここレイシールズ城には1800人の兵士が常駐しているが、そのうちの300人は、なんと女性の兵士だ。


 女性兵士を募集するようになったも、タイパン王の軍制改革の一環である。

 男たちが大量に戦死したために男女の人口比率が偏り、兵士になる男が足りなくなったからだ。


「まあいい下がれ。俺はこれから兵士たちを引き連れて国境の視察に行くから、貴様は留守番をしておれ」


 レックスは立ち上がると、従騎士を呼びつけて鎧を着け始めた。もうスネイカーのことは眼中にないようだ。


「あのう……サー・レックス、僕はこの城に来たばかりで何もわかりません。留守番と言われても、何をすればいいのか……」

「そうだな……主塔(キープ)の屋上にある俺の石像を掃除しておいてもらおうか。そろそろ鳥の糞で汚れているだろうからな」


(それってどう考えても、使用人の仕事だよね)


 さすがにスネイカーも腹が立ったが、怖くて何も言い返せなかった。




―――




 レックスは12人の騎士と1500人の兵士を連れて城を出た。騎士以外はすべて歩兵で、装備は剣で統一されている。女性兵士を除くすべての戦力だ。


 国境の視察というのは名目で、本当の目的は模擬戦をすることだ。模擬戦は騎士にとってはスポーツのようなものであり、娯楽でもある。

 ここはペルテ共和国との国境に近いが、現在は休戦中なので危険はないはずだ。


 一行は森を切り開いた平野までやってきた。

 慣れ親しんだ場所のはずだが、レックスは違和感を感じた。通り抜ける風に鉄のにおいが混じっているような気がする。


 左右の森から大量の兵士たちが現れた。全員がペルテ共和国軍の軍装を身に着けている。


(なっ……共和国軍!? 伏兵だと!?)


 レックスは突然の敵の出現に驚き、馬からずり落ちそうになった。配下の兵士たちもざわついている。


(こちらよりもはるかに数が多い……。8000……いや、1万はいるか?)


「貴様がレイシールズ城の城主のレックスだな」


 巨大な馬に乗った精悍(せいかん)な顔つきの男が、レックスの前に進み出た。きらびやかな鎧に深紅のマントを羽織っており、地位の高さがうかがえる。


「だ、誰だおまえは!」

「私はモーリス。ペルテ共和国軍の将軍だ」

「共和国軍がなぜ俺の領地にいる! 今は休戦中だぞ!」

「昨日まではな。どちらかが休戦を破れば、また戦争が始まる。それだけのことだ。私たちはまずレイシールズ城を落とし、そこを拠点としてサーペンス王国の領土を占領していくつもりだ」


「おのれ……」


 レックスは剣を抜いた。卑怯だと責め立ててもどうにもならない。「ここに兵を伏せて待ち構えていたということか。なぜ俺たちが来ることが分かった?」


「今日ここで模擬戦を行うことは知っていた。時間も人数も正確にな。それにしても平和ボケしすぎじゃないか? 国境に1人も監視兵を置いていないとはな」

「くっ……!」


(そこまで知られていたとは。ひょっとして内通者が……?)


「じょ、城主殿、あれは人狼(じんろう)です」


 兵士の指差した方を見ると、敵軍の中に狼の頭を持つ者たちがいた。体がふさふさの剛毛に覆われ、鋼のような太い爪と牙を備えている。


 亜人種である人狼族の兵士たちだ。人間よりもはるかに身体能力が高く、武器を使わずに相手を殺すことができる怖ろしい種族である。


 サーペンス王国は人間だけが住む国なのに対し、ペルテ共和国ではエルフやドワーフなどの亜人種が人間と共存している。人狼もその中の一種族である。


「そうだ、俺たちは人狼族だ。俺は人狼部隊を率いる将軍、ガルズだ」


 人狼たちの中でもひときわ大きな男が姿を現した。「ペルテ共和国はサーペンス王国とは違い、亜人種を迫害しない。サーペンス王国にも8種族協和の崇高な理念を広めるため、俺たちは戦う」


「ここには人狼族の兵士が2000人、リザードマン族の兵士が2000人いる。総勢で1万人の大軍だ」


 モーリスが続けた。「貴様らはその大軍に左右から囲まれている。勝ち目はないぞ」


「城主殿……確かにこの数では勝負になりません」


 部下の騎士が悔しそうな声で言った。


(くっ、やむを得んか……)


「わかった、我らは降伏する。騎士の身分にふさわしい待遇を要求する」


 そう言うと、あざ笑うような声が返ってきた。


「ケケッ、てめえはバカか? 何をぬるいことを言ってんだ?」


 モーリスの後ろから黒いローブ姿の若い男が現れた。不自然なほど顔色が青白く、ギョロリとした大きな目でにらみつけてくる。


「騎士だから降伏しても優雅な生活が保障され、身代金を払えば解放される。そんな時代はとっくに終わってんだよ。おまえらはこれからオレ様の魔法で殺されるんだ」


(魔法だと!?)


「まさか貴様……魔法使いか!?」

「だからどうした?」

「魔法使いを生かしておくわけにはいかん! この俺が斬り捨ててくれる!」


 サーペンス王国では魔法使いだと発覚すれば死刑になる。

 ペルテ共和国においても魔法使いは()まわしい存在だが、国のために働くことを条件に生存が許されていた。


「ふん、身の程を知れ! 死ぬのはおまえらのほうだ!」


 魔法使いは呪文を唱え始めた。「火の精霊サラマンダーよ、我が契約に従い――」


(魔法の詠唱か……まずい!)


 レックスは魔法使いに向かって馬を駆けさせようとした。


「させぬ」


 人狼族の将軍ガルズが素早く動き、レックスの馬を鋭い爪で切り裂いた。馬は悲鳴を上げて倒れ、レックスは地面に投げ出された。


「くっ、馬を攻撃するとは卑怯な……!」

「卑怯だと? これは馬上槍試合ではないのだぞ」


 そう言うとガルズは倒れたレックスの頭をつかみ、兜ごと握りつぶした。信じられない握力である。


「城主殿っ!!」

「そんな……サー・レックスが……!」


 自分たちの指揮官の凄惨な死を目にして、残った騎士と兵士たちは絶望の声を上げた。


「一瞬で死ねたこの男は、まだしも幸せだ」


 ガルズがそう言った次の瞬間、


「――罪深き者どもを焼き尽くせ。焦熱地獄(インフェルノ)!」


 詠唱を終えた魔法使いが地面に手をつき、魔法を発動した。

 地面から次々と火柱が噴き上がり、1500人の男たちを赤い炎で包んだ。


「ギャアアアァァァッ」


 レイシールズ城の騎士と兵士たちは、狂ったような悲鳴を上げて走り回る。

 まさに地獄のようなその光景を、共和国軍の兵士たちは息をのんで見つめていた。

 一方、地獄をつくり出した張本人は、しかめ面で鼻を押さえている。


「あーあ、人体が焼けるにおいってのは、どうしてこうも(くさ)いのかね」


 やがて地面の上には、プスプスと焦げつく残骸だけが残った。


「じゃ、後始末はてめえらに任せたぜ」


 魔法使いは鼻を押さえたまま去っていった。


「チッ、神をも怖れぬ魔法使いが」


 ガルズは吐き捨てるように言うと、モーリスに顔を向けた。「モーリス将軍、あんなクズと一緒に戦うのは気に食わんな」


「同感だ。全員殺す必要はなかったのに、あいつは殺戮(さつりく)を楽しんでいやがる。だがバカと魔法は使いようだ。1人で1500人を殺すなんて、魔法でなければ不可能だ」

「体に火がついたまま逃げていった奴もいたようだが」

「放っておけ、どうせ助からん。これでレイシールズ城に残っているのは女の兵士が300人と、使用人が70人ほどだけだ」

「女を兵士にするとは、王国のやることは理解できぬな」

「まったくだ。女は弱いし、規律に従って行動することもできん。戦場では何の役にも立たない」

「騎士はここで全員死んだから、城には指揮を()れる人間も残っていない」

「ああ、つまらん戦いだ。もっとも、城を落とした後に敵の女たちと楽しむのを期待している兵士もいるようだが」

「認めるのか?」

「そうだな。民間人ならともかく、相手が兵士なら構わんだろう。敗者は勝者に何をされても文句は言えない。それが戦場のならいだ」




 共和国軍の兵力は1万人で、その内の2000人は強力な人狼族だ。さらには人智を超えた魔法使いも軍中にいる。


 それに対するレイシールズ城の兵力は、たった300人の女性兵士である。女性兵士が男性兵士と比べて、体力的に劣ることは間違いない。

 もう城は落ちたも同然、そう考えるのは当然だ。


 しかし軍の強さというものは、兵士の質よりも()()()()()()によって決まる。

 世界を征した古代の王は、指揮官の重要性を表す有名な言葉を残した。


『私は1頭の羊に率いられたライオンの群れを怖れない。しかし1頭のライオンに率いられた羊の群れを怖れる』


 共和国軍は知らなかった。レイシールズ城には、配属されたばかりの指揮官が1人残っていることを。


 共和国軍は怖れるべきだった。その指揮官は侮辱されても言い返せないほどの臆病者ではあるが――、


 まぎれもなく、ライオンなのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! [一言] 追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/07/09 10:50 退会済み
管理
[良い点] おお……いきなり大ピンチΣ( ̄□ ̄|||) 魔法ヤバすぎでしょう。
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