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外面聖女、旅に出る

 エミリアは大聖堂で目覚めた。

 ただし自分の部屋ではない。

 監禁用の牢獄だ。


「申し訳ありません、シスターエミリア」


 鉄製のベッドに腰掛けるエミリアの隣で三十代半ばの女――シスターアネットが泣いている。


「あなたは何も悪くありませんわ。わざわざ牢に入って私の看病をしてくれたのでしょう?」


「ああ、大聖堂でこんな理不尽が許されるなんて……」

 

 シスターアネットの涙は止まらない。

 シスターローズの手の者による襲撃は予測していた。想定外だったのは禁忌の森へ入る許可が握り潰されていたことだ。

 エミリアは禁忌の森への侵入者として捕らえられ、すでに追放刑が確定している。


(領主様の近くにもくそ女(ローズ)の息のかかったヤツがいたんだ)


 カツカツと石畳の廊下を歩く音が近づいてきて、エミリアの入っている牢の前で止まった。やって来たのはシスター長だ。


「シスターエミリアを出してください! 許可は下りていたはずではないですか」


 シスターアネットが抗議する。しかしシスター長の表情は暗い。


「領主様がお元気になられたら、恩赦を賜ることができるかもしれません」


 要するにエミリアの汚名は注がれることはないのだ。


「お元気になられる予定があるのですね」


 エミリアが皮肉っぽく訊ねると、シスター長の顔は苦痛を受けたように歪んだ。


「シスターローズが特効薬を領主様の所に持って行きました。なんでもご実家から取り寄せた薬のようです」


「待ってください、それはっ」


 シスターアネットの言葉をエミリアは制した。


「あなたはここを出て、いつもの日課に戻ってください。貴族の方が()()言われたなら、()()なんです。私たち、この二年間で学んだじゃないですか」


 シスターアネットは牢を出るとシスター長を睨みつけてから去って行った。その姿が消えるのを見計らうようにシスター長はエミリアに話しかけた。


「ココという獣人を知っていますか」


「…………森の前であった子どもでしょうか?」


 エミリアは行き倒れていたココに銅貨を渡したことを話した。


「あなたの名を叫びながら突然男たちに襲いかかったそうです。おそらくあなたが倒れていたことを大聖堂に知らせてくれた獣人でしょう」


「なんってこと……、それでその子はどうなってしまったのですか?」


「追放後、死罪になるかも……、とのことでした」


「バカなっ! 相手は子どもですよ」


「それが……その獣人は外国の国宝を盗んだ疑いがあるとか……」


(あの魔石か!)


「そんなことが出来る子には見えませんでした。大体高価な物を持っているなら行き倒れになんかなりませんよ」


「ええ、調べても何も出てこなかったそうです。それですでにどこかで売り払い、そのお金も使い切ったのだろうと」


 ココは追放され、外国に引き渡される予定だと言う。国宝を奪ったということになったら死罪は免れないだろう。

 それにしても石が見つからないとはどういうことだろう。エミリアにはさっぱり分からない。


「あなたは何も知らないのですね」


「何も知りません」


 エミリアはきっぱりと言い切った。

 祖母から貰った赤い石を見せられたが、どこかの国の国宝ではない。嘘は言ってない。

 シスター長が去ったあとエミリアは一人であれやこれや思い巡らしていた。


 エミリアが大聖堂に来たのは八年前、十歳の時だ。

 猟師の父は狩りの最中に崖から滑落、母は狼に襲われ死んだ。

 孤児として大聖堂に連れてこられたエミリアは、そこで豊富な魔力の持ち主であることが分かりシスターとなった。

 大聖堂の暮らしは親子三人の山暮らしより遥かに楽だった。清貧と平等がモットーだが、食べる物も着る物も困らないし寒さもしのげる。人づき合いのほとんどない生活だったので身分にこだわることもない。エミリアはこの生活におおむね満足していた。

 魔力操作と治癒技術を磨き、分け隔てない活動で聖女と呼ばれた。それ自体は誇らしかったが、どこかに空しさがあった。

 魔法があれば両親は死ななかったのではないか。そんな思いが頭から染みついて離れないのだ。


『ありがとう、だいすきっ』


【大好きよ】


【ああ、かわいい子だ】


 ココの声に両親の声が重なる。エミリアの胸に熱いものがこみ上げてきた。

 大聖堂でも街でもエミリアは褒め称えられ慕われていたが、誰からも一定の距離を置かれていた。エミリアは寂しかったのだ。


「シスターエミリア」


 いつの間にかシスターアネットが牢の前に来ていた。


「シスターローズが失敗したわ。あなたならなんとか出来る? 上手く行ったら追放刑を取り消して貰えるかもってシスター長が言ってるわ」


「刑罰とは関係なく領主様のために最善を尽くします」


 エミリアはキッパリと言い切った。

 ローズの失敗は折り込み済みだ。男たちが持っていった小瓶に入っているのは魔力をたっぷり添加した、ただの水だ。魔術具で鑑定できるのは魔力量のみ、そしてローズには魔力の種類を見抜く能力はない。


(バカな女よね。魔力量が多くても、学ばなけりゃ何の意味もないわ)


 最初こそ豊富な魔力量で期待されていたローズだが、二年間何も学ぶこともなく、ただ己の勢力を広げることばかりに腐心していた。

 領主が健康になればあの女もお終いだろう。

 エミリアはスカートの下から小瓶を取り出した。あらかじめ下着の裏にポケットを付けていたのだ。


(何? 他にもなんか入ってるけど……)


 エミリアの手には赤い魔石があった。

 おそらく倒れていた時にココが忍ばせたのだ。お礼のつもりだったのだろう。


(あの子……)


 エミリアはきゅっと魔石を握りしめた。


 月待草のエキスはたちまち領主を癒やした。この功績によりエミリアの願いが一つ叶えられることになった。



 ※



「大変だったのよ。外国(よそ)に引き渡される予定だったあんたを助けるのは」


「でもココ、何にも悪いことしてないよー」


「そうね、あんたはおばあちゃんの石を持ってただけよ」


「うん、うん」


 どうやら本当に何も分かっていないようだ。


「さ、あんたの故郷に帰るわよ。私も付いていくわ」


「ありがとう、お姉――シスターエミリア」


「もうシスターじゃないの、ただのエミリアよ」


 エミリアは追放刑を受け入れ、代わりにココの解放を願った。


「エミリア!」


「何よ」


「呼んだだけー、友だち出来たの、うれしー」


「友だち……」


 そう、ココはエミリアにとって生まれて始めての友だちだ。そしてエミリアにとっても。


「お腹空いたよう。エミリア、クッキーちょうだい」


「はああ? あんたさっき食べたでしょ? ちょっと待――ってもうないじゃないの!」


「んぐんぐ」


「あんた、また勝手にっ」


「あれ、口の中がなんか甘いっ」


「吐けっ! このくそ狐がぁ!」


 エミリアの声は大きくこだまし、青空に吸い込まれていった。


 可憐な聖女、シスターエミリアはもういない。

 ただ元気な少女が二人いるだけだった。 

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