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03.ノエルは秘密を知る



「俺も国を出ます!!」



 ミアさんの肩がびくんと跳ねた。焦り過ぎて、声がデカ過ぎたみたいだ。

 慌ててミアさんに「すみません」と謝る。


「本気で仕事から、王から離れたいんです。ここにいて殺されるのも嫌ですし。その……ミアさんと一緒に行かせてください」


 俺の言い訳と願望に、ミアさんの目と口がぽかんと開いた。

 他人の俺にいきなりこんな事言われたら、驚くというか困るよな。



 気持ち悪いって思われたか?

 でもどうせ駄目だったら離れるしか無いんだ。


「護衛役と思って下さい」

 

「暗殺対象の人物が側にいたら逆に危険なのでは?」


 なんて冷静な返し。

 正にその通りで言葉に詰まる。神妙な顔をしたミアさんへの反論が思いつかない。


「それは、その……あ! 既にミアさんも暗殺対象になってるかもだから一緒にいた方が良い」

 って! これを俺が言うのは駄目だろ!


 がばりと頭を下げた。


「違う! すみません俺最低です! 良い事思い付いたみたいに言いましたけど、内容的に全く良くなかった。酷い事言いました。俺のせいなのに本当ごめんなさい」


「……私にとっての悪は、暗殺を依頼した人間と実行した人間です。ノエルさんは逆恨みを受けた被害者ですよ。謝罪は受け入れますけど、気にしすぎないで下さいね」



 失言した上に慰められてしまった……。


 情けないと思いつつも、俺はミアさんの優しさに甘えて口を開く。


「実際、女性が一人で旅をするのは危険だと思うんです。俺といるのとどっちが危険かは……今の状況的に判断つかないけれど、でも、側にいる限りはちゃんと守ります」



 ミアさんは迷う様に目を揺らして、胸元で右手をキュッと握り締めた。

「私、実は秘密があるんです。一緒に旅をしたら、ノエルさんにもバレちゃうと思います」


「それを俺に知られたくないって事ですね」

「そう、だけど……ちょっと違って。知ったからには絶対秘密にしてほしいんです。けど、それを強要する権利が私には無いですし」


 ミアさんとの秘密?


「絶対に誰にも言いません」


 言うわけがない。


「でも、ノエルさんにとっては大した事では無いかもなのに……」


 ミアさんの秘密を共有して貰えるなんて嬉しすぎて、それを自分から放棄するなんて有り得ない。

 でも、こんな独占欲、きっと気持ち悪がられてしまう。



「絶対言わない自信があるんですけど、どうしたらミアさんに信じて貰えるのかが分かりません」

 正直に伝えると、ミアさんが俺じっと見つめた。訝しむというよりも恐れる様な目だ。



 その目を見た俺は、気持ちがふっと凪いだのを感じた。


 ミアさんは怖いんだ。


 それなのに俺を信じようかと悩んでくれている。



 立ち上がり、そして、ミアさんの足元に片膝を突いた。

 ミアさんの膝にあった小さな手をそっとすくい上げると、小さく細く少しだけカサついた指先がピクリと動いた。

 しかしそのまま俺の手の中から逃げないでいてくれる。




「ミアさんの事が好きです」



 蜂蜜色の瞳がまんまるになり、桃色の花びらの様な唇がふるりと震えた。


「ミアさんと旅がしたい。さっき色々言ったのは本心だけど、一番の理由は、ミアさんと会えなくなるのが嫌だったからなんです。こんな事言った男といるのは抵抗あるかもだけど、でも、俺、ミアさんの嫌がる事は絶対にしません。友達として一緒に行かせて欲しいんです。貴方を守らせて下さい」



 言った。

 告白、してしまった。


 ミアさんは戸惑う様に視線を落としている。

 即座に拒否はされなかった。でも、どうだろう? 余計に怯えさせてしまった可能性もある。


 ミアさんは目を閉じた。

 そのまま思案して、開く。パチリという小さな音は俺の耳にも届いた。


 蜂蜜色を煌めかせているのは、決意だろうか。



「腕を……」


 ミアさんは、俺の右腕に手を伸ばした。


 手首に触れる細くて冷たい指の感触に、ミアさんから触れられているという現実に、肩が揺れそうになるのを咄嗟に抑える。

 俺の手の中にあった左手もスルリと抜け出し、両手で右腕の袖を捲り上げた。


 俺の怪我が見たかったのか。なぜこのタイミングなのか。

 分からないけれど止める理由もない。



 肘から手首まで走った傷はもう塞がっている。しかしまだ痛みが残っており、筋肉も損傷したのか、手を握る事すら難しい。

 そんな俺の説明をうんうんと聞きながら、ミアさんは掌で傷跡を撫でてくれた。



 どうしようもなく照れる。

 だってミアさんの手のひら、すっげぇ柔らかい。


 こんな真剣な空気なのに、ミアさんの掌の感触や、間近にある可愛らしい顔、前髪が揺れる様子、長いまつ毛に半分隠れた、蜂蜜色の瞳。


 すべてが愛しすぎて。


 気になり出したらもうダメで、顔が熱くなって、心臓も苦しいくらいに脈打っているせいか、右腕まで温くなってきた。




 温もりを感じたと同時に、押し流される様に痛みが引いていく。

 驚きで俺は一瞬、息を止めた。


 嘘だろ?

 コレは……まさか、治療なのか?

 ろくに動かせないどころか、何もしなくても鈍痛が纏わりついていた右腕から痛みが消えていく。

 消えてしまった。



 まるで魔法の様に。



 唖然としているうちにミアさんの手が離れていく。

 手を握り、開く。

 少しつっぱるし力は入らないが、痛みがない上にスムーズに動く事に、また驚く。


「まさか……治癒魔法?」

「違いますよ」


 即答と震える声に、はっと彼女を見た。

 ミアさんは表情も身体も強張らせ、目には怯えを浮かばせている。



 魔法というものが受け継がれるのは血族だけらしい。その上、血族でも全ての人が使えるわけではない。

 血は薄まっていき、結果、魔法を使える者は数を減らし、絶滅した。


 現在、魔法が使える者はいない。



 ミアさんが、何が出来るかは関係ない。

 魔法では無く技術だとしても、魔法( それ)らしきものだと思われた時点で、終わる。


 王どころか多数の貴族、いや、貴族ではなくとも、数多( あまた)の人間が邪な価値を見出し、治療という面を見れば、純粋という傲慢さで慈悲を求める事が容易に想像できた。

 富める者、病める者、貧しき者、信心深い者。

 どんな人間であっても彼女の秘密を知れば、捕獲や搾取や祭り上げによって、彼女の望まない人生を強制してくる可能性がある。



「ミアさん」


 緊張に震える小さな手に、俺の無骨な手を出来うる限りの優しさで重ねた。

「治療してくれてありがとう。絶対に秘密にします」



 ミアさんの強張った肩からふっと力が抜け、笑ってくれるのを見たら、俺はなんだか泣きそうになった。


「……治療を続ければ、もっと良くなると思いますよ」


 腕の痛みが引いたのはもちろん嬉しい。



 でもそれ以上に、ミアさんの命に関わるとも言える秘密を伝えてくれた事に、信頼に、堪らなく心が震える。


「ミアさん、俺は貴方を、貴方の秘密ごと守りたい。一緒に旅をさせてほしい」



 ミアさんの細くて白い喉から、こくんと音が鳴った。

「はい。よろしくお願いします」



 承諾してくれた。

 

 嬉しい。嬉しすぎて、情けなくも目頭が熱くなるのを奥歯を噛んでこらえる。




「それと、あの、私もノエルさんが好きです」


 

 心臓が爆発したかと思った。


「でも、恥ずかしいので、お友達からお願いしたいです」


 ちらりと俺を見上げるのは潤んだ蜂蜜色。目元を赤く染めながら花開く微笑み。



 俺は両手で顔を覆って天を仰いだ。


「よろしくお願いしますっ」



 何とかそれだけを言い、可愛いミアさんを視覚から強制的に遮断して、ひとまず落ち着こうとする。


『私もノエルさんが好きです』


 落ち着けるわけがない。

 ミアさんの言葉が頭で勝手に繰り返されて、そのたびに心臓が衝撃を喰らって呼吸さえ奪われる。



 それにしても、これは現実だろうか。


 帰り道の襲撃、生き延びたよな? 実は死の狭間で夢見てるとか、既に天国とかねぇよな。


 指の隙間から覗けば、ミアさんが優しく笑って俺の奇行を眺めている。慈愛に満ちた眼差しは天使どころか女神だった。


 やはりここは天国では?



 緩みすぎて、顔面崩壊がやばくて、慌てて掌で覆う。


 気を引き締めるために口の中を噛んで広がる血の味と痛みが、現実だと教えてくれた。




次はミア視点です。


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読んで下さり、ありがとうございました。

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