第四話 料理上手なんて聞いてない!
「おやっさんって、元々騎士だったのか?」
「いや、お前知らないんじゃないのかよ!?」
俺とおやっさんは調理場の奥に進んでいた。
調理場には入ったことはあるが、奥に何があるのかはわからない。
「さっきスキルが教えてくれた。」
「まったく、お前のスキルはどうなってるんだよ…。」
しばらく歩いていると、通路の最奥にたどり着いた。
頑丈そうな鉄扉があり、なにかを守っているような重厚感を感じる。
「そういえば、おやっさんは俺がスキルのこと聞いたとき、結構あっさり引いたね。」
「あぁ、ハルトのことは信用しているからな。それにスキル《天眼》には嘘看破の能力もある。ハルトが嘘を吐いてないことはわかったからな。」
「おやっさん……。」
そう言いながら、おやっさんは扉の鍵を開けた。
その奥にあったのは___
「……剣?」
異様なオーラを放つ剣だった。
「おう。俺の愛剣、カリバーンだ。」
〔カリバーン!?かつて邪竜バハムートを葬った英雄が、その叡智と素材を使って作り上げたという、あの!?〕
アイさんが興奮していらっしゃる。
だが、これで確定だろう。
さっき調理場で見せられた重圧。
おやっさんと同じ名前の剣聖。
そして、異様なオーラを放つ剣。
おやっさんは、剣聖グレゴリウスで間違いないだろう。
「さぁ、これで俺が剣聖であるということはわかったとは思う。」
「あぁ、骨の髄まで理解したよ。」
「ハルト、お前に問おう。お前は何者なんだ?」
これは、ちゃんと話しておかないとこれからの関係まで拗れそうだ。
俺は、ここまでの経緯を包み隠さず話した。
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「悪い、俺の思っていたよりもぶっ飛んだ話だ。」
どうやらおやっさんの許容量が限界を迎えたようである。
「毎日瞑想してたらスキルが変化した!?それも相手のスキルを模倣するスキルに!?おまけにアナウンスの補佐付き!?もう訳がわからん!!」
〔いやぁ、美人のアシスタントなんて照れますねぇ。〕
そこまでは言ってない。
しかし、おやっさんの言うように、ぶっ飛んだ話であると俺も思う。
普通に聞いたら、ほら話として笑い飛ばすだろう。
だが、おやっさんのスキル《天眼》には嘘看破の能力があるらしい。
つまり、おやっさんはこの荒唐無稽な話が真実だとわかってしまうのである。
「とんでもない話聞かされてよく分かった。お前の力はなるべく隠しとけ。そしてなるべく他人に言うな。」
話し終わった後のおやっさんの第一声である。
たしかに、他人に話して疑われるのも得策ではないし、ここは従っておくべきだろう。
「そうだね、そうさせてもらうよ。」
「じゃぁその上で聞く。ハルト、お前は俺になんの利益を寄越す?」
「利益?」
「そうだ。俺の命とも言える天眼を模倣させるんだ。なんの見返りもないわけないだろう?」
まぁその通りだ。
自分の命綱を他人に真似されるんだ、よく思うはずがない。
けれど、利益になるものか……
〔マスター、マスターは今のグレゴリウスさんにぴったりのスキルを持ってるじゃないですか!〕
何?
〔料理のスキルですよ!いつもすごいスピードで料理を作ってるじゃないですか!〕
それは少し違うな。
俺の元々のスキル《ものまね》で【宮廷料理人 ぺデロ】を模倣したことでできる動きで、俺自身の動きではない。
ぺデロのスキルも《読心》だから、料理関係のスキルは俺は持ち合わせていない。
〔そうですか……〕
まぁ確かに、おやっさんに料理のスキルが貸し出せればよかったんだがな。
肝心の俺がそのスキルを持ってないことには___
〔じゃぁ、スキルを作りましょう!〕
「え?」
〔データベースより【宮廷料理人 ぺデロ】のデータを照合。成功。【宮廷料理人 ぺデロ】の経験をスキル化します。成功。スキル《超速宮廷料理術》を生成しました。スキル《超速宮廷料理術》を個体名:ハルトに付与しました。〕
一瞬のことでわからなかったが、昼間の騒動であったようなことが俺の中に起きていた。
知らない料理のレシピ、知るはずもない調理法、テーブルマナーや接待術まで。
ありとあらゆる宮廷料理人の技能が俺に備わった。
〔マスター、これで交渉のテーブルにつけるのではないですか?〕
きっと顔があったならば、ドヤ顔をしているだろう声色でアイが言う。
色々問い詰めたいことはあるが、後にしておこう。
「おやっさん、俺がアンタに出せる利益は___
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その日、「黄の蜜熊亭」はいつもとは違う賑わいを見せていた。
なにせ、今日の料理人が問題である。
「大将……大人しくハル坊に厨房を譲りな。あんたは肉を切ってればいい。」
「大将……逆立ちしなくたって料理ができもしないあんたが、何をするって言うんだい。」
「ロールキャベツ」
一部をさておき、大将のグレゴリウスが料理を作ることに不満の声が上がった。
しかし、グレゴリウスは自信満々に
「おう、今日の俺は無敵だ!どんな料理だって頼みやがれ!」
と言い放った。
しかし、おやっさんの今までを知る者達からすれば、躊躇うのも無理はない。
と、そこへ注文が入った。
「ロールキャベツ」
いつもロールキャベツしか頼まない、というかロールキャベツ以外喋ったところを見たことがない男である。
「待て待て……ロールキャベツ!お前死ぬ気か!?」
「そうだぞ……ロールキャベツ!食べようと思うのは立派なことだが、あいつのはもはや殺人兵器だ!」
尚、微妙な間があったのは、誰も男の名前がわからなかったからだ。
ちなみに、彼の正体は北街道の警備をしている衛兵、マックである。
そんな勇者の出現にどよめく観衆を前に、兵器は完成を迎える。
「できたぞ、ロールキャベツ一丁!」
「「うわぁぁぁッ!?もうおしまいだぁぁぁッ!!!」
この瞬間、一部の客は違和感に気づく。
あのグレゴリウスが、形だけとはいえロールキャベツを作り上げたのだ。
家庭料理とはいえ難易度の高いロールキャベツを煮崩れさせずに作り上げるのは至難の技だ。
それを、火を使わせたら建物ごと燃やし尽くしそうなグレゴリウスが作り上げたのだ。
悪夢以外の何物でもない。
そんな彼らをよそに、勇者は決戦を迎える。
「ロールキャベツ」
「「待て、早まるなァーッ!?」」
約2名の慟哭をよそに、マックはパクリ、とロールキャベツを頬張った。
「あぁ、もうだめだ……」
「俺たちは、止められなかった……」
若干テンションのおかしい約2名を横目に、マックはもぐもぐと咀嚼し、呟いた。
「ロールキャベツ!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
「「嘘だろぉぉぉ!?」」
お気に召したようだ。
マックは表情の薄い顔に満面の笑みを浮かべ、ロールキャベツを一口、また一口と食していった。
ロールキャベツに対して一家言を持つマックが気に入る。
この事実に、客達は驚愕した。
「ふふん!」
「「「「「「「大将、あんた料理できたのか!?」」」」」」」
店内は普段とは違った賑わいを見せたものの、馴染み深い大将がついに料理をできるようになったことに喜ぶ者も多かった。
こうして、「黄の蜜熊亭」は夜の街を灯りと笑い声で照らしたのだった。
また、散々騒いでいた2人は、大将の容赦ないゲンコツが振る舞われたという。