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第5話 王女の治療2

 




 俺はそれから何日か同じ生活を続けた。

 朝早くからルシル様の部屋に行き、部屋の隅で本を読む。

 そして午後からは外に出て、街を散策した。


 その間、俺は決してルシル様に話しかけなかった。

 こちらから視線を合わすこともない。

 そんな俺に対して彼女も同じように俺を居ない者として扱っていたが、ある日ついに声を掛けられた。


「あ、あの……」


「はい? どうかしましたか?」


「その、シドさん、でしたよね? 今回の件、早めに断られた方が良いかと思います」


 俺は何も言わずに続きを待つ。


「早めに断れば、お父様の怒りも小さくなるかもしれませんから……」


 なるほど。彼女なりに俺のことを気遣ってくれているらしい。

 俺は彼女の助言には触れずに問いかける。


「外に出たく無いんですか?」


「いえ、そういう訳では……」


「そうですか。であれば、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「え、で、ですから……」


「……」


「知りませんよ……」


 ルシル様の忠告を無視した俺に対して呆れたのか、またルシル様は一人で窓に身体を向けた。

 ここ最近の俺とルシル様の定位置である。

 俺は部屋の隅に椅子を構えて部屋の中を向いて本を読む。

 ルシル様はそんな俺の視線から逃げるように窓際に椅子を持って行き、外を眺める。


 最初は歪に感じたポジションも数日経つと慣れて来るものである。

 彼女はその定位置につくと、それ以降、俺に話しかけて来ることは無かった。


 ◇◆◇


「あ! ちょっと待ってもらえますか」


 俺はその日の午後、再びルシル様を訪ねて来た友人を見つけた。

 案の定、門番に追い返されていたが、なんとかその後ろ姿を捉えることが出来た。

 彼女は俺の声を聞いて、振り返る。

 今日もルシル様に会えなかったためか、その顔は悲し気に歪んでいたが、ひとまず俺の話は聞いてくれるようだ。


「ええと、どなたでしょうか?」


「急に呼び止めて申し訳ありません。私は今、ルシル様の医者をやっておりますシドと申します」


「ルシル様の!?」


 気落ちしていた彼女は俺の口から「ルシル様」というワードが出るなり目を輝かせた。


「あの! ルシル様は今、どんな感じですか? 大丈夫なんでしょうか?」


 捲し立てるようににじり寄ってくる少女を制しながら俺は応える。


「ルシル様の体調は大丈夫ですよ。少し面会するには厳しいですが、心配する程ではありません」


「そ、そうですか……良かった」


 ほっとしたように胸を撫で下ろす彼女は、本当にルシル様のことを案じているようだった。

 そして一息ついたからこそ、自分が捲し立てていたことに気付いたようだ。


「あ、すみません。問い詰めてしまって。それで、何の用でしょうか?」


「いえ、エリッサさんはルシル様のご友人だと聞きました。ですので、何かお話を聞けたらと思いまして……」


 俺は彼女の門番への必死な態度から何か重大なことを知っていると踏んでいた。

 あそこまでルシル様に会おうとするのも、彼女に何か思い当たるものがあるのかもしれない。

 そして、恐らくはそのことを誰にも相談できていない。


 そんな彼女からすればルシル様の医者という立ち位置の俺は丁度良い存在だろう。

 エリッサさんは「ついて来てください」と断りを入れて俺の前を歩き出した。


 それから彼女に連れられて入ったのは喫茶店のような場所だった。

 ちなみに今、目に見える範囲に見張りは付いていない。

 これはこの数日でカイルさんから信頼を勝ち取った証でもある。

 先ほども俺がエリッサさんと話に行くと言ったら「邪魔しないようにしておきます」と遠くからの見張りに切り替えてくれた。

 こちらの方がエリッサさんとしても話しやすいだろうからな。


 貴族ご用達であるだろう豪華な喫茶店の奥の個室に入ると、エリッサさんは優雅な所作で紅茶を口に含んだ。


「えっと、お名前をまだ聞いておりませんでしたね」


「はい。申し遅れました。シドと申します」


「シドさんですね。改めまして、エリッサ・ハーベルクと申します。以後お見知りおきを」


 エリッサさんは立ち上がるとスカートの裾を持ち優雅に一礼した。

 俺はその立ち居振る舞いを見てあることに気付く。


「間違っていたら申し訳ないのですが、ハーベルク家は武家では無いですか?」


「よく、お気づきになられましたね。ハーベルク家は代々武術によって国を助けてまいりました」


 彼女が礼をした時の足運びの無駄の無さは貴族として洗練されているだけでは説明できないほどのものだった。

 何か武芸をやっているのは明らかだ。

 先ほど歩いている時も気にはなっていたが、先ほどの礼で確信に変わった。


「やはり。足運びが洗練されていましたので……」


「シドさんも、そこにお気づきになるとはただのお医者様では無さそうですね」


「いえいえ、ただ薬の材料は自分で採りに行く性質なだけですよ」


 そこで俺とエリッサさんは笑みを零す。

 どうやら彼女も、気を良くしたようだ。

 エリッサさんが俺を見る目に敬意の情が追加されていた。


 こういうのは最初が肝心だからな。

 最初に頼りのない奴だと思われては、相談もされなくなる。

 俺は警戒されるのを覚悟で一歩踏み込んだ。

 どうやらその甲斐はあったらしい。

 それからしばらくして、ルシル様の話題になった時、彼女は顔を曇らせながら話してくれた。


「実はルシル様が、引きこもってしまわれたのには私にも原因があるのです」


「引きこもっていると知っていたのですか?」


 確か、オニムス陛下はそのことを公にはしていなかったはずだ。


「分かりますよ。ずっと近くで過ごしていたのですから……」


「それで、エリッサ様にも原因がある、とは?」


 俺は何か重要な情報が聞ける予感に焦りすぎないように催促した。


「先ほどのようにエリッサさんで良いですよ」


「分かりました」


 彼女は目の前の紅茶を眺めながらぽつぽつと話し始めた。


「実はルシル様は占いが得意なのです」


「占い、ですか……?」


 そういえば、ルシル様の部屋には大きな水晶玉があった。

 確かにあれは占いに使いそうだとは思っていたけど、まさか本当に占いだったとは。


「ルシル様は王族であられますから、入学当初、他の生徒はルシル様に対して過剰に遠慮してしまっていたのです。もちろん、ルシル様と関係を持とうと近づいてくる者は多かったのですが、それはルシル様が求める形ではありませんでした」


 ああ、それはなんとなく想像がつくな。

 確かに王族が近くに居れば、どう扱って良いか分からなくなるだろう。

 俺が頷くのに合わせて彼女は続きを話し始める。


「そんな折です。私はルシル様に占いをされてはどうか、と提案したのです。占いであれば、他の生徒達との緊張も解れるのではないかと考えたのです」


 なるほど。

 確かに占いなんていうのは誰でも楽しめるからな。

 学校という閉鎖した空間の中ではそういったものがあれば十分すぎる程、娯楽になるだろう。


「ルシル様も私の提案を受け入れてくださいました。そして結果も良かったのです。ルシル様を身近な存在と感じてもらえたのか、それまで行われていた過剰な遠慮は鳴りを潜めました」


 ここまでは二人の理想通りの展開だな。


「ですが、そこで問題が起きました。その頃からルシル様の悪い噂が学園に流れ始めたらしのです」


 ん?

 ルシル様の悪い噂?

 つまり、それは王族に対して陰口を叩いているということか?


「それはエリッサさんが実際に悪口を聞いたのですか?」


「いえ、悪口を実際に聞いたわけでは無いのです。もし、私が直接聞いていれば模擬戦用の剣で叩き斬っているところです」


「な、なるほど……」


「ですが、その時期からルシル様に対してどこか避けるような動きが出始めたのは確かです。私がその噂について聞いたのは後からでしたが、確かにその時は変な空気が漂っていた気がします」


「その聞きつけた人は出所を知らなかったのですか?」


「はい。私もそう思って色々と聞いて回りましたが、ついに見つけることは出来ませんでした」


「それでは、ルシル様があのような状態になってしまったのもその頃、ということですね」


「はい」


 なるほど。学園関係か。

 これは良い情報が聞けたな。


「今日はお話を聞けて良かったです」


「こちらこそ、感謝いたします。どうかルシル様のこと、よろしくお願いいたします」


「お任せください。もしかしたら、どこかでエリッサさんのご協力を仰ぐことがあるかもしれないのですが……」


「ルシル様のために出来ることであれば、なんでも仰ってください」


「ありがとうございます」


 そうして、俺はエリッサさんと別れた。


 俺は王城までの帰り道で引っかかっていた部分を反芻する。


(王族に対しての陰口、か……)


 これはもしかしたら、想像以上に根深い問題かもしれないな。




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