01.ミアは巻き込まれる
読んでいただけると嬉しいです。
初投稿ですが、よろしくお願いします。
私、ミアはこの貸本屋で店員として働いている。
カウンターに影が差し、「お願いします」と、二冊の本が置かれた。目の前にすらりと立つ長身の彼は、本屋の常連客の騎士さんで、男性にしては甘すぎる美貌の持ち主だ。
「かしこまりました」
本を受け取り挨拶を交わすと、騎士さんは黒い瞳を星屑を散りばめた様に煌めかせ、薄い唇に孤を描かせて微笑んでくれた。
(今日も神々しいまでの美しさ。見応えあるなぁ)
眩みそうになった目を手元に戻し、返す本と、新たに貸し出す本の手続きをしていると、騎士さんの視線はレジの横へと移った。
そこには私が作ったハンカチや髪留めを数点置かせてもらっている。騎士さんの大きな手が、黄色い小鳥を刺繍したハンカチをそっとすくい上げてカウンターに置いた。
「これもお願いします」
「はい! いつもありがとうございます」
自分の作品を購入してもらえるのは嬉しい。
顔がにやけてしまいそうなのを堪えながら、何とか営業スマイルを保っていると、裏で本の整理をしていた店主がのっそりとやってきた。そろそろ閉店だ。
「ミアちゃん、それ終わったら帰って良いよ」
店主に相槌を打った後、騎士さんに商品を渡すと「あの……」と声をかけられた。
「途中まででも送りましょうか。外、もう暗いですよ」
「……え?」
騎士さんとは数年間、客と店員として関わってきたが、交わす言葉は多くなかった。
もちろん店の外で会ったことなど一度もない。
(暗いから送るって、何かあったら守ってくれるって事? 騎士さんが仕事の延長みたいな事を赤の他人の私の為に?)
恐れ多すぎて動揺した私がまごついていると、長身二人が話を交わし、あっという間に私を送ることが決定してしまった。
「お仕事帰りなのに、ご迷惑お掛けしてすみません」
並んで歩く騎士さんに、申し訳なくて謝ると、「いえいえ」と首を横に振ってくれた。艶めく黒髪がサラサラ揺れる。
「俺、ミアさんとゆっくり話してみたかったんです。だからチャンスだと思って、こちらこそ無理矢理みたいになって、申し訳ありません」
「無理矢理なんてそんな! あの、ありがとうございます」
私と話したい? どうして? 何を?
予想外の言葉に混乱する。騎士さんの夜空の様な瞳に、からかいの色は見えない。
「それと。俺、騎士辞めたんです。なので、これからは騎士さんって呼ばずに、名前で、ノエルと呼んで下さい」
距離が詰まっていくのが早すぎて、戸惑ってしまう。
けれど、嫌なわけではない。もっと言えば嬉しい。つまり答えは決まっていた。
「ではノエルさんと呼ばせて下さい。私の事はミアと」
「ミアさん」
パッと笑顔を輝かせながら、優しく甘い声で名前を呼ばれてしまい、私の心臓は、慄いて逃げ出したいかの様に駆け足になった。
そうなれば、強制的に顔も赤くなってしまう。
さっき戸惑ったのは、こんな風に自分がみっともなくなるのが想像できたからだ。
私はずっと親しい人も作らず旅を続けてきた。
理由は人に知られたくない秘密があるから。
それなのに、この国には数年留まってしまっている。
国を出なきゃと荷物をまとめてから、だいぶ経つにも関わらず、なかなか旅立てない。
その要因が他ならぬ彼だった。
「ミアさんは、夕食は食べましたか?」
「まだですよ」
ノエルさんは私に歩調を合わせてくれながら、珍しく堅い表情をしていた。
そのせいか、作り物の様な触れ難い美しさが芸術品の様で、夕闇の中に浮かび上がる白い横顔は光を放っているみたいに綺麗だった。
ノエルさんはよく微笑んでくれる。
誰にでもあんな美しい笑顔をふりまいていたら、惚れられすぎて大変ではないだろうかと、心配になってしまう。
余計なお世話だろうけれど。
「よかったら、俺と」
言い終わらない内にノエルさんの体が緊張に強張った。瞬間、私の肩を抱いて身を翻す。
さっきまで立っていた場所に、ナイフが数本突き刺さったのを目の端に捉えて、私は驚愕し、ブルリと背を震わせた。
そこに黒い布で口元を隠した男が降り立った。と、同時にノエルさんの懐へ短剣を突き立てようと跳躍する。
ノエルさんは私を背に庇いながら、左手で握る剣で、男のナイフを持つ手を切り裂き側頭部を蹴り抜いた。
男は壁に激突し、力無く崩れ落ちる。
隙を突くようなタイミングで背後から襲ってきたナイフも、ノエルさんは剣で的確に弾いた。
他にも敵がいるらしい。
ナイフが何本も飛んでくるが、それを全て弾き、いなし、いつの間にか手にしていたナイフを、犯人が潜んでいると思われる場所に投擲した。
犯人に当たったのか攻撃が止み、ノエルさんはそこに畳み掛ける様に、拾ったナイフを次々と投げていく。
手の届く場所にナイフが無くなったが、物陰からの攻撃は返ってこない。
ノエルさんは剣を構え直して周囲を警戒する体勢を取る。
倒れていた男がふらりと立ち上がったが、こちらに視線を寄越すこと無く、跳躍して路地裏に消えた。
訪れる静寂の中、ノエルさんは潜んでいる者がいないかじっと探っている様子だ。
「行ったみたいですね」
自身への確認であるかの様に呟いて剣を鞘に納めた後、ノエルさんは肩の力を抜いた。困った様な笑みを私に向ける。
それを見て、私も詰めていた息をやっと吐き出した。
「家まで送ります」
私はこくこくと頷いた。
「申し訳ありません」
アパートに着くなり膝に付きそうなくらいに頭を下げられたが、一先ず中へ上がってもらう事にした。
男性を上げることに抵抗はあるけれど、それ以上に事情が知りたかったし、一人になるのも正直怖い。
ノエルさんは、戸惑いを見せながらもドアを潜り、勧めたソファに腰掛けた。
私は紅茶を用意してから、ノエルさんの向かいにダイニングの椅子を運んで座る。緊張が緩んだのかため息が漏れてしまった。
「先程の暗殺者ですが、国王からの刺客だと思われます」
戸惑いつつ、王の手引きである根拠をノエルさんに聞けば、口元に黒布を巻いた男は、王直属の暗部のメンバーの中に見た覚えがあるという。
「俺が今日、無理に送るなんて言ったせいで、巻き込んで、危険な目に遭わせてしまって申し訳ありません」
今回ノエルと共にいた私は王に報告され、素性を調べられるかもしれないと言われ、正直困ってしまった。
私には暴かれたくない秘密がある。
その秘密の漏洩を恐れて、街や国を転々としてきたのだから。
「わかりました。国を出た方が良さそうですね」
正直、寂しいけれど仕方ない。ノエルさんとはお別れだ。
読んで下さり、ありがとうございました。
次回は、ノエル視点です。
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