第8話 王女の治療5
「あの、この小説、面白かったです。ありがとうございました」
「気に入ってくれて良かったです。後編もありますので、良ければお読みください」
カイルさんと模擬戦をした次の日、俺がルシル様の部屋を訪れると、ルシル様は昨日俺が渡した伝記を返してくれた。
そして、その時のルシル様の「面白い」という言葉。
これは俺を信用してくれた時に言ってもらうようにしていた合言葉だ。
どうやらルシル様の信用を勝ち取ることは出来たみたいだな。
俺は先頭に『今しばらくお待ちください』と書いた本を後編としてルシル様に渡す。
ルシル様の信用を得ることには成功したが、まだルシル様を狙う敵の目的が分からない。
天井に潜んでいる男がただルシル様を殺したいだけなら、恐らく何度もチャンスはあったはずだ。
だが、それをしなかった。
つまりそこにはそれ相応の理由があるということだ。
それが分からなければ相手の動きも予想しづらい。
なので、それが分かるまではルシル様には待っていてもらう必要があった。
(だが、悠長なことは言っていられないな)
今までルシル様が狙われなかったからと言って、今後も同様に狙われないとは限らない。
今なら俺を犯人に仕立て上げることも出来るだろう。
その可能性が僅かでもある今、気長に待つことは出来ない。
俺は今日も天井裏に居る気配を感じながら読書を続けた。
◇◆◇
あれからいつものように昼までルシル様の部屋に居た俺は時間になると自室として与えられた部屋に戻った。
流石王城と言うべきか、住み心地は良い。
俺は荷物を纏めると、昨日ルシル様に渡した本を開いた。
それはもしかしたらルシル様から何かメッセージのようなモノがあるかもしれないと思ったからだ。
(ん?)
俺が特に本に変化は無いかと思い始めた頃、最初の方のページに不自然な傷があった。
その傷は普通では気が付かないくらいの傷だが、光の当たり方を調整すると文字が浮かび上がってきた。
『助けてください。お願いいたします』
恐らく爪で傷をつけて書いたのであろう。
その言葉は言葉数以上に強い想いが込められている気がした。
この行為も危険ではあるが、俺としてはルシル様からこうしてアクションをしてくれたことは素直に嬉しい。
「よし、やるか」
助けを請われたのであれば応えなければならないだろう。
それがこれから騙す人達への最低限の礼儀だ。
◇◆◇
俺はここ最近、足繁く通っている図書館に今日もお邪魔していた。
「結構本も読まれるんですね」
俺が幾つか本をピックアップしていると、横からカイルさんに声を掛けられた。
ある程度の信頼を得られたとはいえ、未だ俺が危険な存在であるということには変わりない。
昨日の模擬戦のこともあってカイルさんからの疑いは強くなっていた。
「そうですね。政治などには興味があるんですよ。この国がどのようにして成り立っているのかを知れば、ルシル様の治療の糸口が掴めるかもしれませんし」
それは半分嘘だった。
俺がここ最近でしているのは所謂犯人捜しだ。
今回の事件、ほぼ間違いなく内部の犯行だと思っていい。
俺が王城を見て回った感じでも警備は万全だった。
あれだけの警備を掻い潜り、王城に潜入することは容易ではない。
さらに天井裏の人物がたまに入れ替わっていることからも、ずっと天井裏に居続けているという訳でも無さそうだ。
あの警備の中を外部の人間が何度も出入りできるとは思えない。
それに仮にそんなことが出来る人物であれば、部屋に入ってすぐの俺に気付かれることは無いだろう。
そう考えれば、天井裏の彼は堂々と王城に入って来たはずなのだ。
誰かの付き添いとして。
そんなことが出来る人物は限られてくる。
俺はここ最近の調べで、大体のあたりをつけていた。
その中でも最も怪しい人物が二人いる。
オニムス陛下に謁見したときにも存在感を放っていたワグナー侯とハーベルク侯だ。
ワグナー侯は俺がオニムス陛下に謁見した時に俺を危険視してた人物だ。
ワグナー侯の印象は真面目で慎重、かつオニムス陛下に意見をすることも出来る。
調べたところ彼は文官のようだ。恐らく政治関連を任されているのだろう。
今、このルイアイセン王国が貿易で成功していることを考えれば彼の有能さは疑う余地もない。
対してハーベルク侯は武官でエリッサさんのお父さんでもある。
ハーベルク侯の印象は薄いがエリッサさんはルシル様の友人で忠誠心も強い。
エリッサさんは曲がったことなども嫌いだろう。そんなことから予想すればハーベルク侯もそのような人物である可能性が高い。
だが、彼は武官故、王城の警備にも口を出すことが可能なはずだ。
俺は二人の特徴を頭で並べながら考える。
基本的に誰かが国を裏切るときには動機がある。
もし、何の不満もなく自分が満たされていれば謀反など起こそうともしない。
それを考えれば怪しいのはハーベルク侯だ。
ルイアイセン王国は貿易の国。国力こそ大きいがこと戦においては特に秀でた成績を残している訳では無い。
他国から攻められていない理由は幾つかあるが、残念ながらルイアイセン王国がとてつもなく強いからという訳ではないのだ。
こうなってくれば、ワグナー侯とハーベルク侯、どちらが周りから評価されるかは明白だ。
もしハーベルク侯が野心家なのであれば、この状況は面白く無いだろう。
(だが決めつけるのは早い)
これはあくまで俺の憶測。希望的観測に過ぎない。
仮説を立てたなら、検証すれば良い。
俺は隣にいるカイルさんに尋ねる。
「すみません。確か王城に出入りした人物の記録ってとってますよね?」
王城には騎士団が交代で務める門番がおり、その門番の仕事の一つに王城へ出入りする人物の記録がある。
俺も出入りする度に記録を付けられているから知っていた。
「そうですね。ですが、それがどうかされましたか?」
「いえ、少し見せていただきたいと思いまして」
カイルさんの俺を見る目が鋭くなる。
まぁ、医者には確実に必要のない情報だからな。
正直、本当に記録だけ見たいならカイルさんではなく他の騎士団の人物に頼むべきだった。
彼らなら「王に許しは得ています」と言えば、見せてくれただろう。
だが、その後確実にカイルさんに話が行くはずだ。
今、彼の信用を失う訳にはいかない。
だからこそ、俺はカイルさんに頼んだのだ。
「理由を聞いても?」
「気になることがあるから、としか言えませんね」
俺は理由をもったいぶって言わない。
「シドさん、ここ一週間、貴方と行動を共にして私は貴方が信用に足る人物だと考えています。しかし、理由も明らかにせず怪しい行動を取られては私としても苦しいものがあるのですが……」
「……」
カイルさんの指摘はもっともだろう。
というよりこのような言葉を掛けてくれることこそ、彼の義理堅い性格を表していた。
カイルさんのため息が聞こえる。
その溜め息は俺への失望だろうか?
だが、理由を言うならここまで待ってから言う必要があった。
俺は一つ大きく息を吐いてから真剣な表情をする。
「分かりました。お話します。カイルさんも協力してくれますか?」
「協力、ですか?」
まさか話してくれるとは思っていなかったのか、少し驚いた声をあげるカイルさん。
「はい。実はルシル様の件は想像以上に根深い問題なのです」
俺はそれから俺の知っている情報と考えをカイルさんに伝えた。
正直、彼の性格であれば、早まった行動をしてしまう恐れがある。
だからここまで黙っていた訳だが、彼の協力はどうしても欲しい。
カイルさんは義理堅い人だ。信用とか信頼とか、そういったものを大切にしていることが良く分かる。
だからこそ、ここまで引っ張ったのにも関わらず、カイルさんを信用して話す俺の想いを無視した行動はとらないはずだ。
「──というのが私の考えです。このお二方のうち、明らかに怪しい行動を取っている方が居ないかを調べるため、王城への出入りの記録が必要なのです」
俺の言葉を聞いたカイルさんは考え込むように視線を落とした。
「そんなことが……俄かには信じられませんが……」
「本当です」
カイルさんが俺の目を見た。
カイルさんと俺は一度戦っているからな。
その時の感覚で、ある程度俺にも力があることは理解しているだろう。
俺の目を見ると、一つため息を吐いてから頷いた。
「分かりました。シドさんの言うことを信じます。しかし、このことは陛下には……」
「カイルさんであれば分かるはずです。今伝えることの無意味さが。今伝えても、捕まるのは末端の者だけ。本当に危険な人物は難を逃れるでしょう」
「……なるほど。私が思ったよりもシドさんは危険な人物だったようだ。これは認識を改めなければなりませんね」
そんな言葉に反し、カイルさんの表情は明るい。
「疑われてしまいましたか……」
「ええ、ですが味方であればこれ以上無い程頼もしいとも言えます。現段階でシドさんはこの国、引いては陛下のために動いておられます。であれば、陛下へ報告しないという不義理も受け入れましょう」
「ありがとうございます」
こうして俺はカイルさんをこちら側に引き込むことが出来た。
騎士団の中でもかなり顔が利くカイルさんを仲間に出来たのは大きい。
彼の騎士団内での信用は凄まじいからな。
俺は着実にこの国での地盤が固められつつある現状に満足しながら、次の行動に移った。