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第6話 王女の治療3

 



 ルシル様が俺に治療の辞退を忠告してから数日が経った。

 あれ以来ルシル様は俺に話しかけることはなく、自前の本を読んだり、外を見たりして過ごしていた。


 そんな様子を見ながら俺は小さくため息を吐く。

 今日で治療開始から一週間になるが、俺は成果らしい成果を一つも挙げられていない。

 俺のことはメイドから聞いているであろうオニムス陛下も俺に対し疑念を抱き始めているようだ。


(まぁ、そりゃそうか)


 治療すると言ったのに一言も声を掛けず、ただ部屋の隅で本を読んでいるだけなんだからな。

 これで不信感を持つなという方が難しいだろう。


 それでも俺から話しかけることは無い。

 当初の予定通り、俺はルシル様に対してなんの干渉も行わなかった。

 そうして我慢比べが続いていた時、ついに俺の努力が実った。


「あの、何も言わないんですか……?」


「え?」


 この一週間、何も言わなかった俺に対してついにルシル様からその言葉が発せられた。


「シドさんはわたくしを外に出すためにここに居るんですよね?」


「まぁ、そうなりますね」


「言わないんですか、何か」


 そう、この言葉だ。

 俺はこの一週間、この言葉を待っていたのだ。


「言って欲しいんですか?」


「いえ、そういう訳では……」


 俺は視線を彷徨わせるルシル様をしっかりと見据えた。

 そう、これは彼女から言ってきてもらわなければ困ることだったのだ。

 恐らく、今まで幾度となく外野から「外に出ろ」だの、なんだのと言われていたはずだ。

 そして、それでは根本的な解決には至らなかった。


 だからまずはそこを変えなければならない。

 俺が彼女を動かすのではない。

 彼女が俺を動かす、これくらいのことが必要だった。

 俺は何も言わないルシル様に問いかける。


「外に出るのが怖いんですよね」


 俺はここに来て彼女が対人恐怖症というよりは外に対して恐怖心を抱いていることを理解していた。

 いや、正確には外が怖いのではない、外に出るのが怖いのだ。

 これは似ているようで非なるものだ。


「……」


 俺の言葉にルシル様は言葉を失った。


「それなら私は無理強いをしようとは思いません。もし、なんとかしたいのであれば、ルシル様から仰っていただければ私に出来ることであれば、何でも致しましょう」


 そう、俺は彼女から手を伸ばしてくるのを待っていた。

 俺がやらせたのでは意味がない。


 そこで初めて俺とルシル様の目がしっかりとあった。

 彼女の翠色の瞳は揺れており、俺に何かを伝えようとしたのか、少し口が開いた。


(そうだ、俺に何か言ってくれ)


 彼女から俺にお願いする。それが俺の作戦の第一歩だった。

 だが、そんな俺の願いはあえなく潰える。


 今、彼女の中でどんな葛藤があったのか、それは俺には分からない。

 だが、彼女の中で結論は出てしまったようだ。


「もう、良いんです……」


 そう言って俯くルシル様。

 その突き放すような声は俺だけでなく自分すらも突き放すような冷たさを孕んでいた。


「もう良い、とは……?」


 聞き返す俺にルシル様が振り返った。


「っ」


 俺はその顔を見て言葉を詰まらせてしまった。


 彼女は泣いていたのだ。

 その涙は俺にも覚えがあるものだった。

 何とかしたいという思いがありつつも、何も出来ない。

 そんな自分の無力さを嘆くような、でも諦めきれないような……

 そんな涙だった。


 俺が知り得ている情報では彼女の涙の訳は分からない。

 だが、俺の中にまだピースが足りていないのは間違いなかった。


「わたくしはもう、どうすれば良いか、分かりません」


 掛ける言葉も見つからず、俺は彼女の独白を受け止める。


「わ、わた、わたくしのせいで……」


 そこで彼女は涙を拭った。


「すみません」


 そう一言だけ言って、彼女はまたいつものポジションに戻ってしまった。

 俺は彼女の震える肩を見て、考える。


(何か、何か足りない)


 結局、それからルシル様に声を掛けることは出来なかった。


 ◇◆◇


「本日は、どうされますか?」


 ルシル様の部屋を出たところで、いつもルシル様のお世話をしているメイドが俺に問いかける。

 どうする、か……

 何も考えていなかったな。

 先ほどのルシル様の涙が頭から離れない。

 なんとかしたいと思いつつも、俺には何も心当たりが無かった。

 このまま無闇に捜し歩いても見つかるものでは無いだろう。


 だが、メイドには何か答えなければならない。

 俺は間を持たせるために何気なく質問した。


「そういえば、貴方はずっとルシル様のお世話をなさってますよね。子供の頃からお世話されているんですか?」


 これは別に何か意図してした質問では無かった。

 ただ話のネタとしてルシル様という共通の話題を使っただけ。

 だがこの質問をした瞬間、メイドの表情は明らかに変わった。

 今までどんなことを言っても、飄々としていたメイドがその顔に怒りの表情を張り付けていたのだ。


「それをルシル様に聞いたのですか?」


「い、いえ、聞いていませんが……」


 俺の目の奥の先まで見据える程の眼力を飛ばしたメイドは俺が嘘をついていないと判断すると一つ息を吐いた。


「嘘は言っていないようですね」


「何かマズかったですか?」


 今の反応は明らかにおかしい。

 彼女も今さら隠しきれるものではないと判断したのだろう。

 俺から目を離すと何か思い出すように話してくれた。


「貴方は私がルシル様の子供の頃からのメイドかと聞きましたよね」


「はい」


「それは正解です。ですが、私はあくまでサブのメイドでした。ルシル様に一番仕えていたのは別のメイドだったのですよ」


 なるほど。それは別に不思議な話では無いだろう。

 だが、俺はその一番仕えて居たメイドとやらを見たことが無い。

 そして、今までの感じからして、まさか……



「ですが、彼女は一か月程前に亡くなりました」


「ど、どうして、ですか……?」


 俺は少し動揺しつつも原因を尋ねる。

 恐らく同僚、もしくは先輩であったであろう人を失った彼女の怒りはその顔を見ずとも感じることが出来た。

 その声には堪えきれない怒りの感情があったからだ。




「暗殺、です……」


 俺の中で何かがカチリとハマった気がした。

 あくまで仮定、そう仮定の話だ。

 だが、そう考えるなら今までの全ての辻褄が合う。



 俺はもう一つだけ情報を聞くためにメイドに質問をした。


「それは、失礼なことを聞きました。申し訳ありません。ですが、もう一つだけ聞かせてください。ここ最近で暗殺された他の人は居ませんか?」


「え、そうですね……居ないと思います」


「では、ルシル様を担当された先生で不自然に居なくなった方はいませんでしたか?」


「そうですね……あ、確かルシル様を二番目に担当された先生の行方が分からなくなっていますね。責任感が強そうな方でしたし、途中で投げ出すとは思わなかったので、それは不自然でしたね」


 ……


「そうですか。色々と聞いてしまい申し訳ありませんでした」


「いえ……貴方は今までで一番おかしい先生ですが、一番安心感はあるかもしれません。是非ルシル様をよろしくお願いいたします」


「お任せください」


 最後までメイドの話を聞いた俺は解決のために動き出した。



 ◇◆◇


「えっ、それは本気で言ってるんですか?」


「はい。学園に設置して貰っても良いですか? 出来るだけ他の人から見えにくいところが良いですね」


「それは構いませんが、何をするつもりなんですか?」


「ルシル様についての情報を集めるのです。どんな情報でも良いので情報を募ってください。エリッサさんなら誤解なく受け入れられるはずです」


 俺はまた、エリッサさんを見つけて話をしていた。

 俺の目安箱を設置して欲しい、という要求に不思議な顔をするエリッサさん。

 もちろん、これは不発に終わる可能性はある。

 だが、大人を相手にするよりは確実にボロが出やすいだろう。


「実はルシル様が引きこもっている件、想像以上に根深い問題かもしれません」


「根深い問題、というのは……?」


 俺はそこで彼女に自分の仮説を言うか迷った。

 彼女は見た限り正義感が強い。

 そんな彼女がこのことを知ってしまえば、変に暴走することも考えられる。


 だが、それでも何も内容を話さずに実行させるのは難しいと判断した。

 ある程度状況を知っていた方が学園での嗅覚も増すはずだ。

 俺は伝え方に気を付けて発言する。


「エリッサさん、私はこの国の貴族関係には疎いです。しかし、ルシル様を良く思わない方が何か謀略を練っている可能性があります。そして、それは生徒が主体のものでは無いでしょう」


 学園に流れ始めたというルシル様の悪い噂。

 これを学生が面白半分で始めたことだとは思えない。

 もし学生が始めたモノならば誰か突き止めることは容易だったはずだ。

 だが、エリッサさんが探してもその張本人が見つからない。

 これは裏で操っている大人の存在が居ると考えた方が良い。


 そんな俺の考えを伝えると、エリッサさんもショックを受けているようだった。


「そんな……」


「これはあくまで仮定の話です。もし、そうなれば一大事であることは言うまでもありません。ですから、エリッサさんのお力をお借りしたいのです」


 俺の仮説に動揺していたエリッサさんだったが、やはりそこは武家なのだろう。

 すぐさま頭を切り替えると真剣な表情で俺に続きを促した。


「……分かりました。詳しい話を聞かせてください」


 俺はそれからエリッサさんと作戦を詰めていった。



 ◇◆◇


「カイルさん、お疲れ様です」


「おお、シドさんじゃ無いですか。どうされましたか?」


「いえいえ、カイルさんの姿が見えたので声をかけさせていただいただけです」


「嬉しいこと言ってくれますね」


 俺はエリッサさんと話をした後、カイルさんの所に来ていた。

 騎士団の詰所の近くで鍛錬をしていた彼は肩に模擬用の大剣を担ぎながら俺の話に耳を傾ける。


「鍛錬に精が出ますね」


「ええ、私達は王国を守る騎士ですからね。鍛錬は欠かせませんよ」


 ここ最近で俺とカイルさんの間には、かなりの信頼関係が生まれていた。

 今もカイルさんは俺に対し、なんら警戒心を持つことなく接してくれている。

 その様子を見ながら、俺は出来るだけ今からする質問に疑問を持たれないように話を持っていった。


「流石ですね……ってことは、もしかして今まで私の見張りをしていたのも鍛錬の邪魔だったんじゃないですか? 長時間街の中をうろうろとしてしまってすみません」


「ああ、気にしないでください。鍛錬はもちろん大切ですが息抜きも必要ですからね。見張りという名目があれば私の心も軽くなるってもんですよ」


「そう言ってくれると助かります」


 俺は違和感がない程度に見張りの話に話題を切り替えた。

 そして、本当に聞きたかったことに切り込む。

 俺はカイルさんの一挙手一投足に目をやって、質問した。


「そういえばルシル様の部屋の中での見張りはいつもメイドさんだけですよね? 良いんですか? 私を信用しても」



「ああ、これはここだけの話ですが、彼女も実は相当な実力者なんですよ。シドさんも変なことをすれば容赦なくやられますので、気を付けてくださいね」


 ……


 はぁ、と俺は一つ息を吐く。


 冗談めかして答えたカイルさんの言葉に嘘はない。

 俺の今までの経験全てが彼は真実を言っていると告げていた。

 これは内緒にしておいてくださいよ、というカイルさんの笑顔を見ながら俺は考える。






 ──じゃあ、初日から部屋の天井裏に隠れているアイツは誰なんだ?





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