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アルワッハの詩  作者: かみのこねこ
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プロローグ 『幼いころ見た星』

 彼は夢を見た。

 ある巨大な建物の中心に置かれ、彼は周りの大理石で作られた真っ白な壁に囲まれている。高い壁にたくさんの窓がある。外のまばゆい日差しが窓を通して殿内に差し入り、美しい模様で飾られたじゅうたんに光の斑点を残した。

 彼は自分の目を擦り、不思議そうにデカくて広い広間を見ている。あたりを見廻し、彼は自分の後ろにある巨大なものに気をついた——

 それは冷たい光を通す巨大な星の彫像である。その上にある窓から通してきた日差しはその中心に当たり、それを冷たくて透き通っている氷のようにする。その中から通してきた光はまるでこの昼間の光源のようである。

 彼はそのような彫像のことを聞いたことがある。それは親とともに山に来て、「行商人」と商売をする同じ年の子供たちに聞かれたことである――山の下に聖殿という建物がある。建物の真ん中には神やら主やらのシンボルにされた星彫像があるそうだ。毎日食事の前に、山の下にいる人々はみな聖殿に行き、その中にある星彫像の周りに跪くこともあるそうで、そこに司祭とやら言う白髭のじいさんが彫像の下に立ち、何かを唱えることも時々あるそうだ。その人たちはなぜそんなことをするか彼はさっぱりわからない。氷で星を作ることも。

 もしかしたら、それは氷ではなく、水晶だ。彼は水晶を見たことがある。山のあちこちにそういうものが出てくる。山の下の人たちもそれで「行商人」のところに物を交換する。「行商人」の頭の息子、その彼と同じ年ぐらいの、ヌーアという赤い髪の少年に、彼が水晶をもらったことがある——そういえば、ヌーアは彼の幼いころから唯一の友達だよなあ。その水晶の質感は今目の前にあるそのデカいやつのとそっくりである。

 彼はその彫像に触りたいので前へ足を運んだ。しかし突然,彼は足を止め、手をゆっくりと引っ込めた。なぜ止まるかわからないが,ある音を聞いたからかもしれない。

 その音は人の喋り声に聞こえたり,歌声に聞こえたり,谷を吹き抜ける風の音のように聞こえたりした。それは何の音か全然わからない,その音は彼を呼んでいたかどうかもわからない,自分はなぜここでその音を聞いているかさえ全然わからない。

 突然,自分の頭が誰かに傍を振り返らせたような気がするが,自分で振り返ったような気もする。とにかく,彼は今一面の壁に向いている。真っ白な大理石壁の上に嵌めた一枚の古い扉が見えてきた。

 彼の足は自分で動き出し、その扉の方へ進んだ。その音が聞こえなくなった。

 彼の手はその扉を押し開けた。

 彼は扉の向こう側に入った。

 彼は燃え盛る炎に飲み込まれた。叫びはなし。痛みもなし。


 彼は目を覚めた。

 目の前には谷の中にある燃え盛る炎のように真っ赤な夕焼け、血の色の落日がゆっくり落ちて、そのほとんど涸れた小川の向こうを通して地下へ沈んでいる。

 今はたぶん夕方である。

 自分は谷の中で薪を拾っていたと覚えているが、なんだかいつの間にかこのでかい岩のそばに寝込んでいたらしい。傍らにあるかごいっぱいの薪を見て、もう十分だからそろそろ家に帰ろうと思った。

 山道の両側は切り立った絶壁である。彼の家はその前遠からず所の、一座の小さな丘の後ろにある。

 その丘を登り上げたら,両側の絶壁も山坂になった。丘の上に立つと、彼の家もはっきり見えてきた。目の前にある家を眺めながら,彼は母さんが小屋の前に彼のことを待っているかどうか確かめたい。彼は自分の右手に包帯を巻き,掌の上にある変な模様を隠した。母さんはその模様を見せさせないんだ。

 彼は家の前に立っている母さんを見たが、母さんの前に立っている高い男のことにも気が付いた。その男のことを知っている。その人は「行商人」の頭で、ヌーアのお父さんである男だ。といえば確かに、「行商人」たちは今日北に帰るらしいって母さんに聞いたことがある。今、母さんがその男と何かを話して、相手に手を伸ばしたのが彼は見た。その手の中に何かがある。

 彼はよく見た。それは小さな水晶の塊だ。

 ヌーアにもらったその水晶だ。

 彼はそんなことをさせたくない。それは自分の唯一の友達からもらった唯一の贈り物だ、しかもその友達は今日山の向こうに帰っていくんだ。自分はいつもそれをベッドの下に隠したのに,母さんはどうやってそれを見つけ出しただろう。母さんはなぜそれを他人に渡すだろう。

 彼はそんなことをさせたくない。彼はその所有者の許可を得なかった交易を止めたい。速足で丘を駆け下り、そのおじさんが馬に乗って離れる前に止め、水晶を返させるんだ。

 彼は速いスピードで走り続けていて,息も荒くなってきた。彼はおじさんが何かを入れた袋を母さんに渡して、自分が水晶を握りながら馬に乗るのを見た。

 もう間に合わない。この人はもう行ってしまうんだ。ちょうどその時、彼の心臓の鼓動は急に速めた。息もさらに荒くなった。彼はもう窒息しそうだ。眼もかすんできて、意識ももうろうとしてきた。彼はただ無理に右手を出して、その人を叫びで止めたい、自分の水晶を留めたい。

 だが彼は叫ばれない。自分の中にある何かを外に出たような気がしたからだ。右手にある繃帯の下に何かが光っているのを見た。その馬がいきなり地面に倒れこんだのを見たような気がした。

 そして彼自身も丘の下に倒れこんだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 彼女は逃げ出した。

 昨日の夜は従兄の洗礼だった。家主としての伯母さんは全ティストリア家をアヤールに儀式を参加に来させた。もちろん彼女とお父さんは例外ではない。

 昨夜、従兄の洗礼が終わった後、ティストリア家はこのアヤールっていうあちこち聖殿ばかりのシティーで一夜泊まった。今朝やっとアヤールから出てヴェ二エールの都カカロムへ戻る。

 しかし途中でなぜか伯母さんが馬車を立ち止まらせた。立ち止まったところはクラウヤミーカとやらいう町らしい。ここはアヤールよりもっと小さくて、もっと古くて、聖殿のような大きいな建物さえあまりない。伯母さんは用事があるから、ちょっとここで泊まって待ちなさいと彼女たちにいった。その用事はなんだか誰も知らない。ぼろぼろの小屋と草も生えてない山ばかりのところなのに。

 聞こえがいいように「市役所」と名付けたぼろぼろな小屋にティストリア家を伯母さんが留まらせ、自分一人がどこかに行ってしまった。埃だらけの小屋に全家族がひしめいていてみな文句をぶつぶつ言っている。従兄は勢力でうじゃうじゃ逃げっているゴキブリを囲むことさえしてきた。

 今はチャンスだ。

 この家はもういやだ。この家には伯母さん以外彼女に関心を持っている人はほとんどない。彼らは皆いつも従兄のことばかり関心を持ち、彼女の両親でさえそうだ。伯父さんがいるとき彼女のことをかわいがったが、彼が無くなりになった以来、家族の中で彼女をかわいがる人は伯母さんとその老いぼれた執事二人だけになった。お父さんもお母んでも、それぞれの叔母さん叔父さんも、もちろん、その性格悪い従兄も、いつも彼女をからかうばっかり、彼女を使うばっかり、彼女を「天経」の中の独り言みたいな話を暗唱させるばっかり。伯母さんがいるとき彼らはそんなことあまりしないが、もし大貴族としての伯母さんが仕事があって家にいないと、彼らはすぐ彼女を虐め始める。夜明け前に教会に行かせて「天経」を読ませることさえもした。

 そんな生活はもういやだ。今回こそ逃げ出して見せる。

 彼女は「外で息抜きしてきます」とお父さんに言った。しかしお父さんは叔父さんのところに伯母さんの文句ばっかり言っている、彼女のことに全然気づいていない。周りを見回して、彼女のことに気づいている人は誰もいないことを彼女が知った。彼らはそれぞれ文句を言ったり、聖力で作った小さな土壁でゴキブリを捕まえたりしている。

 彼女はそっと外へ出て町の後ろにある山に向いた。どうして山に行くか彼女はわからないが、なんだか山に何かが彼女を待っているような気がする。

 振り返って誰も追ってきていないと確認し終わって、彼女は山へ進んだ。

 幼いころから弓術と剣術を練習させられた彼女は、七歳だけなのに同齢の子たちに超えたおそろしい持久力を持っている。クラウヤミーカは頂上まで遠くないから、丸坊主の山を一時間上ったら、もうすぐ頂上に到着する。

 山の向こう側に行ってしまったら、彼女をつかめることは彼らができないだろう。そう思っていて、夕焼けの下にもう疲れた体で彼女は歩き続けている。

 その時、彼女は見た。山の頂点で、夕焼けの真下で、ある人影が木のように立っている。それは従兄と同じ年ぐらいの男の子で、その真っ赤で長い髪はまるで夕焼けと一つになった。

 頂上に辿り着いたら、その少年が崖端に立っているのを見た。少年は今年齢に似合わぬ鋭い目つきで崖の下を眺めている。

 少年に近づき、彼女も崖の下に眺めてみた。谷の中に町の建物たちよりもっとボロボロな小屋を彼女は見た。小屋の外に一人の女と男が見られる。

 顔を傍の少年に向いて、彼女は楽しそうにあいさつした。

「カシャ・ティストリアとは私の名前です。あなたは?」

「ヌーア・アシ―ア。だが父にヌーア・クラウアと呼ばれる」と、少年は冷たい口ぶりで答えた。その目は動かずに崖の下に眺めている。ルビーのような眼は氷のように冷たい。

 彼女はなぜか彼の目をその真っ赤な髪のようにも燃やしたくなったから、「何を見てる」と話しかけた。

「父を。そこにある男だ。傍にいる女の人はヌートさんだ。ヌートさんはわたくしと同じ年くらいの息子がいる」と答えながら、少年は座った。彼女もいっしょに座った。少年は彼女の方に振り向いた。変わらず冷たい目つきで。

「大地の聖霊ティストリア家の第二のお嬢様、君はなぜこんな荒野に来られた?」

「私のことを知ってるか」と彼女が問った。荒野で出会った知らない人がまさか自分の身分を知っていることに驚いた。

「幼いころ父に連れられて君と君の兄貴と出会ったことがあるが、君は多分もう忘れた――父は行商人だ」

 もちろん彼女はもう忘れたが、問い詰めるつもりはない。目の前にあるその少年は過去よりたちの方が彼女の興味を引き付ける。

 突然、少年の頭は少し前に出て崖の下を睨んでいった。

「来た」と。

 彼女もそこを見た。崖の下にヌーアと同じ年ぐらいの男の子が走り出したのを彼女は見た。その男の子は小屋の前に立つ二人の方へ走っている。ヌーアの父さんは馬に乗るつもりのようだ。

「その少年はミヤノス・ヌートだ。さっき言ったヌートさんの息子だ」

 そのミヤノスという男の子を彼女は睨んだ。男の子は走りながらヌーアの父さんのほうへ手を出した。すると、馬はいきなり倒れ、男の子も倒れてボールのように坂を転がり落ちた。

 その二人の大人が男の子に走り寄るのを彼女は見た。小屋の扉が開けられたのを彼女は見た。中からある人が出たのを彼女は見た。自分の伯母さんが中から出たのを彼女は見た。伯母さんが頭を上げて、こっちに向いたのを彼女は見た。

 彼女がいきなり後ろへ走り始めたのを彼は見た。彼女が石につまずいて転んだのを彼は見た。先代の大地の聖霊でトラルマーラ女公爵アン・ティストリアが山に走ってくるのを彼は見た。


 ヌーア・アシ―アは突然立ち上がり、目がうつろになり、前の虚空に眺め、両手を祈祷の姿勢にし、唇は不自然に動き出した。

「主の罪人よ、審判がもうすぐ来るのだ!主は汝らの魂を主の御座の前に来させ、主は汝らの罪を主の机の上に陳列するのだ。主は汝ら罪人に受けるべし罰を受けさせるのだ!」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 彼は目を覚めた。家のベッドにいる。


 彼女は目を覚めた。揺れている馬車の中にいる。


 母さんは傍に座っている。彼が目覚めるのを気付けたら、一枚の石を持ち上げた。石は光ってきた。母さんは彼の右手を引き、石の光を頼りにして詳しく眺める。


 お父さんは傍に座っている。彼女が目覚めるのを気付けたら、彼女を胸に抱いた。彼女は呆然として向こうに座って渋い顔をしている伯母さんを眺める。


 彼は母さんの後ろの窓を通して北の漆黒の夜空に向いて見た。


 彼女は伯母さんの後ろの窓を通して北の漆黒の夜空を向いて見た。


 北の漆黒の夜空の中で、一枚の明るい星がふと瞬いた。


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