女と『養分』の話。
コードネーム007。またの名を『養分』
少女の形を取ってはいるが、その効能から人間とは認められていない。
『養分』の体の部位を食べると食べた人間はその部位が回復する。
心臓さえ残していれば数時間かけ『養分』の体は再生する。…
女はパサっと書類の束をデスクの上に放り投げる。
「ふぅん…こいつが『養分』ねぇ…。要人の延命治療に重宝されてるっていう…腕が吹き飛んでもこいつを食べれば生えるって聞いたが…」
軍人風の男が髪をかき上げながら答える。
「そうだ。『養分』ってよりは『秘薬』だと俺は思うんだが、お偉いさんが決めた名前だから文句は言えねえ。」
「で、私はどうすればいいのかしら。」
「お前には前から言っているようにこいつを処分してもらいたい。もう戦争も終わった。この『養分』のために戦争が起こる前に…な。」
女ははぁっとため息をついた。
「わーったよ。あんたらには借りもあるんだ。」
「では、こいつは後でお前の家に送り届けておく。」
それを聴き終わると女は帰路に着いた。
女の家は森の奥にひっそりと建っていた。
あまりいい家とは言えないが、女はこの静かな家を気に入っていた。
「うわぁ…何この箱…この中に『養分』が入っているわけ?」
女は恐る恐る箱を開ける。
そこには、小さめの心臓が脈打っていた。
「ヒィっ!」
女はびっくりして箱を落としてしまった。
箱の中から心臓が転がり、土で汚れている。
「うーん…水で洗ってもいいのかな…」
女は心臓を抱え、家の中に入っていった。
水瓶から少し水を手に取り、心臓にかける。
ぽたぽたと水が心臓を伝い床に落ちる。
「…よし。洗って止まらなくて良かった。」
軽くタオルで拭いてやり、そのままソファの上に置いて女は寝てしまった。
女が寝ている間も、その小さな心臓は拍を打ち続けていた。
「あれ…結構寝たかな…?」
女はムクッと起き上がり、ふとソファに目をやる。
「人になってる!いや、この場合は人型?」
「ど…も…」
「うわ喋った!」
女は少したじろぎ、『養分』を眺めた。
銀髪の少女。顔もなかなか。
「あんた結構いい顔してるじゃない。」
「…?」
「あんたもしかして言葉を良く使えないのね…そりゃそうか。勉強なんかしたことなかっただろうし。」
少女は不思議そうな目で女を見ていた。
「よし!じゃあ私があんたに言葉を教えてあげよう!」
それからしばらく経った。
女は少女に言葉を教えるためかなりの苦労を要した。
本を買い、読み聞かせてやった。
寝る前には物語を聞かせてやった。
誕生日にはささやかなお菓子を与えた。
そしていつの間にか、女は女というにはあまりにも歳をとっていた。
そして、少女はあの時と全く同じ姿でそこに立っていた。
「あんたはいつ見ても変わらないね…」
「ちょっと!あまり喋らないでください!」
「生意気な口を聞くようになって…最期まであんたに名前をつけてなかったね…」
「もう喋らないでください。ただでさえ心臓と肺がボロボロなんだから!」
「はいはい…」
「じゃぁ後でスープを作って置いておくので飲んどいてくださいね!」
「ん…」
女は短い会話を終えると、眠りについた。
「っ…」
女は瞼を上げ、目覚めた。半日は眠っていただろうか。
「そうだ…スープ…」
女は重い、とても重い体を上げ、キッチンに向かう。
そこには、人がすっぽり一人は入ろうかというほどの大きな鍋が佇んでいた。
中身はまだくつくつと煮えていて、少し赤っぽい色だった。
女は鍋の淵に引っ掛けてあったお玉で皿にスープをいれ、そのままスプーンなどは使わずに飲み干した。
スープの中には少々の野菜と、原型の残っていない肉が入っていた。肉は羊と牛の中間のような味がして、口の中に消えていった。
少し鉄の味がした。
女はベットの上で目を覚ますと、あたりを見渡す。
いつの間にかベットの上で寝ていたようだ。
「はて…いつの間に寝たんだか…」
自分の声に違和感を覚えた。
昨日までとは違い、楽に息ができる。
関節が滑らかに動く。
そして、意識がはっきりとしている。
おかしい。
昨日まで死にかけで話すことすら苦しかったというのに。
体の感覚に一種の懐かしさすら感じる。
一晩で体の調子が良くなったようだ。
信じられなかった。
まるで。
秘薬でも舐めたかのように。