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外面聖女、翻弄される

 そこにはあったのは黒い小山だ。遥か頭上に黄色い二つの光がある。

 それが目であることに気づいた瞬間、黒い小山は轟音を立てながら倒れた。

 エミリアはカンテラで小山の一部を照らす。潰れたような鼻と牙を持った魔獣が倒れている。どうやら巨大なイノシシのようだ。よく見ると額から血を流している。


(これって【禁忌の森の守護者】?)


 二百年前、森を探索していた騎士団を襲ったのがイノシシ魔獣であったと伝えられている。伝説と同じ個体なのかは分からないが、凄まじい魔力を持った魔獣であることは間違いない。

 伝説級の魔獣のはずだが、その魔力は次第に小さくなっていく。

 やがて魔獣の体の一部が膨らんだかと思うと何かがぴょこんとノミのように飛び出してきて、エミリアの前に着地した。


「お姉さん、まだ森にいたんだねー。よかったあ」


 狐獣人のココだ。


「あ、これね。さっきのクッキーのお礼だよ」


 ニカニカ笑いながらイノシシ魔獣の鼻面を叩いている。

 ココは再び魔獣の体に飛び乗った。そして血のこびりついた切れ味のよくなさそうなナイフでイノシシの首のあたりをざくざくと切りつけている。首を切り落とそうとしているのだ。


「ちょっと、まずは血抜きをしなさいよっ! そんなもんで首が落とせるわけないでしょ」


「あれれ、なんだか小さくなっていくよー」


 ココの言葉の通りイノシシ魔獣はどんどん縮んでいき、最後には子豚サイズになってしまった。


「なんでー? なんでー?」


 そう言いながら、ココはイノシシ魔獣の首を落とす。小さくなったとはいえ、獣の首を落とすのは簡単なことではない。

 巨大なイノシシ魔獣を倒した腕前といい、この狐娘はなんだか色々とおかしい。


(まさか魔物専門の狩人? こんな小さな子が? 猟師にしては獣の扱いが雑だし、今も――て、やばっ)


 ココの乱暴な手つきでイノシシの腹に刃をつきたてようとしていた。


「だめよ、内蔵が傷つくじゃないの!」


 エミリアはココをイノシシから離すと自分のナイフを取り出した。そして腹の皮を綺麗にとる。


「うわあ、お姉さん上手ーっ」


「さ、あとはあんたがやるの。内蔵を傷付けるんじゃないわよ」


 エミリアは水魔法であちこちを洗いながら、ココに指示を出す。


「難しいよぉ……。でも最初より小さいからマシかなあ。でも、なんでコイツ小さくなっちゃったんだろ?」


「多分、魔力で身体強化してたんでしょうね」


「そっかー、魔力かー。火を吹いたり雷を落としたりしないから普通のイノシシかと思ったよ」


「こんな馬鹿でかいイノシシが普通の獣のわけないでしょ!」


 おそらく魔力を身体強化に全振りするタイプだったのだろう。


「お姉さんは何でも知ってて魔法も使えるんだねー。猟師? 魔法使い?」


「昔、親の狩りを手伝ったことがあるだけ。今は大聖堂のシスターエミリアよ」


「あ! 聖女様だ」


「聖女じゃないわ。ただのシスター」


(まあ、領主様の病を癒やすことができれば名実ともに聖女になるかもね)


 などと考えていたがもちろん口には出さない。


「あなたこそ、何者なの」


 内蔵の処理を終えて、肉の解体を始めたココにエミリアは聞いた。


「ココはー、りっしんしゅっせのために村から出てきたんだよー」


 無理ね――と心の中でツッコミをいれたが、もちろん顔には出さない。


「だったら何で禁忌の森にいるのよ」


「えーっとね、すぐにクビになっちゃうから、ココに出来る仕事がなくなっちゃったんだ」


 お喋りをしながらもココは木の枝を集め火打ち石を取り出して器用に火を起こす。変わり者でがさつではあるが何もできないわけではない。


「あなたにできる仕事が何もなかったの?」


「うーん、どうなのかなあ。よく動くし、よくできるけど、よく食べるからダメだって言われたよ」


「食べる……」


「ココがいると食べ物がなくなっちゃうんだよー、食べるから」


 食べたらなくなる、当たり前の話である。


「まさか人の物や売り物に手を出したの?」


「えーっとね、そこに置いてある物とか、美味しそうって思ったら、気がついたらもぐもぐしてるんだー」


 もぐもぐするなっ! エミリアは心の中で叫んだ。


「あなた、故郷で何か言われなかった?」


「広い世界のどこかにお前を受け入れてくれる場所があるかもしれないって言われたよー」


 追い出されてるし!

 しばらくすると小枝に刺した肉片が火で炙られ、強烈なアンモニア臭が漂いはじめた。


「うわー、くっさー……いただきまーす」


「食べるなっ」


 エミリアは火魔法で素早く肉を炭の塊に変えた。


「ええー?! お肉黒いよ、にがっ」


「だから食べるなって言ってるでしょ」


 思わず解体を手伝ってしまったが得体の知れない魔獣を食べてはいけない。ココは今までも魔獣を食べてきたようだが、この先悪影響がないとは言い切れない。


「魔物を食べるなんて昔話でしか読んだことないわよ。それとも獣人には魔獣を食べる習慣があるの?」


「ないよー。ココの村、お肉なかったもん」


 名残惜しそうに炭を見つめながらココは言った。


「でも街には肉がいっぱい、おいしいよねー。でも食べすぎちゃったから、出て行けって言われたんだー」


 無自覚な盗み食いの常習犯であるココは居場所を失い、森に入った。そこで空腹のあまり魔獣に手をだしたのだ。


「最初はツノのあるウサギだったんだー。小さいのに中々死ななかったけど頭を落としたら死んでー。食べたら体が軽くなってね。次は口から火のボールを出す鳥! ココもちょとだけ火を出せたんだ」


 魔獣の額には魔石がある。最初は首を落としていたが、額の魔石を奪えば魔獣が死ぬことに気がついたココは大型の魔獣の額を割る作戦をとった。

 食べた魔獣の力を一時的に手に入れ、その力でより強い魔獣を狩り、最後にあのイノシシの額から魔石を奪い、倒したのだ。

 こんな非常識な話は大聖堂の文献にもない。

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