02.ノエルは謝罪した
数年間気になっていた女性を家まで送ることになり、名前呼びを許され、その上家の中にまで上がらせて貰っている。状況だけ見れば最高だ。
だが現実は……最悪だ。
一緒にいたせいで、ミアさんを俺の暗殺に巻き込んでしまった。
罪悪感で震える手を膝の上で握り締めながら、首謀者が王であると考えられる事と、その矛先がミアさんに向く可能性を話した。
ミアさんが、傷つけられるかもしれないなんて、口にするだけでも恐ろしくて、背中に汗が伝う。
「わかりました。国を出た方が良さそうですね」
少し眉が下がった、困った様な笑顔で彼女が言った。
すっげぇかわいい……。
いやいや違うしっかりしろ俺。今はミアさんの愛らしさに見惚れてる場合じゃねぇだろ。
ミアさんを困らせているのは俺のせいだってのに、初めて見る表情に脳が引っ張られる。
それにしても、あっけらかんとした口調だったな。
俺が気にしない様に敢えてだろうか? ありえる。ミアさんは優しいから。
……って、国を出る?!
自分のせいだと、血の気が引いた。
ミアさんの選択は正しい。
俺を殺そうとしたんだ。ミアさんも同じどころか、あの王が興味を示せば、どんな目に遭わされるか、想像するだけで怖気が走る。
俺が側にいたせいで、ミアさんの人生を歪めてしまった。
「私、そろそろ国を出ようと思ってたんです。だから今回の事はキッカケになっただけなんですよ」
だから俺のせいだけでは無いと言ってくれた。ショックを受けたのが顔に出ていたのかもしれない。
鵜呑みにするつもりは無いのに、優しさが胸に染みて、罪悪感が少し和らげられてしまう。
こういう所がこの人はずるい。
「元々国を出る予定で、随分前から旅立つ準備はしていたんですよ。この国には長く留まりすぎちゃってるんです。だけど国を出るとノエルさんと会えなくなっちゃうから」
「え?」
「あっ」
思わず声が出て遮ってしまった。失敗した。
ノエルさんと会えなくなっちゃうからって言った。 続きを聞きたい。でないと、都合の良い解釈をしてしまいそうだ。正解はなんなんだ。
表情で読み取ろうと凝視すれば、失言しましたと言うように、指先で口元を隠している。可愛い。焦った様な表情も良い。
「そんなことより」
いや、すっげ気になるけど。
そうだった。浮かれてる場合じゃ無いよな。
「ノエルさん、右手を痛めてます? 右利きな筈なのに、今日、右手をほとんど使っていない事が気になって……。剣も左手を使ってましたよね」
多分、俺の顔は今、そんなに自分を見てくれているのか? という自惚れた考えによって、相当な間抜け面になっているだろう。
心配してくれているのに、ニヤけたらやばいと顔に力を入れるが、成功している気がしない。
「数日前の仕事中に怪我したんです」
部下を庇ったのだが、咄嗟に出たのが右手だった。
盾にするつもりではなく、攻撃をいなすつもりがしくじったのだ。
「正直、俺、結構前から騎士辞めたいなーって思ってたんですよね。だから、これ幸いと怪我を理由に退職希望出したんですけど、引き止められてしまったんです」
うんうんと頷く彼女。
「頼りにされてるんですね。さっきのノエルさんも強くてかっこよくて騎士様って感じで、あっ、守って下さってありがとうございます」
お礼が遅れてごめんなさい、と、両掌を合わせて小首を傾げるミアさん。澄んだ紅茶色の髪が肩からスルリと流れ落ち、前髪から覗く蜂蜜色の瞳がトロリと微笑みの形に変わる。
暴力的な可愛さに背筋が戦慄いた。
「女神……」
ミアさんのキョトンとした顔で心の声が漏れた事に気付き、咳払いをする。
はぁ、もう可愛い表情見せられ過ぎて、心臓がずっと暴走状態だ。
顔も絶対赤い。ってかすごい褒められたよな?
嬉しすぎるが、今は深く考えてはいけない。夜、布団の中で思い出して、照れまくるのが正しい活用法だ。
「守るも何も俺のせいですから」
顔、キリッと出来てるかな。
顔色は無理だが表情だけでもカッコつけておきたい。
「ノエルさんのせい? 悪いのは向こうだと思うんですけど……。それともノエルさん、暗殺される様な悪いことしたんですか」
「悪い事なんてやってません!!」
ミアさんの戸惑う様な表情に焦る。
殺される様な悪行犯した男と、部屋で二人きりなんて、そんな恐怖体験、可哀想すぎだろ!
「原因は思い当たるんです、けど……」
正直、言いたくねぇ。
言いたくないが、巻き込んでしまった以上話さなくてはならない。
「退職願い出したら上司に却下されて、その理由が近衛騎士になる辞令が来たかららしくて。怪我したから辞めるって言ってンだから無理だろって思ったら、戦わなくて良いからって言うんですよ。王の……王に愛妾として侍れって意味で」
まぁ! って感じで口を両手の指で隠すミアさん。
反応が慎み深くて大変よろしい。好き。
「即断りました! そしたら王直々に呼び出しが来たんです」
あの時は、鳥肌立ったなぁ……。
もし呼び出しに応えたら、どうなる事か。
王の要求に応えられずに抵抗した自分が、王を傷つけたとか言われて護衛に切り捨てられる姿をありありと想像してしまった。
「絶っ対! 行きたく無かったんで、辞表を上司に押しつけて即、辞めてきたんです。不興を買うのはわかっていましたが、辞めるんだから関係ないって城を出たんですけど……まさか暗殺しようとするとは」
何が悲しくて、好きな女性に、上司によってもたらされた貞操の危機を話さねばならんのか。
ミアさんは「なるほど」と、しみじみ頷いた。
「ノエルさん、綺麗なのにあんなに強くてかっこ良いもの……。素敵すぎるのって、大変ですね」
えっ?
ミアさん俺のことカッコ良いって、素敵だって思ってくれてんの?
マジで?
いやいやお世辞だと思いつつも、顔に熱が溜まるのが止められない。
「ノエルさんいつも優しく笑いかけてくれるでしょう? 凄く素敵すぎて、あんな笑顔振りまいてたら、いろんな人がノエルさんを好きになっちゃって大変だろうなって心配してたんです」
お節介でごめんなさい、なんて眉を下げながら困った様に笑ってくれて「とんでも無いです!」って慌てて返した。
ミアさんの前だと勝手に顔が緩んじまうだけで、誰にでも笑うなんて出来っこ無い。
今まで、自分の顔は面倒ごと引き寄せるだけだと思ってたけど、もしかしてミアさんの好みなのか? だったら傷とかツケねぇように、少しは気を付けるか。
こんなに可愛い顔して褒め上手とかヤバすぎる。
……まさかだけど、誰にでも言ってるって事ねぇよな。ミアさんこそ変な男に惚れられねぇか心配だ。
誰にでもじゃ無いなら俺だけ? いやいや、それは自意識過剰が過ぎるだろ。
「王様が、男女問わず、見目麗しい者が好きで、手段を選ばないって噂は本当だったんですね」
ミアさんの言葉で一気に頭が冷える。
そうだった。その王にミアさんが目をつけられるかもしれねぇんだ。
本当になんて事に巻き込んじまったんだ。
太腿に肘をつき、額に手を当てて項垂れていると、ミアさんの視線が右手に注がれているのに気付いた。
「刺客に狙われるような時に、利き手を痛めているなんて……」
心配してくれているのだろうか。
「元々、左手も剣を扱える様に訓練しているから大丈夫ですよ」
安心したように、眉を下げてふわりと笑うミアさん。
はい可愛い。儚げ可愛い。
「国を出るって言うのは本気ですか?」
「ええ。さっき言った様に、前から決めていたので、荷物はほとんど纏めているんです。すぐにでも出立できます」
すぐにでも。
その言葉に目の前が暗くなる。
何年も本屋と客の関係で、それでも顔だけでも見たくて、本は好きだけどそれ以上の下心を持って通い続けて……。
そんな彼女と並んで歩いて、名前を呼んで貰える様になって、感情で揺れ動く色んな表情を、言葉を貰ってしまった。
もう会えないなんて耐えられるわけがない。
好きな子に優しくしたくて、丁寧な口調を心がける男性が、心の中は荒ぶってるのが見られるお話が好きです。
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