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第7話 王女の治療4

 



 俺はまだ日も昇っていない時間に考える。

 初日からルシル様の部屋の天井裏に潜んでいた男。

 俺は最初、彼は俺の監視役として呼ばれた者だと考えていたが、どうにも様子がおかしい。

 彼は常にルシル様の部屋の天井裏に潜んでいた。

 たまに気配が変わることがあったので、一人の人だけで常に見はっているという訳では無さそうだが、常に見張られているという事実は変わらない。

 もちろん、カイルさんが知らないだけで国王が秘密裏に俺への監視として送り込んだという可能性もある。

 だが、ルシル様専属のメイドが暗殺された事件。


 これが出てくると、そんな楽観視は出来なくなってくる。

 恐らくルシル様はなんらかの形で脅されているのだろう。

 だから外に出られないし、そのことを伝えることも出来ない。

 そう考えれば人に対して恐怖心を持っていないにも関わらず、俺と初めて会った時に取り乱したことも説明がつく。

 彼女は自分が誰に脅されているのかは理解できていないのだろう。

 だから俺が脅してきた相手かもしれないと思い、取り乱した。


 そしてこの仮説が正しければ、あの天井裏の彼はルシル様、引いてはオニムス陛下に仇なす存在ということになる。

 もしこの件をオニムス陛下に聞けば間違いなく、すぐさま天井裏を暴き、その者を処刑するだろう。

 だが、それではダメなのだ。

 今、天井裏に潜んでいる奴など、ただの末端に過ぎない。

 そんな奴一人やったところで、問題の根本的な解決には至らないのだ。


 雑草を刈り取るなら根っこから引き抜かなければ意味がない。


 つまり俺が解決すべき課題は大きく二つだ。

 一つはルシル様を脅かしている存在の排除。

 そして、もう一つはルシル様が失ってしまった自信の回復。


 この二つを達成して初めて任務を遂行できたと言えるだろう。


 だからこそ俺は作戦を考える。

 どうすれば、問題を解決できるか。

 そして、俺が信用されるようになるか。


 そのための鍵は揃いつつある。


 俺は身支度を済ませると今日もルシル様の部屋へと向かった。


 ◇◆◇



 俺は今日、本を数冊持って来ていた。

 いつもルシル様の部屋で本を読んでいる俺が幾ら本を持ってこようと違和感は無いだろう。


 部屋の隅へ行き、一つの本を開いた俺は適当に後ろのページから読み進めると、読み終えたふりをして別の本に切り替える。

 俺はその本を開きながら表紙がルシル様に見えるように、そして天井からは見えないようにして本を読み始めた。


 当のルシル様は昨日俺に涙を見せたのが恥ずかしいのか、あまりこちらを見ないようにしていたが、あるタイミングで俺の方に視線を送って来た。


 そして、恐らくは目立つ文字で書いてある表紙の文字を読み取ったのだろう。


 ──何も聞かずに私が持っている本の内容を聞いてください


 俺は表紙にこういう言葉を書いていた。

 あまり文字が小さいと分かり辛いので、かなり端折った説明になってしまったが、伝わっただろうか?


 ここで天井裏に隠れている誰かに悟られるのは良くない。

 彼にはいつも通り問題なしと報告してもらわなければ困る。

 俺の表紙にある文字を読み取ったルシル様は一瞬、ハッとした表情をしたが、俺が一度真剣な目を向けたことで納得してくれたようだ。

 とりあえず俺の話は聞いてくれるらしい。


「あ、あの……」


「はい? どうされましたか?」


 俺は急に話しかけられた体で聞き返す。


「いえ、いつも本を読んでおられますが、何の本を読んでいるんですか?」


「ああ、これですか? これは伝記みたいなものですね。あ、もし宜しければ先ほど読み終えた、この話の前巻がありますので読まれますか?」


「い、良いんですか?」


「もちろんですよ。ルシル様から何か仰っていただけて私は嬉しいですよ」


 そう言って俺は裏表紙を表にして読んでいた本を椅子に置くと、そのまま先ほど読んでいた本を水晶玉が乗っている机の上に置く。


「ルシル様との接触は禁じられていますからね。そちらをお受け取りください」


 ここで俺とルシル様が不自然に近づいて疑われるのは避けたい。

 あくまでただ、本を貸しただけという形を取りたかった。


 俺の本を受けとったルシル様は椅子に座り直すと本を読み始める。

 最初のページには『本を読むときは外を向いて読んでください』と添えてある。

 俺が最初に確認した天井の穴の位置とルシル様が現在居る位置を考えれば外を向けば死角になることは間違いない。

 俺の指示通り、外を向いて本を読み始めたルシル様はたまに驚きつつも大きな動揺を出すこと無く読み進めた。


 そこにはこのような旨を書いてある。


『出来るだけ落ち着いて反応を出さないように読んでください。ルシル様が置かれている現状は理解致しました。貴方は誰かに脅されていますね。そして、それは恐らく誰にも相談できない。理由は相談しようとすればその人が死んでしまうからでしょう』


 正直、ここに書いたことには推測も含めている。

 だが、大まかには間違っていないはずだ。

 そして、もし書いてあることが大まかに正しければ一度咳をするように書いてある。

 ルシル様が読み始めてからしばらくして、一つ咳が聞こえた。


 なるほど。俺の仮説の信憑性が上がったな。

 俺はそんなことを考えながら、本に書いてある続きを思い出した。


『ルシル様がそのような状況に置かれている原因の一つは私達のことを監視できる能力を持った者が居るからです』


 俺はここであえて天井裏に人が隠れているということは言わなかった。

 流石に今のルシル様に天井裏のことを言って今後一切反応を示さないことは出来ないだろう。

 だからこそ能力のせいにした。

 この世界には稀ではあるが色々な能力を持った者が居るから、こう説明すれば納得してくれるだろう。

 恐らくルシル様の占いの力も能力の一種であるはずだ。

 だからこそ、説得力は増す。

 もちろん能力のせいにしたとしても監視されているという恐怖はあるが、天井裏に人が居ると言われるよりは幾分かマシだろう。


『ですが、ご安心ください。一週間でケリを付けます。それまでは何の反応も示さず、いつも通りに過ごしてください。もちろん、私のことを無条件に信用するのは難しいでしょう。ですので一つだけ信用を勝ち取るために予言をさせていただきます。もし、それを受けて私を信用してくれたのであれば、明日この本を返す時に「面白かった」という旨をお伝え下さい』


 ここで大切なのはルシル様に「こいつになら任せられるかもしれない」と信用されることだ。

 恐らく暗殺されてしまったルシル様専属のメイドは戦闘力も高かったはずだ。

 一番近くに居たこともあり、ルシル様が全幅の信頼を置いていたのは間違いない。

 そんな彼女が暗殺されてしまった。

 そのショックは計り知れないものだろう。

 だからこそ、俺は力を示す必要がある。


 俺はそこからこの後行うカイルさんとの模擬戦の結果を事細かに記載した。


 ◇◆◇


「すみません。こんなところまで呼び出してしまって……」


「いえいえ、良いですよ。でも急にどうしたんです? 模擬戦がしたいだなんて……」


「これもルシル様の治療の一環ですね」


 俺はそこで空を見上げた。

 その視線の先には窓から俺達の様子を眺めるルシル様の姿があった。

 このことは隠し通せるものでもないので、正直にカイルさんに伝えた。


「治療、ですか?」


 俺の言葉に素直な疑問を返すカイルさん。


「はい。ルシル様は外に対して恐怖心を持っておられます。ですからルシル様を守る騎士がどれだけ強いのか見て頂こうと思いまして」


「なるほど。ついにシドさんも動き出した、という訳ですね」


「そうなりますね」


 俺はもっともらしい理由を作り出してカイルさんを納得させた。

 少し無理があるかと思ったが、ある程度の信頼を得られていたお陰か、そこに対しては疑問を持たれなかった。

 だが、そこでカイルさんから当然の質問が出てくる。


「ですが、それでしたら他の騎士の方が良かったんじゃないですか? シドさんが戦う必要は無いと思いますが……」


 これは単純に俺のことを案じてくれているのだろう。

 今も少し不安そうに俺のことを見ていた。

 だが、問題はない。


「いえ、カイルさんには言っていなかったんですが、実は私もそれなりに戦える口でして。カイルさんみたいな強者とは一度お手合わせしてみたかったんです」


 そう言って俺は模擬の短剣を二つ用意して構えた。

 その構えを見てカイルさんも俺が嘘を言っている訳では無いと理解してくれたようだ。

 模擬用の大剣を上段に構えると、俺と向き合ってくれる。


「嘘は言っていないようですね。それでは私も真剣に向き合わさせていただきます」


 俺はそんな真剣な瞳を向けるカイルさんに心の中で謝る。


(すみません。俺は真剣に向き合えそうには無いです)


 それから俺とカイルさんの打ち合いが始まった。

 先に仕掛けたのは俺だ。

 先手を取ってカイルさんの懐に潜り込むと、カイルさんが後ろに飛び退く前に左手を振りぬく。


「おおっ」


 その剣先は既の所でカイルさんをとらえきれず、鍛錬服の左腕の服を切り裂くにとどまった。

 短剣を当てられず無防備な姿を晒した俺にカイルさんの大剣が迫った。


 その斬撃を身体の回転で避けた俺は、続けざまに斬撃を繰り出す。

 その剣先はカイルさんの右腕の服を切り裂くと、カイルさんは一度距離をとった。

 俺も深追いはせずに、一度距離をとる。


「ま、マジですか……強いですね……」


「いえ、カイルさんの一撃を受ければ倒れそうなので私も冷や冷やしていますよ」


 そんなことを言いながら俺はそろそろ終わるかと考える。

 これ以上長引かせて怪しまれるのは避けたい。


 今度はカイルさんから攻めてきた。

 カイルさんは大剣を上段に構え、振り下ろす素振りを見せた。


(フェイントか……)


 その動きは先ほどのような勢いが無かったのでフェイントであることは分かったが、あえて俺はそのフェイントに引っかかった。

 上段の剣を躱すように身体をよじった俺に別角度から大剣が振り下ろされる。

 逃げ道を失った俺は衝撃を殺すために大剣に短剣を合わせるとなんとか大剣の軌道を逸らした。


「ここまで、みたいですね」


 俺はそこでギブアップを告げる。

 そう、俺の短剣二つは先ほどの衝撃で草むらの中へと飛んで行ってしまった。

 武器を失った俺に不可解そうな顔をしたカイルさんが「え、ええ」と言葉を濁す。


「お付き合いくださり、ありがとうございました。恐らくルシル様も騎士の強さを再確認出来たことでしょう。そのついでに私のことも信用してくれると良いんですがね」


 俺が捲くし立てるように言っても、カイルさんはまだ釈然としない様子だった。


(流石に怪しかったか)


 これは実際に戦った者しか分からない感覚かもしれない。

 だが、これでルシル様の信頼は得られたのでは無いだろうか。


 カイルさんは騎士団の中でも五本の指に入る腕前だと聞いている。

 そんな彼に対して俺は予言通りの戦いをした。

 俺が本に書いたのは「初めの二つの斬撃で騎士の男の右腕と左腕の服を破る」「その後大剣に弾かれて自分の短剣を草むらに放り込まれる」

 このようなことを書いていた。

 これが、あまり戦いに詳しくないであろう彼女の瞳にどう映ったかは分からない。

 だが、ここで騎士を倒す訳にはいかないからな。

 誰が敵か、まだ分からないのだ。

 俺の戦闘力は隠しておいた方が都合が良い。


 俺がルシル様の居る部屋を見上げると、ルシル様は俺のことをしっかりと見ていた。

 ルシル様が一つ俺に頷いたのを見て、俺は笑みを浮かべる。


 後は犯人を見つけるだけだ。





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