雨夢
三題噺もどき―ひゃくななじゅういち。
お題:雨降り・夢・人影
視界一杯に、真っ白なカーテンが広がる。
一つ一つは小さな粒でも、ここまでとなると。
これ程の光景になるのか…となぜか感心してしまった。
「……」
耳に届くのは、ただ水が地面をたたく喧しい音だけ。
何度も何度も地面にぶつかり。弾け。その身を滅ぼして。
次の瞬間には別のものがその上に重なるように、ふり落ちる。
「……」
水にぬれた頭が重くて仕方ない。煩わしいことこの上ない。
長めに切りそろえた前髪が、ぐったりと私の視界を塞ごうとしている。かろうじて視界は開けているので、目の前の景色は見放題だ。
自分の髪ながら、やる気がないようで何とも、笑えてしまう。
「……」
ほんの数日前に短く切ったはずの髪は、以前の長さに戻っていた。
肩よりほんの少し下のあたりまでの長さ。おかげで重さが増している。
あの短い状態ならまだましだったろうに。切ったと思い込んでいただけなのかと思う程に。きれいさっぱり元の長さに戻っていた。
「……」
頭上に落ちたその水は、そのまま私の顔までしたたり落ちる。
それでもこの酷さだから。たいして気に障るほどでもないのだが。
時たま、その存在を証明しようと、ゆっくりと流れてくるのもいて、気味が悪くなる。
そのたびによくわからない寒気が私を襲う。
「……」
そのたびに視界がゆがむのも、訳が分からない。
「……」
もちろん、それなりの量の水が全身を打っているから、衣服なんてぴったりと体に張り付いている。白い長そでのシャツが、水にぬれ、びったりと。私の腕を浮き上がらせる。
その薄い布の下に隠された、私の腕を。
「……」
身体は、数多の手で触られているようで気持ちが悪い。
所々できているしわが、そのままの形で張り付いて、針でも刺されているように痛い。それに重ねて、ふり落ちてくる水も刺すようにやってくるから、痛みが増している気がする。
「……」
手触りのいい薄く軽い素材のスカートを履いているせいか、足の形がはっきりとわかるほどに張り付いている。見たくもない私のそれが、さらされているようで、嫌で嫌で仕方ない。
そんな状態だから、全身が他人の手で触られているようで。耐えがたい気味の悪さが私を襲っている。
「……」
足元ももうほんとに、気持ち悪くて仕方がない。
お気に入りのスニーカーなのに。水にぬれてじっとりとしていて、今すぐにでも脱ぎたい。
中にある靴下のせいだろう。私の足を覆うその布は、もう、水に濡れたままの雑巾でも巻いているのかと思う程に心地が悪い。
「……」
スカートのすそと、靴のヒールカラーの間にある足首にも水が伝う。
ナメクジのようにゆっくりと。
舐めるように足首を流れ落ちる。
やけにはっきりと伝わるその感触に、身震いする。
「……」
それに気づいてしまうと、もう駄目だった。
皮膚を伝う水がすべてのろく感じてしまう。
舐めるように、流れていく。
身体の輪郭をなぞるように。
伝い。流れ。
「……」
気持ちが悪い。
さっさと逃げ出したい。
こんな水に濡れながら、皮膚を舐められながら。
立ち尽くしている訳が分からない。
「……」
それでも体は動かない。
ただ落ちてくる水に、その身を晒しているだけ。
視界にはただ真白な世界が広がるだけ。
私以外の人影すら見当たらない。
「……」
あぁ。
これは。
夢だ。
「……」
夢以外のなにものでもない。
「……」
だから私は、こんな所に立ち尽くしているのだ。
「……」
訳も分からぬまま。ここに居るのだ。
「……」
訳も分からぬまま。泣いているのだ。
「……」
こんな雨降りの中。
立っている事しかできないのだ。
「……」
上を見上げることもかなわぬほどの、豪雨の中で。
「……」
ただ一人。