04.ミアは国を出る
本日、投稿二回目ですので、前話の読み飛ばしにご注意下さい。
ノエルさんは黒く雄々しい馬、モネを連れてきてくれた。モネはとても賢そうな澄んだ目をしている。
ノエルさんと挨拶を交わせば、にこっとしてくれたので、いつもながら「まぶしっ」ってなった。
街中なので、手綱を引いて並んで歩く。
「あの国だと、馬車で行こうとしたら、だいぶ遠回りになっちゃいますよね」
「はい。だから馬で森を抜けた方が早いです。一緒に乗りましょう」
旅の目的地について、ノエルさんに行きたい国はあるかと問えば、妹さんが他国に嫁いでいる事を話してくれたので、その国に行くことに決めた。
妹さんが嫁がれてから、会いに行くのは初めてらしく、ノエルさんの声は少し弾んでいる。
あ、と声を漏らしたノエルさんは私の耳元に顔を寄せた。
「右手、握力も戻ってきて、素振りもできる様になったんです。治してくれてありがとうございます」
ふわりとした至近距離の笑顔で、一気に顔に熱がたまる。いつもの良い声が、潜められて掠れて耳に息がかかって……。
「色っぽすぎます!」
「えっ」
「そういう大人な魅力は、もうちょっと距離をとってください。耐性ないので」
そういうつもりは……とかモゴモゴ言いながら、へにょりと眉を下げて、真っ赤になるノエルさん。星を散りばめたお目目が心なしかウルウルしている。
すんごい可愛いし、これはこれで色気が増し増しでやばい。すれ違う人が二度見したり胸元押さえたり忙しなくなる。
このままでは逆恨みではなく、可愛い罪で連行されてしまうのではなかろうか。
ノエルさんは、また暗殺者に襲われる可能性がある。そのため、国を出るまでは右手は使わないようにして、動かないフリをする事にした。油断をして貰えるならその方が良いとの事。
ノエルさんの許可を貰い、右手に触れさせてもらう。掌に魔力をまとわせ滞りを感じた所を押し流す様にイメージする。
ノエルさんは私の力について、詳しくは訊ねない。
私の行動をただの事実として受け止めて、大切な事だと理解してくれている。ずっと1人で守ってきた秘密を共有してもらう事が、こんなに心を軽くするなんて想像もしなかった。
その相手がノエルさんである事がすごく嬉しい。
「温かくて気持ちいいです」
ノエルさんがほっとした様に息を吐いた。
彼と治療の為とはいえ、手を繋いで歩けるだなんて夢みたいで、ステップを踏んでしまいそうになる。
春のお祭りで皆んなで踊るあれだ。やらないけどね。そんな気分って話。
「治療が合ってよかったです。ノエルさんの怪我は、大切な組織は傷つけていなかったし、傷自体も塞がっていたので効果がありました」
怪我と修復の過程で、傷の周辺が浮腫んだ様に滞り、それによる圧迫で痺れや痛みが出て、握力の低下や動きづらさが起こっていた。
だからその流れを改善する治療で効果が出た。
「私は治癒は出来ないので」
治そうとする『治療』を試みることが出来ても、どんな怪我でも確実に『治癒』させるなんて事はできない。
私はこの力を人に知られたくない。
治療がたまたま上手くいって、治癒魔法だ、聖女だ、病が治せるだとかありもしない事を期待されたら困る。
出来なくて処罰されるのなんか嫌だし。
そうでなくても、力目的に貴族に囲われるのとかも望まない。
自意識過剰だとは思う。でもこの力は……。
「俺、絶対言いませんからね」
ノエルさんを見れば、強い視線とぶつかった。
すっごく、かっこいい。
星を散りばめた瞳と完成度の高すぎる美貌が眩すぎて、危うく意識が飛ばされそうになる。
「俺の妹も、王に囲われる所だったんです」
「それって、他国に嫁がれたっていう……?」
「はい。これから会いに行く妹です」
お忍びで街に出ていた王様が、妹さんを見初め、そのまま愛妾として連れて行こうとしたという。
王様の節操のなさが半端ない。
たまたまノエルさんが非番で側にいて、かばえた事と、王がお忍びだったため騒ぎを避けた事が幸いして、家に帰れたらしい。
「その日の内に婚約者の所へ旅立たせたんです。妹の婚約者が他国の貴族で、嫁入りを待ちきれない位に好いてくれていたのが幸いでした。次の日には、王からの使者が乗り込む様にやってきたから間一髪だったんですよ」
男女問わず、見目麗しい者が好きで、手段を選ばないと噂の王様。
ノエルさんの前に、妹さんも王様の餌食になりかけていたとは……。きっと綺麗なお嬢さんなのだろう。
ノエルさんと似ていたとしたら相当な美人さんだ。
「妹さんとは連絡は?」
「手紙をやり取りしています。ミアさんの店で買った小物を手紙と一緒に送っているんですよ」
そういえば、ノエルさんが女物を買っていくことに色々想像して、モヤモヤしてた時期もあったなぁ。
「それは照れますけど、嬉しいです。わざわざノエルさんが選んだ物だから、きっと喜んでくれてますね」
「いつも好評ですよ。ミアさんにも会いたがって…っ…! って、言うのは置いといてですね」
ハッとした後に夜空色の瞳を泳がせ、黒髪から、ちょんと覗いた耳を赤くするノエルさん。
私の事を手紙に書いたのだろうか? 何を書いたのか、知りたい様な知りたくない様な。
「とにかく言いたかったのは、ミアさんが秘密の漏洩を警戒する事は、良いと思うって事です。誰が邪な考えを持つかわかりませし、本人に悪意は無くても知り合いがそうかもしれませんしね」
話しているうちに街を抜けて、モネに乗る事になった。
ノエルさんに背中を預けるのは顔が熱くなるけれど、守られている感じが嬉しい。
さっきの続きですけどと、ノエルさんが後ろから話しかけてくれる。
「ミアさんの秘密は俺が独占したいんです。だからバレない様に注意して下さいね。俺も気をつけます」
柔らかく照れた声音で好意を含ませた言葉をくれた。
私は人を信じられなくて、それを仕方ないって言い訳するずるい奴だ。
彼は、そんな私を肯定してくれる優しい人。
「ノエルさん好き」
「え!? あ、ありがとうございます」
胸がいっぱいで、想いが際限なく溢れそうになってしまって、慌てて唇を引き締めた。
ノエルさんは秘密を守ると言ってくれた。そんな彼を信じている。
でも、将来どうなるか、わからないとも思っている。
何か事情があって私の秘密が彼によって暴かれたとしても、ノエルさんを信じた事を後悔する事は絶対にない。
裏切られる覚悟を持って、私は彼を信じている。
ノエルさんの硬くて広い胸と腕に囲まれる幸せを堪能していると、彼が緊張するのを背中に感じた。
「尾行されてます」
王様の指示だろうか?
国境で止められてしまった場合は、抵抗して騒ぎを起こすのではなく、一度引こうという話でまとまった。
「すんなり出てしまいましたね」
「良かったですけど、何故でしょう?」
尾行がいるにも関わらず、問題なく国境を抜けてしまい、拍子抜けというか、逆に気味が悪い。
「このまま、ずっと付いて来んのか? 寝込みを襲おうとしている? 人数も増えているし、なんでそこまで……」
ノエルさんは小さく独り言をこぼしながら思案している。
国を出てまで追ってくるなんて……。
本気の殺意を感じる様で、背中がぞわっと震えた。
もちろん、ノエルさんに伝わらない筈がない。
「巻き込んで本当にすみません。絶対に本気で守ります」
ノエルさんの声は強い。
けれど手綱を持つ手には、力が入りすぎているように見えた。
優しい彼は、私が傷つけられるのを恐れ、この状況を後悔しているのかもしれない。
私が傷つくって事は、それを守ってくれるノエルさんが無事では済まないって事なのに。
「ノエルさんといる事を選んだのは私です。何があっても後悔しませんよ」
どの行動が危険に繋がるかなんて、なってみなければわからない。
今回の場合、選択肢の中に安全に繋がるものが無かった可能性だって高いのだから。
この森の中に馬で入るのは問題ないけれど、地形と樹々の密度のせいでスピードを出すのは難しい。
追われている今、どうしようかと迷いつつ、追手も馬で、その上複数な為、当初の予定通り森を抜ける事にした。
日が暮れていく。
しばらくモネを走らせていると、追手との距離が開いてきた。このまま走れば振り切れるかもしれない。
そう思ったところで矢に襲われた。
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